citylights.tokyoを立ち上げるまで #4 -イベント初開催とメディア化-
citylights.tokyo代表のようへいです。
シティライツが立ち上がるまでの経緯について書いていきます。前回は転職後の話をしました。
DIGLE MAGAZINEのインタビュアーをやりながら、「自分のやりたいことにもう一度チャレンジしたい」と思いはじめたのが、2018年の3月頃。
しかし一度失敗している、いや失敗すら誰にも知られなかった身としては、なかなか一歩が踏み出せませんでした。
とはいえ本業と副業のみの毎日だったので、このタイミングで環境を変えたかった。
自分にやれることといえばイベントの企画くらいだったので、まずはやってみようの精神でイベント開催を決意。恵比寿baticaに連絡して日程を決めました。
それからはイベントの準備に追われる毎日。ぼくの動き出しが遅くなったせいで、ブッキング決まらない、フライヤーデザイン上がってこないなど常に非常事態でした。
(進みが遅すぎてbaticaから問い合わせの連絡がきた時、電車で体調崩して視界が白く狭くなったのを今だに覚えている…)
そんなこんなで、イベントは無事開催。120名近くの集客があり大成功となりました。
続いて11月もイベントを開催。こちらは120名超の方にご来場いただき大盛況となりました。
イベントはとても楽しかった。素敵な思い出になった。
しかし、胸に残ったのは若干の違和感。
womb時代に経験しているのではじめからわかっていたことではあるのですが、イベントは刹那的です。
残るのは思い出のみ。積み上がっていくものはほぼありません。
ぼくが見据えているのは、wombにいたあの頃の熱気。見たことのない熱狂が作った1つの文脈。
このままでいいわけがない。
シティライツはイベントに止まらない。もっとやれる、どこまでもいけるはずだ。
そう考え続けた結果、メディア化の構想が生まれました。
ということで、今回は転職後からイベント初開催までについて書きました。
次回はこれまでのような時系列での説明ではなく、シティライツのステートメントを発表します。
シティライツを知ってくださったみなさんに、シティライツのアイデンティティを伝えます。
たくさんの仲間が必要です。
たくさんの人に知ってもらいたいです。
次回をお楽しみに!
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