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お互いを尊重する

最近ちょこちょこやっているビーチクリーンで心境の変化がありメモとして投稿します。

近くの海に、ゴミがどっさりあるエリアがあります。
そこは、ビーチの入り口から700Mほど奥まったところにあるため
海に遊びにくる人も、そこのゴミの存在には気づいていないと思います。

毎日、こつこつ。
もう4年ほどこのビーチを清掃されている年配の方が何人かいらっしゃって、その方に奥のことを教えてもらい初めて私も知りました。

初めてみたときは、驚愕の一言。
いろんな感情が湧いてきました。

ここのゴミをどうにか一掃したい。
でも、単に一掃するだけではなく
海ゴミの実態を関心のない人にも知ってもらえるように
何かインパクトのある方法で一掃したいと考えていました。

ここでビーチクリーンイベントをやってみてはと
漁協組合に問い合わせたりもしました。(返事待ち)

でも今日、また海に行ってみて
おじいちゃんたちとちょっとお話ししたときに
「尊重」という言葉が心に浮かびました。

これまで、こつこつ。
私たちがビーチクリーンなんて全然したことのない時からずっと
おじいちゃんたちはこつこつとこのビーチを清掃してくれています。
なんだか、おじいちゃんたちがこのビーチで過ごしたその時間のことを思うと、ズカズカと土足で踏み入るようなことを私はしていないかな?
とここ最近の自分の言動を反省しました。

おじいちゃんたちから、苦言を呈されたとかは全くありません。
ただ、私が反省しただけ。

そして、この夏体調を崩した私を癒してくれたのはこの海で、
その時のこととかもいろいろ思い出されて。

ひたすら海のゴミを淡々と拾うよりも
少しでも楽しんで、楽しいことと絡めてできたら続くはず!
という気持ちは今もあるし、その通りだと思う。

ただ、私は
おじいちゃんたちを尊重したい。って思った。
だから、イベントをして100人の人を集めることよりも
100人がこのビーチのことを思い、
自分の空いた時間に
自分のやりたい時に
ここにきてゴミを拾ってくれたら、それが一番いいと今は思う。

海のゴミをなくすことは、大切なこと。

そして、世界規模の大きな問題。

でも末端の私たちにしかできないこともある。
そして
末端の私たち一人一人が感じなくちゃいけないことがたくさんある。

とりとめもない文章になっちゃったけれど
今日は、「尊重したい」ってすごく思った。という話。
どういう行動が尊重しているのか。
私が思うその行動がおじいちゃんにとっての尊重とも限らない。

けど
自分がね。
どう感じるかがやっぱり大事だと思う。

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