リレー小説後編 A
「来てくださったんですね!」
終演後、帰ろうとする私を見つけた沙知さんが声を掛けてくれる。
私は、一瞬気付かないフリをするか迷ったが、
「眞子さん!」
と呼ばれてしまっては逃げられず、意を決して軽く手をあげながら
「沙知さん、お疲れ様です」
と応える。
沙知さんの出演する舞台に対する、今思うと過剰だったそれを抜きにして考えても。
丁度、私の夏3回分が862円だった時と同じような、期待外れ感。
ワークショップで感じられた彼女の異質な魅力はすっかり息を潜め、他の劇団員に負けず劣らず、大袈裟で全く感情移入出来ない演技を披露していた。
「少し遠かったでしょう?わざわざありがとうございます。楽しんで頂けましたか?」
「いえいえ、素敵な舞台をこちらこそ。
とても楽しめました。」
とでも言えば良かったものを。
「いえ、遠さは、全く。
でも、あの。
沙知さんは、えっと。
上手く言えないけど、なんというか、
もっと、ずっと、」
纏まらないままの、伝えなくても良かったはずの言葉が口をついて出る。
沙知さんは黙って瞬きの回数を増やした後、小さな「すみません」と一緒に楽屋に戻っていった。
やってしまった。
こんなつもりじゃなかったのに、傷つけたくて言ったわけじゃなかったのに。でも言葉は受け取った側の気持ちが全てだ。私は、私の言葉で、沙知さんを傷つけてしまった。
劇場を出ると空は濁った色の雲で厚く覆われていた。
フラフラとどうしようもない気持ちで帰路に面したコンビニに立ち寄る。
このまま家に帰れば、逃げるように私に背を向ける沙知さんの映像が脳内を巡り、今晩眠れなくなる事は明らかだった。
少しでも気を紛らわすために雑誌でも買おう。それと、お腹が膨らみ眠くなる位の夜ご飯。
10分ほど店内をウロつき、ViVi 10月号、明太おにぎり、ツマナヨおにぎり、三種のきのこサラダをカゴに入れてレジに向かう。
が、レジで財布を取り出すと手持ちが60円足りなかった。
今日はとことんダメな日だ。ツナマヨおにぎりをキャンセルして店を出る。
家に着き、買ってきた雑誌を捲るもののよく頭に入ってこない。
事務所から促され応募したこの雑誌の専属モデルオーディションは二次審査で落ちた。
「創刊35周年を記念して募集、、ViViモデルは世界イチかわいい、、かぁ、、、」
レジで財布をひっくり返す私を見て、何故か少し微笑んだコンビニ店員のおばさんを思い出しながら、(そりゃまあ、ねぇ。)と思った。
千円そこらの会計もままならない財布の中身と、キラキラ現実離れしたようなキャッチコピーとを見比べ、妙に納得してしまう。
ページをめくっているとオーディションの最終選考まで残ったファイナリスト達の特集が組まれていた。
綺麗な顔立ちでスタイル抜群の女の子たちの中、更にひときわ目を引く黒髪ロングの女の子、名前は橘 沙知。
沙知さん。
沙知さんだ!!
謎の高揚感ですぐに沙知さんに連絡をしようと、携帯のロックを解除する。
先ほどの気まずい別れ際など忘れてラインを開く。
既読「沙知さん!!」
「眞子さん」
一瞬で既読がつきほぼ同時に名前を呼ばれる
「眞子さん先程はすみませんでした」
「いえいえ、こちらこそ失礼なことを言ってしまって本当にごめんなさい」
「沙知さん、モデルさんなんですね。さっき雑誌読んでたら沙知さん見つけて。あの、あれ私も受けたんですけど二次で落ちたんです。沙知さんとても綺麗、一番綺麗です。」
「ありがとうございます。本当はモデルがやりたくて、だけど身長の問題でオーディション落ち続けちゃって。それで演技を勧められてやってみたんですけど、眞子さんを見て、こんな妥協策で演技やるなんて失礼だって思って」
「私、やっぱりモデルしかできないみたいで。
妥協の気持ちでやった演技を眞子さんにお見せしてしまい、すみませんでした。」
「いえいえ。私もなかなか女優のお仕事取れなくて、妥協策でモデルのオーディション受けたんです、すみませんでした。」
「私たち、なんだか遠回りしたみたいですね」
沙知さんと私はその後しばらくやり取りをした後、お互いに元々の場所で頑張りましょう。と言って会話を終えた。
私はおにぎりとサラダで得た以上の満足感と共に眠りについた。
結局沙知さんはファイナルで落ちてしまい、専属モデルにはなれなかったが、あの記事を見た海外コスメブランドから声がかかり、今ではデパートの化粧品売り場に沙知さんの顔が大きく張り出されている。
私の方は今日やっと掴んだ深夜ドラマの初収録を終えたところだ。
優衣と楓曰く「おめでとう、めっちゃ待ってた」「社会人は朝が早いんだから深夜ドラマはきつい」「ゴールデン希望」「月9希望」
だそうだ。
コンビニに入るとあの日とは別のおばさんがレジに立っている。
私はツナマヨおにぎりとお祝いのモンブランをカゴに入れてレジに向かった。
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