見出し画像

声劇台本「書架に降る雨」

利用に際して


好きにご利用頂いてかまいませんが、作者を名乗る行為や二次配布はご遠慮ください。また、配信などでご利用の際は作者ツイッターにご連絡いただければ聞きに行きます。

登場人物

・ナレーション
・火神(かがみ) :役者。フランクな喋り方。
・鐘下(かねした):司書。知性的な喋り方。
・店員     :見た目は女性。声は男性。

本編


ナレーション:黄色に染まった銀杏並木の下のベンチで、男は本を読んでいた。風もなく、雲一つない快晴。人通りもなく、男がページを捲る音すら周囲に響くような静寂が、あたりを包んでいた。

鐘下:「なるほど、こういう展開か……これを演じるなら……」

ナレーション:男がそうつぶやいた直後、秋風がページをパラパラとめくる。男は自然のいたずらに笑みをこぼす。彼がページを戻そうとしたとき、本のページに影が差した。

火神:「鐘下?」

鐘下:「火神?」

火神:「久しぶりだな。 お前、こんな場所でも相変わらず、小説読んでんだな」

ナレーション:火神は鐘下を見下ろしながら、軽くため息をついた。

鐘下:「唯一の趣味だからね。お前は? まだ、役者をやってるんだろう?」

火神:「ああ。まあな……そうだ、飯でもいかねえか? これから行くところだったんだよ」

鐘下:「ん? もうそんな時間か……わかった。行こうか」

ナレーション:二人は久しぶりの再会にも関わらず、道中一切の言葉を交わさない。いつもそうしてきた。喫茶店に入ると、火神がコーヒーとナポリタンを二つ、注文した。

火神:「で、何を読んでんだ?」

鐘下:「ああ。なんて言えばいいかな。ファンタジー、かな。吸血鬼が出るんだ」

火神:「お前、そういうの好きだもんなぁ。どんな話なんだ?」

鐘下:「吸血鬼と人間のバディもので、現代日本が舞台なんだ」

火神:「へぇ。奇遇だな」

鐘下:「奇遇?」

火神:「実は……俺も今、そういうホンの舞台をやってんだよ。俺は吸血鬼役」

鐘下:「まさか、この作品じゃないだろうね?」

ナレーション:鐘下は火神に、手に持った小説のタイトルを見せる。それを見る前に、火神は首を横に振った。

火神:「俺がやってるのは、うちの劇団のオリジナルだよ」


鐘下:「そうか」

火神:「そのうち名が売れりゃ、そういうホンで演じてみてえなぁ」

鐘下:「お前なら、そう遠くないうちに実現できるさ」

火神:「お前はどうなんだよ? その……図書館? の仕事って言やいいのかな」

鐘下:「うーん。仕事、って程じゃあないからね。書架を作り上げているだけというか。いただいた作品を管理して、読んで……どんな作品かを分かるように整理して……それだけのことだから」

