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名前を呼ぶ、対話が始まる

阿部広太郎さんが主宰する企画メシ2021の4回目の講義。
今回の講師は、ダイアログ・イン・ザ・ダークのアテンドを務めている檜山晃さんだ。


今回の講義で強く印象に残っている言葉がある。

それは、檜山さんがダイアローグ・イン・ザ・ダークのアテンドとして活動する中で、日常の中でも活かせることについて話してくださったことだ。檜山さんが大事にされているのは

声と名前を一致させる。そしてその名前を呼んであげる。
自分が置いていかれていない安心感。
あなたはどうか?という問いかけを忘れない
一歩踏み出してのコミュニケーション。

暗闇の中、視覚が失われた中でコミュニケーションをとるダイアローグ・イン・ザ・ダークは、未知数でとても不安な空間である。
そんな中、名前を呼ぶことで安心感を与えることができるというのだ。


この言葉を聞いて、前回の講義のチームの企画でのことを思い出した。

僕の所属するMOTTO RADIOのチームでは、最初の方にあだ名を決めようみたいな話があった。
僕は特に希望がなかったのでお任せしたら、「きーたん」というあだ名をもらった。

今まで縁もなかった可愛らしいあだ名で、
そんなあまりにも馴染みのない「きーたん」という名で呼ばれることに最初は違和感があった。

でも名前をもらって1ヶ月ほどたった今、もうその違和感は無い。

それはきっと、名前をくれたチームメンバーのみんなが何度も呼んでくれたからだと思う。

自分が最年少でうまく馴染めない中で、話を振ってくれたりリアクションしてくれたり、
その度に名前を呼んでもらえた。耳や心をこちらに傾けてくれた。
まさしく置いてかれない安心感をもらえた。


そして今来ているスウェーデンでも似たようなことがあった。

留学先で初めての友人となったスウェーデン人の彼に会った時のこと。
彼は馴染みのないであろう僕の名前を一瞬で覚えてくれた。
すごいね、というと「だって名前は大事なものだから」と当たり前にように答えた。
なんだか、とても暖かい気持ちになった。

名前は大事なもの。確かに当たり前かもしれない。
でもその当たり前を、常にきちんと言葉にして意識できているだろうか。


そうして振り返ると、今まで名前を呼ばれることでその暖かみを感じ、何度も救われてきたと気付かされた。
高校時代、普段は苗字呼びなのにクラスではみんなに馴染めるようにとあだ名で呼んでくれた彼。
大学時代、後輩が親しめるようにと誰も呼んでないのにあだ名を作って何度も呼びかけてくれた彼女。

名前を呼ぶこと、それはあなたに心を傾けているよという姿勢を伝えることなんじゃないかなと思う。
それは対話の始まりでもあり、関係性を気づく上で一番大事なことかもしれない。

そんな当たり前のようで、意外と当たり前に思えていないこと。

その大切さに気付かされた、思い出させられたそんな言葉でした。

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