優しい温度の水が飲めない
玄関のドアを開けると昨日の暴風雨で飛んできたらしい汚れた下着が落ちていた。
私の左手はそれを拾う気などさらさらなく、入れたはずの鍵を探してリュックのポケットのメッシュ生地を手で満遍なく撫でる。けれど2周半をすぎてもヒンヤリと固い感触にぶつかることはなかった。
どうやら"通帳を絶対忘れないぞ"、と思って鍵と一緒くたに置き、その両方を置いてきたらしい。
「やっぱ鍵と一緒にしてて正解」
そこそこ大きく独り言を言いながらなんとなく、ついでに、で、下着を拾う。
「結構大きいな」
ドアを開けて向かい側、部屋の割に大きな窓のカーテンの隙間から射す光でどうにか許されるくらい散らかり具合。一人分でも充分に小さいテーブルの上に放置された通帳と鍵はおとなしく朝の色に染まっていた。
私は横着にも片方の靴を履いたまま、けんけんでそれらを取りに行った。だって、本当に取ったら直ぐ出るはずだったから。
なのに気がついたら私はベッドに寝転んでいて、三週間前に思い立ち、二週間前に予約した美容院へ1分足らずのキャンセル連絡を入れていた。
「自分で切るか〜8000円位浮くかなぁ」
「F?やっぱ大きいな〜」
「あーあ」
どこを飛んで転がってぶつかって汚れたのかも分からないブラジャーで目を覆う
「やっぱ大きいな〜
あーあ」
張り切って前夜から冷蔵庫に入れていた水筒の中身は、すこしも飲まないまま流してしまって、フレンチトーストにするはずだったハーフサイズのバケットは焼きもせず雑に食べた、そういえば元カレに録画頼まれてた再放送のドラマ、もう2/3は終わってるな。
「今日は全部ダメでも大丈夫って日にしてしちゃおっかなー。」
左手で乱暴に掴んだ、私のそれよりニ回りは大きい薄紫のそれを細く開けた窓から放り投げる。
向かいのおばさんがチラとこちらを見るイヤな目線がちょうどよかった。
さっき捨てたルイボスティーの冷たさをまだ引きずったままの水筒に、室温でぬるく温められた水道水を注ぐ。
冷凍庫のロールケーキは今のうちに冷蔵庫のあまり冷えない場所に移していれば丁度良いと思う。
2分さえ待てない人間にも優しいコンビニは、冷やし中華や冷麺の横に真っ白いだけのそうめんを売っていてくれる。
きっと私は自分にやさしくするのが上手なのに、それを全部本心で肯定するのが下手くそだから、またお釣りを募金箱に入れて許されようとしてしまう。
「ありがとうございました、またお越しくださいませ。」のあと、私だけに追加の
「ご協力ありがとうございます。」
それを背中で聴きながら入れ替えた水筒の中身をすこし口に含む。
飲み込もうとしたけどその人間みたいな温度がなんだか癪で、道路脇に吐き戻す。
許せない自分まで許してくれたあの人の事、もう許せなくなってた、私みたいな味だった。