火神:「立派な事だと思うけどな。その仕事はさ。特に今の時代では」

鐘下:「金になればいいんだけどね」

火神:「俺だって、今は役者が金になる様な状態じゃない。もっと稼げるようになれたら、とは思うけどさ」

鐘下:「そう遠くないうちに稼げるようになるさ、お前なら」

ナレーション:先にコーヒーが二人の元に届く。鐘下はそれに口をつけ、火神はテーブルに置いたまま、口を開く。

火神:「いや。俺はまだまだだよ。いい仕事もたまには貰えるけど、やっぱり……」

ナレーション:まだ熱いコーヒーではなく、先に出された水を一口飲んで、火神は続ける。

火神:「お前が、いないとな」

鐘下:「まだ、あきらめてなかったのかい?」

火神:「そりゃそうだ。俺は、お前と俺のコンビが一番だと思ってるからな」

鐘下:「悪いけど、私は演技より書架の方が大事なんだ。そんな私が、お前と並んで役者をやるなんて、お前に失礼だ」

火神:「いいじゃねえか。本が一番で、役者が二番。この時代、いや、この世界は自由なもんさ」

ナレーション:火神はそういって微笑むと、ようやくコーヒーに口をつけた。

鐘下:「自由、か……確かに、ね」

ナレーション:そう言った瞬間、鐘下が手に持った本を手品のように消して見せる。

鐘下:「こういう事も、できる時代になったことだし……」

火神:「そういうこと。役者やりながら、別の仕事もできる。いや、それ以上の事もできる。自由なもんだ」

鐘下:「昔は、そうもいかなかったもんなぁ」

火神:「だからさ、また役者やってみないか? 俺とお前でまた、二人でさ」

ナレーション:火神がそう言った瞬間、大正時代のメイドの様な服装の店員がナポリタンを運んできた。

店員:「お待たせいたしました。食事アイテムです。課金は、どうなさいますか?」

火神:「二つとも、俺の飲食用クレジットで」

店員:「かしこまりました。確認いたします。ありがとうございます。確認できました。それではごゆっくりどうぞ」

火神:「ねえ、キミ」

ナレーション:火神が厨房に戻っていく店員に声を掛ける。店員は振り返り、慌てて戻って来る。

店員:「な、何かございましたか?」

火神:「いやぁ、珍しいなと思って」

鐘下:「確かに」

店員:「あ、もしかして声ですか?」

火神:「まあ、声か。声だな。男の声だ」

店員:「ええ。僕は男なので」

火神:「普通、その姿なら声を変えると思うけど」

ナレーション:火神が店員のスカートを指差す。服装だけではない。その店員は顔も体つきも、女装ではなく完全に女性そのものだった。

鐘下:「気に入る“女性の声”が無かった?」

店員:「いえ。そういうわけでもなくて。ただ、昔はこういうのもアリだったったらしいので、いいかなって」

鐘下:「たしかにね。昔はたくさんいたよ。そういう人も。ごめんね。引き留めて」

店員:「いえ。失礼します」

ナレーション:女性の姿をした男性店員は、一礼して厨房に戻っていった。

火神:「で、やるか? 役者」

鐘下:「考えてみる。それより、冷める前に食べよう」

火神:「冷める……か。ま、そうだな」

ナレーション:二人はそう言うと、ナポリタンを食べ始める。

火神:「それで、役者より大事なお前の本棚……はどんな状況なんだ?」

鐘下:「書架、って言ってくれ。今見せるよ」

ナレーション:鐘下は少し間をおいて指を鳴らす。すると、二人の座る席だけを残して喫茶店が消え去り、巨大な書架がずらりと並ぶ、大図書館が姿を現した。

火神:「おお……もうすっかりできあがってるじゃねえか……」

ナレーション:火神は周囲を見渡す。いたるところに並ぶ、本、本、本。

鐘下:「集めるだけ集めているだけさ。まだ、全部読み切れていない。それに、もっと集めたいんだ。アレクサンドリア図書館を再現できるほどにね」

火神:「劇団を抜けて、やりたいことをやるって言ったときは驚いたけど……これはたしかに、お前にしかできない事だよ」

鐘下:「そんなことないさ。テクスチャは全部既製品だ。これは私のエゴ。今の時代にこの形で書籍を残したいって言う、私のわがままだよ」

火神:「いや、すげえよ。お前はこれを続けるべきだ。役者はまた、気が向いたらやってくれよ」

鐘下:「ああ。ありがとう。でもさ……この作業もずいぶん落ち着いてきたから、もしよかったら、また役者をやってみたくて。実は、お前に連絡しようと思っていたんだ」

火神:「本当か! そうか! よし、じゃあやろうぜ! 稽古場のコードを後で送るから」

鐘下:「ありがとう。また、一緒に演技ができるなんて思ってなかった。うれしいよ」

火神:「俺もだよ。よろしくな!」

ナレーション:薄暗い部屋の中。二人の男が、「ありがとう」「よろしく」と言い合いながら画面内で微笑みあっている。狭い部屋に、タイピング音が鳴り響いていた。

火神(人間):「鐘下、俺はうれしいよ(ほとんど聞き取れないかすれ声orモノローグ風)」

ナレーション:火神のアバターを操作する、声を失った男は満面の笑みを浮かべながら、文字を打ち込んでいく。そうすると、画面内の火神が声を発する。鐘下がそれに応える。男はそれを見て再び微笑んだ。彼はあまりの嬉しさに、キータッチがずれて、思ってもいないコマンドが実行された。

鐘下「ん? 雨?」

火神:「ああ、すまん。打ち間違えた。今すぐ消――」

鐘下:「いや。このままでいい。どうせ濡れたりしないから。これも、この世界だから許されることだ。書架に降る雨なんて、昔だったら大惨事だけど……今この空間なら、風情すら感じるよ」

火神:「そう、か。そうだな……」

ナレーション:巨大な書架に囲まれたテーブルに腰かけたまま、二人のアバターはその身体に秋雨を受け止める。

火神:「今日はいい日になったぜ。ありがとな。今度は稽古場で会おうか?」

鐘下:「いや。稽古場にはほかの連中も居るだろう。雑談で邪魔しちゃ悪い。ここのコードを送るよ」

火神:「いいのか? ここって、未公開エリアだし、詳細設定もまだなんだろう? 俺が雨を降らせたくらいだし」

鐘下:「火神なら構わないさ。書籍データは壊すなよ」

火神:「大丈夫だよ。ただ、脚本になりそうな小説があったら、コピーして持っていくかもな」

鐘下:「作者に許可はとれよ」

火神:「ああ」

鐘下:「それじゃあ、今日はこのへんで。私の書架で、また会おう」

終わり

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?