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#2022年面白かった本10選

ここ数年、ミステリ……というか読書そのものから遠ざかってたのですが、去年の中ほどから読書熱が再開し、今年は145冊読了することができました。

というわけで折角なのでその中から個人的なベスト10を選んでみようかと思います。

来年もベスト10選べるくらいには素敵な作品と出会えたらいいなあ……。

(1作家1作品縛り、並びは読了順)

『蝉かえる』櫻田智也

ブラウン神父、亜愛一郎に続く、“とぼけた切れ者”名探偵である、昆虫好きの青年・魜沢泉えりさわせん。彼が解く事件の真相は、いつだって人間の悲しみや愛おしさを秘めていた──。
注目の若手実力派・ミステリーズ!新人賞作家が贈る、絶賛を浴びた『サーチライトと誘蛾灯』に続く連作集第2弾。
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488020095

昆虫の生態だけでなく、民俗学、遺伝子操作、感染症etc......虫を取り巻く種々の知識が事件に絡めて語られるのが、衒学的ないやらしさはなく、事件のプロットや登場人物のドラマと綺麗に結びついていて、なんかもう短編小説がうますぎる。

前作では飄々とした傍観者だったエリ沢くんが、今作ではエピソードを跨いで事件のダメージを引き摺っていて、キャラクターが深みを増しているのもよかった。

『機龍警察 暗黒市場(上・下)』月村了衛

警視庁との契約を解除されたユーリ・オズノフ元警部は、旧友のロシアン・マフィアと組んで武器密売に手を染めた。一方、市場に流出した新型機甲兵装が〈龍機兵ドラグーン〉の同型機ではないかとの疑念を抱く沖津特捜部長は、ブラックマーケット壊滅作戦に着手した――日本とロシア、二つの国をつなぐ警察官の秘められた絆。リアルにしてスペクタクルな"至近未来"警察小説、世界水準を宣言する白熱と興奮の第3弾。
https://www.hayakawa-online.co.jp/product/books/123976.html

特捜部の傭兵トリオのひとり、ユーリ・オズノフにスポットが当たる本作。前編ではオズノフ警部の過去──モスクワ民警のいち刑事であった彼が日本で龍機兵に搭乗することになった経緯が、後編では兵器オークション会場での息詰まるミッションが濃密に描かれます。

トリオの他二人、姿とライザに比べてどこか繊細で鬱屈した弱さのあるユーリの壮絶な過去と内面描写は読み応え充分。彼がミッションを経て、死に物狂いでもがきながら過去を乗り越えていく様がなんとも胸熱なのです。龍機兵同士の白兵戦の迫力もさることながら、上層部との政治的駆け引きや地元の刑事たちとの連携プレーもアツい。

あと、ロシアンマフィア・ゾロトフとユーリとの、決して友情とは言えないけれど、切っては切り離せない関係がすごくイイんですよね……。
ティエーニ〉という通り名を持つ彼が、「俺が影なら、おまえは光に決まっている」と言ってユーリに〈灯火アガニョーク〉と名づけ、しかも自分以外には決してその名で呼ばせないんですよ。すごくないですか? すごいよ。本編は百倍すごいよ。

『名探偵のいけにえ 人民教会殺人事件』白井智之

病気も怪我も存在せず、失われた四肢さえ蘇る、奇蹟の楽園ジョーデンタウン。調査に赴いたまま戻らない助手を心配して教団の本拠地に乗り込んだ探偵・大塒おおとやは、次々と不審な死に遭遇する。奇蹟を信じる人々に、現実世界のロジックは通用するのか? 圧巻の解決編一五〇ページ! 特殊設定、多重解決推理の最前線!
https://www.shinchosha.co.jp/book/353522/

多重解決ものミステリは数あれど、本作は繰り出される推理がどれも高クオリティ、かつカルト教団の村という舞台と密接に絡んだ意味のある使い方をされていて痺れましたね……。

真相への叩き台でも捨て石でもなく、すべての推理に意味があるという緻密な構成で、「何のために推理をし、その推理をどう使うか」にまで視野を広げて「名探偵の在り方」というテーマに繋げてるのがほんと〜にイイんですよね。

無駄な文章ひとつでもあったか? と思うほど張り巡らされた伏線づかいもタイトル回収も見事で、本ミス一位も大納得の傑作でした。
吐瀉物がやたら出てくるけど……。

『天地明察』冲方丁

徳川四代将軍家綱の治世、ある「プロジェクト」が立ちあがる。即ち、日本独自の暦を作り上げること。当時使われていた暦・宣明暦は正確さを失い、ずれが生じ始めていた。改暦の実行者として選ばれたのは渋川春海。碁打ちの名門に生まれた春海は己の境遇に飽き、算術に生き甲斐を見出していた。彼と「天」との壮絶な勝負が今、幕開く――。
日本文化を変えた大計画をみずみずしくも重厚に描いた傑作時代小説。第7回本屋大賞受賞作。
https://www.kadokawa.co.jp/product/301404001314/

audiobook版にミキシンさんが出演されてると聞いて下心からいそいそと聴き始めたのですが、これがめちゃくちゃ面白かった! (勿論ミキシンさんの関孝和も最高でした)

