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私はどれだけのことを知っているのだろう



「さぁ、次! 次にやりたい曲はある?」

中学生の頃、1つの曲を数ヶ月かけてようやっと弾きこなせるようになった私に、ピアノの先生は笑顔でそう尋ねてきた。次にやる曲を考えるだなんて、何よりもご褒美的な時間であるはずなのだけれども、情けないことに私は何も答えられなかった。

そもそも私がそこに座っているのは、ピアノ好きの母の熱心な応援によるもので、自分の能動的な意思はほとんどない。これまでもずっと母か先生が勧めてきた曲を弾いてきたので、私個人としては作曲家も曲名もさっぱりわからなかった。

けれども、母の好きなモーツァルトや先生の好きなシューマンのような、これまで弾いてきたクラシックらしいピアノ曲ではなく、もっと今っぽくて……たとえばそう、エレクトーンを習っている友人のマホちゃんが中学校の音楽室で弾いていたような……具体的にはディズニー音楽とか、ユニバで流れてるみたいな(それはつまりジョン・ウィリアムズ)華やかでカッコイイ音楽を弾きたい、と思っていた。

でも、そういうことをクラシックのCDや譜面ばかりがずらりと並んだ練習室で直接的に言葉にするのはなんだか憚られたので、私は「げ、現代…?近代…? の、あたらしいめの? 音楽…?」とモゴモゴと答えた。


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