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現代におけるラグジュアリーはヘルシー。五感の拡張こそが贅沢


人肌くらいの玉露を少しだけ、口の中に含んだとき。苦いとも、甘いとも言えない、まだ知らなかった味覚があったの? と、もうずっと長いことコンクリートの下で冬眠していた細胞たちが、やっとこさ春だ春だと動き出したような大歓声に、嬉しいやら、びっくりやら、驚くほど気持ちが忙しかった。


それははじめて自転車に乗れたときと、少し似ているかもしれない。歩くときよりもずいぶんと速い風に、はじめて裸の耳をくすぐられたときの快楽は、気持ちいいやら、気恥ずかしいやら。


いずれにしても、自分で「ここからここまで」と決めこんでいた五感がひょいと拡張するその瞬間は、あぁ、自分は生きてて、ちゃんと生き物だった! ってことを猛烈に思い出させてくれるのだ。そして、そうしたことに気づけるってことは、自分の心身が健康であるという証。とってもヘルシーだ。

それもあって、ここ最近はなにかに迷ったとき、誰かに助言を求めるよりも、社会的に価値があるとされるほうへ進むよりも、まずは自分の五感や、細胞が行きたいよと示すほうへ進んでみることにしている。すると感覚が先頭に立ち、物事を前に前にと進めてくれる。歩いていてなかなかしっくりくるし、何より自分が心地よいのだ。



──


いよいよ、短期大量消費社会をもう止めよう、という動きが日本でもヒートアップしている。気楽な気持ちで雑誌を読んでいたら、突然以下のような文章が飛び込んでくるほどだ。


"ある日、知人宅に招かれた食事の場で、衝撃の事実を聞かされました。先進国のゴミが大きな湖を埋め尽くすほどに廃棄される集落がガーナにあり、そこにはゴミとともに生きるスカベンジャーが存在し、先進国のゴミを燃やすことで日銭を稼いでいるという話でした。ゴミはNintendoやPlayStationなどのゲーム機器からAppleやDellなどの旧型パソコン、キーパッド、マウス、アイロン、ガラケー、スマホ、リモコンやOA機器といった、豊かな国に生きる私たちが新アイテムに買い替えた時に破棄した家電や生活雑貨です。それらをマスクも着けずに日々燃やし有害物質を吸いながら生活しているので、村民が短命でお年寄りに出会わないそうです。子どもたちも同様に有害物質を吸いながら手伝う姿に胸が痛みました。

もちろんですが貧困なので学校にも通えません。これらのゴミを先進国から受け入れることで潤う業者がいると思うのですが、知っているようで知らなかった根深いゴミ問題に震撼しました。これはガーナのゴミ村に単身、幾度と回数を重ねて乗り込み、ガスマスクを数百個単位で提供することに始まり、今では先進国のゴミを日本に逆輸入し、それでアート作品を仕上げて販売収益金をガーナに還元する孤高のアーティスト長坂真護さんの話でした。彼の活動は3年目を迎え、今ではそのゴミの集落に学校を設立し、電子廃棄物アートの美術館も作り、雇用を生み教育も進めています。目下、リサイクル工場を建てようとアート作品を日々作り続けています。今号を持集するきっかけとなった出来事でした。" (一部引用)


ナショナル・ジオグラフィックやWIREDであればこれまでにも語り尽くされていたような話題だけれども、こちらはファッション誌のNumero TOKYO 2020年3月号にて、田中杏子編集長が綴ったEditor's Letterの冒頭。


ファッション産業のプレイヤーたちが、こうした声をあげることは今、世界的なトレンドではある。トレンドではあるけれども、同時にとても難易度が高くて、どうしても自己矛盾に陥ってしまう。


そもそも、ファッション産業というものは、昨年の服は古いとして、SS/AWと年に2度も流行を更新し、大量に作って、大量に買わせ、大量に捨ててきた。そのうえ、安価なファストファッションがその流れを更に加速させる。工場側がもう限界だと悲鳴をあげれば、さらに安価で請け負ってくれる物価の低い国の工場に移動する。しかしその移動先でも限界があり、さらに次の国に……。しかも、その服を捨てる場所がもうないというんだから、最悪だ。



その短期大量消費社会の循環をより熱狂させるために、ファッション誌はブランドから広告を請け負い、美しい側面に光を当て、消費者の欲望に火をつけてきたわけで、ゴミ問題に関しては悲しいかな、明らかに当事者側なのだ。(もちろん、いち消費者である私も!)


そうした、光と影のコントラストが強すぎる産業の上に成り立つ商業的ファッション誌が、環境問題を語ったとて、次のページにはタイアップによるプチプラファッションが紹介されたりして、様々な矛盾を抱えてしまったりもする。

それでも今、語らなきゃいけない時代になっている。18世紀半ば、産業革命が起きて以来の「次」の時代に、価値観を進めなきゃいけないんだ。

また同時に、価値観をアップデートする装置として、ファッションほど偉大なものもない。(fashionの語源は、衣類にとどまらない社会的な流行や、様式のこと)



じゃあ、価値観はどう変わるんだろう。

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新刊『小さな声の向こうに』を文藝春秋から4月9日に上梓します。noteには載せていない書き下ろしも沢山ありますので、ご興味があれば読んでいただけると、とても嬉しいです。