天文・算術・神道・政治……事業を通じた様々なスペシャリストと出会い、そして彼らから託された「改暦」という夢を、彼らから学んだ全てを尽くして一歩ずつ着実に実現させていった渋川春海の足跡が、丁寧に、みずみずしく描かれていてすごくよかった。さすがベストセラーになるだけあるわ……。

「光圀伝」でも思ったけど冲方さんはキャラクターの思想とその変遷をとても映像的に、ドラマチックに描かれる方だなあと思う。

『八犬伝(上・下)』山田風太郎

仁義礼智忠信孝悌――伏姫の体から飛び散った八つの珠に導かれ、八人の正義の犬士は里見家に仇なす悪や妖異と戦いを繰り広げる。雄渾豪壮、波瀾万丈な傑作長篇伝奇小説『南総里見八犬伝』の「虚の世界」と、世の不条理に憤りながら孤独に創作を続ける馬琴の「実の世界」とを交錯させながら描く、驚嘆の伝奇ロマン!
https://www.kawade.co.jp/np/isbn/9784309417943/

真面目で偏屈で不器用で、生きるのが下手すぎる滝沢馬琴という困った爺さんを、こんな魅力的に描いてみせるんだから山田風太郎ってすごい。

(自業自得とはいえ)家庭内不和や周囲の批判、友人・家族の不幸に価値観を揺らがされながら、孤独に筆をとり、狂おしいまでの正義の世界を描いてきた馬琴が、終盤お路というパートナーを得て完結まで漕ぎ着ける展開は神々しいものを見る思いがしました。

虚実パートが交錯し混淆する構成もよくて。単純に「こんな頑固で閉じた人がこんなハチャメチャなお話を書くなんて!」という対比がまず楽しいし、作家業を虚業と見なし、あくまで生活のために執筆していた馬琴が、徐々に己の創作意欲をを自覚し、彼の中で創作行為が「虚」から「実」になる過程を象徴してるのかなと思ったり……。

たびたび登場する北斎との関係もいいんですよ。遠慮ない言葉をぶつけあいつつ、内心ではお互いを「面倒くさいけど大したジジイだな」とリスペクトしあってるの。FGOのテツゾウと倉蔵の関係がツボに入った方にはぜひ読んでほしいです。もちろんお路っちゃんと馬琴の関係性にグッときた方にもおすすめ。

『録音された誘拐』阿津川辰海

大野探偵事務所の所長・大野ただすが誘拐された⁉︎ 耳が良いのがとりえの助手・山口美々香は様々な手掛かりから、微妙な違和感を聞き逃さず真実に迫るが、その裏には15年前のある事件の影があった。誘拐犯VS.探偵たちの息詰まる攻防、二転三転する真相の行方は……。どんでん返しに次ぐ、どんでん返し! 新世代本格の旗手が描く今年最大の逆転ミステリー開幕。本当に騙されていたのは誰だ?
https://www.kobunsha.com/shelf/book/isbn/9784334914790

一本の長編によくもこんなアイディア詰め込んだなあ! と感心してしまう、令和の誘拐ミステリ大傑作。
誘拐・連絡・受渡のトリック、誘拐犯と所長との駆引き、事件を取り巻く何重もの思惑に犯人への罠、大野家・山口家の家族の物語……盛り盛りすぎて一つ一つの印象が薄れちゃうのがもったいないくらい贅沢な一冊でした。

誘拐事件を通して描かれる大野所長と美々香の信頼関係が本当にグッとくるし、その絆の描き方も本格ミステリの技巧を綺麗に絡めてて、本当にこの人はどこまで盛ってくるのかと。隙あらばプログラムに4回転ジャンプ捩じ込んできよる。

一作家一冊なので『蒼海館の殺人』最後まで悩みました。
あちらも、全編に巡らされた大小様々な謎と解決が絡み合う巧緻さと、主幹を担うミステリ的テーマが「名探偵の復活」の物語とガッチリ結びつく構図がたまんねえ傑作でしたね……。これからの葛城くんと田所くんはどうなるのか、『黄土館の殺人』が今から楽しみです。

『ストーンサークルの殺人』M.W.クレイヴン

イギリス、カンブリア州のストーンサークルで次々と焼死体が発見された。マスコミに「イモレーション・マン」と名付けられた犯人は死体を猟奇的に損壊しており、三番目の被害者にはなぜか、不祥事を起こして停職中のNCA(国家犯罪対策庁)の警察官「ワシントン・ポー」の名前と「5」の字が刻み付けられていた。身に覚えのないポーは上司の判断で停職を解かれ、捜査に合流することに。そして新たな死体が発見され……英国推理作家協会賞最優秀長篇賞ゴールドダガー受賞作。
https://www.hayakawa-online.co.jp/shopdetail/000000014613/pc_detail/

頑固で昔気質、直感力に優れたベテラン捜査官のワシントン・ポーと、オタク気質の凄腕情報処理官ティリー・ブラッドショー。はみ出し者ふたりの擬似父娘みたいなバディ関係がまず楽しい。デコボコなやりとりがすごくかわいいし、年齢も性別も超えた対等な友情がなんともまぶしい。

「被害者の胸になぜ謹慎中のワシントン・ポーの名前が刻まれていたのか?」という謎がもう魅力的だし、一見関係ない変死事件から被害者たちのミッシングリンクが明らかになる捜査の過程も見応えあるし、情報の出し方が巧みでどんどん引き込まれました。そして何より犯人との対決の場面がアツい。

ワシントン・ポーシリーズはどれもめちゃくちゃ面白いし、本格ミステリとしての完成度はあとに行くにつれて上がっているのですが、好みで言えばメインの事件とポー自身の物語がガッチリ結びついたこの「ストーンサークルの殺人」が一番好きです。
2023年もまた続刊が出ると思うので、今から楽しみ。

『名探偵と海の悪魔』スチュアート・タートン

バタヴィア総督一家、罪に問われた名探偵とその助手、悪魔祓いの牧師……彼らを乗せた帆船「ザーンダム号」が、バタヴィアからオランダへと出港しようとしていた。その矢先、血まみれの老人が「この船は呪われている、乗客は破滅を迎えるだろう」と不吉な予言を残して焼死する。
帆に悪魔〈トム翁オールド・トム〉の紋章が浮かび上がり、船内では次々と怪事件が巻き起こる。混乱の航海のさ中、ついには密室殺人まで発生してしまうが、頼りの名探偵は独房に囚われたまま。探偵助手のアレントは聡明な総督夫人サラと協力して捜査を開始する──

舞台となるのは17世紀の東インド会社船。貧富や身分の格差はえぐいし女性に自由なんてない。権力者が黒といえば黒になる、正義も真実もあったもんじゃない世界がこれでもかと描かれますが、それに抗いながら懸命に捜査を進めるアレントとサラがとにかく魅力的。

そして、アレントはサミーという「名探偵」がこんな世界を理知の光で照らし、新たな秩序をもたらしてくれるんじゃないかと希望を見いだしている──という、この時代・この背景だからこその名探偵の存在意義、名探偵とワトソンの関係が示されているのがツボ。そんなアレントとサミーの関係がラストに至ってどう変化するのかも含めて好きですね……。

海洋冒険小説としてのディティールも、怪奇小説としてのおどろおどろしさも魅力的な謎の数々も満点で、お腹いっぱいになれること請け合いの一冊です。2段組400Pだし!

『江神二郎の洞察』有栖川有栖

英都大学に入学したばかりの一九八八年四月、すれ違いざまにぶつかって落ちた一冊──中井英夫『虚無への供物』。この本と、江神部長との出会いが僕、有栖川有栖の英都大学推理小説研究会(EMC)入部のきっかけだった。アリス最初の事件「瑠璃荘事件」など、昭和から平成へという時代の転換期である一年の出来事を描いた九編を収録。ファン必携の〈江神二郎シリーズ〉短編集
http://www.tsogen.co.jp/np/isbn/9784488414078

短編集ではありますが、1988年4月から1年間の出来事が時系列順に並べられており、彼らが出会い、親交を深め、矢吹山の事件(『月光ゲーム』)で受けた痛みをなんとか呑み込み日常に帰っていく……という大きな流れがありまして、読み終えて、まるで彼らと一年過ごしたみたいな愛おしさが湧いてしまってベスト10に入れました。

それにしても江神さんの魅力的なことといったら!
火村英生といい、濱地健三郎といい、有栖川さんってわざとらしいキャラ立てとか一切しないのにユニークな知性を備えたミステリアスで魅力的な男性描くのうますぎる……。

『爆発物処理班の遭遇したスピン』佐藤究

第165回直木賞作家 異次元レベルの最新短編集
創造と破壊のエンタングルメント
この面白さ、解除不能

「ミステリ×SF×怪物」が開くのは「世界」の扉
小説の最前線、ここから前人未到、読み逃し厳禁
きっとアナタも究中毒になる―
https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000365621

同じ短編集でもえらくテイストが違いますが、こちらも素晴らしかったです。暴力と奇想と幻想のないまぜになった八つの世界が展開され、一編読み終わるごとに世界観と展開の凄みにしばらく放心してしまった。
『テスカトリポカ』も面白かったけど、こんだけ方向性の違う話揃えてぜんぶ面白いって本当すごい。

量子力学を爆弾解除のギミックというこれ以上なく切実なものとして扱い、どうしようもない無力さと全てが崩れていくようなSF的幻想を味わわせてくれる表題作でまずKOされてしまったんだけど、暴対法施工後のリアルでしみったれたヤクザ世界から悪夢みたいな奇想が炸裂する「シヴィル・ライツ」や、奇妙な都市伝説と夢野久作が最悪の形で繋がっていく「猿人マグラ」等、何食ったらこんな話思いつくんだと言いたくなるような話ばかり。

なのに全ての話が現実世界を舞台にしていて、細かな描写のリアリティが詰められているので、自分たちのいる世界と地続きに感じられるんですよね……凄み。