#2022年面白かった本10選
ここ数年、ミステリ……というか読書そのものから遠ざかってたのですが、去年の中ほどから読書熱が再開し、今年は145冊読了することができました。
というわけで折角なのでその中から個人的なベスト10を選んでみようかと思います。
来年もベスト10選べるくらいには素敵な作品と出会えたらいいなあ……。
(1作家1作品縛り、並びは読了順)
『蝉かえる』櫻田智也
昆虫の生態だけでなく、民俗学、遺伝子操作、感染症etc......虫を取り巻く種々の知識が事件に絡めて語られるのが、衒学的ないやらしさはなく、事件のプロットや登場人物のドラマと綺麗に結びついていて、なんかもう短編小説がうますぎる。
前作では飄々とした傍観者だったエリ沢くんが、今作ではエピソードを跨いで事件のダメージを引き摺っていて、キャラクターが深みを増しているのもよかった。
『機龍警察 暗黒市場(上・下)』月村了衛
特捜部の傭兵トリオのひとり、ユーリ・オズノフにスポットが当たる本作。前編ではオズノフ警部の過去──モスクワ民警のいち刑事であった彼が日本で龍機兵に搭乗することになった経緯が、後編では兵器オークション会場での息詰まるミッションが濃密に描かれます。
トリオの他二人、姿とライザに比べてどこか繊細で鬱屈した弱さのあるユーリの壮絶な過去と内面描写は読み応え充分。彼がミッションを経て、死に物狂いでもがきながら過去を乗り越えていく様がなんとも胸熱なのです。龍機兵同士の白兵戦の迫力もさることながら、上層部との政治的駆け引きや地元の刑事たちとの連携プレーもアツい。
あと、ロシアンマフィア・ゾロトフとユーリとの、決して友情とは言えないけれど、切っては切り離せない関係がすごくイイんですよね……。
〈影〉という通り名を持つ彼が、「俺が影なら、おまえは光に決まっている」と言ってユーリに〈灯火〉と名づけ、しかも自分以外には決してその名で呼ばせないんですよ。すごくないですか? すごいよ。本編は百倍すごいよ。
『名探偵のいけにえ 人民教会殺人事件』白井智之
多重解決ものミステリは数あれど、本作は繰り出される推理がどれも高クオリティ、かつカルト教団の村という舞台と密接に絡んだ意味のある使い方をされていて痺れましたね……。
真相への叩き台でも捨て石でもなく、すべての推理に意味があるという緻密な構成で、「何のために推理をし、その推理をどう使うか」にまで視野を広げて「名探偵の在り方」というテーマに繋げてるのがほんと〜にイイんですよね。
無駄な文章ひとつでもあったか? と思うほど張り巡らされた伏線づかいもタイトル回収も見事で、本ミス一位も大納得の傑作でした。
吐瀉物がやたら出てくるけど……。
『天地明察』冲方丁
audiobook版にミキシンさんが出演されてると聞いて下心からいそいそと聴き始めたのですが、これがめちゃくちゃ面白かった! (勿論ミキシンさんの関孝和も最高でした)
天文・算術・神道・政治……事業を通じた様々なスペシャリストと出会い、そして彼らから託された「改暦」という夢を、彼らから学んだ全てを尽くして一歩ずつ着実に実現させていった渋川春海の足跡が、丁寧に、みずみずしく描かれていてすごくよかった。さすがベストセラーになるだけあるわ……。
「光圀伝」でも思ったけど冲方さんはキャラクターの思想とその変遷をとても映像的に、ドラマチックに描かれる方だなあと思う。
『八犬伝(上・下)』山田風太郎
真面目で偏屈で不器用で、生きるのが下手すぎる滝沢馬琴という困った爺さんを、こんな魅力的に描いてみせるんだから山田風太郎ってすごい。
(自業自得とはいえ)家庭内不和や周囲の批判、友人・家族の不幸に価値観を揺らがされながら、孤独に筆をとり、狂おしいまでの正義の世界を描いてきた馬琴が、終盤お路というパートナーを得て完結まで漕ぎ着ける展開は神々しいものを見る思いがしました。
虚実パートが交錯し混淆する構成もよくて。単純に「こんな頑固で閉じた人がこんなハチャメチャなお話を書くなんて!」という対比がまず楽しいし、作家業を虚業と見なし、あくまで生活のために執筆していた馬琴が、徐々に己の創作意欲をを自覚し、彼の中で創作行為が「虚」から「実」になる過程を象徴してるのかなと思ったり……。
たびたび登場する北斎との関係もいいんですよ。遠慮ない言葉をぶつけあいつつ、内心ではお互いを「面倒くさいけど大したジジイだな」とリスペクトしあってるの。FGOのテツゾウと倉蔵の関係がツボに入った方にはぜひ読んでほしいです。もちろんお路っちゃんと馬琴の関係性にグッときた方にもおすすめ。
『録音された誘拐』阿津川辰海
一本の長編によくもこんなアイディア詰め込んだなあ! と感心してしまう、令和の誘拐ミステリ大傑作。
誘拐・連絡・受渡のトリック、誘拐犯と所長との駆引き、事件を取り巻く何重もの思惑に犯人への罠、大野家・山口家の家族の物語……盛り盛りすぎて一つ一つの印象が薄れちゃうのがもったいないくらい贅沢な一冊でした。
誘拐事件を通して描かれる大野所長と美々香の信頼関係が本当にグッとくるし、その絆の描き方も本格ミステリの技巧を綺麗に絡めてて、本当にこの人はどこまで盛ってくるのかと。隙あらばプログラムに4回転ジャンプ捩じ込んできよる。
一作家一冊なので『蒼海館の殺人』最後まで悩みました。
あちらも、全編に巡らされた大小様々な謎と解決が絡み合う巧緻さと、主幹を担うミステリ的テーマが「名探偵の復活」の物語とガッチリ結びつく構図がたまんねえ傑作でしたね……。これからの葛城くんと田所くんはどうなるのか、『黄土館の殺人』が今から楽しみです。
『ストーンサークルの殺人』M.W.クレイヴン
頑固で昔気質、直感力に優れたベテラン捜査官のワシントン・ポーと、オタク気質の凄腕情報処理官ティリー・ブラッドショー。はみ出し者ふたりの擬似父娘みたいなバディ関係がまず楽しい。デコボコなやりとりがすごくかわいいし、年齢も性別も超えた対等な友情がなんともまぶしい。
「被害者の胸になぜ謹慎中のワシントン・ポーの名前が刻まれていたのか?」という謎がもう魅力的だし、一見関係ない変死事件から被害者たちのミッシングリンクが明らかになる捜査の過程も見応えあるし、情報の出し方が巧みでどんどん引き込まれました。そして何より犯人との対決の場面がアツい。
ワシントン・ポーシリーズはどれもめちゃくちゃ面白いし、本格ミステリとしての完成度はあとに行くにつれて上がっているのですが、好みで言えばメインの事件とポー自身の物語がガッチリ結びついたこの「ストーンサークルの殺人」が一番好きです。
2023年もまた続刊が出ると思うので、今から楽しみ。
『名探偵と海の悪魔』スチュアート・タートン
舞台となるのは17世紀の東インド会社船。貧富や身分の格差はえぐいし女性に自由なんてない。権力者が黒といえば黒になる、正義も真実もあったもんじゃない世界がこれでもかと描かれますが、それに抗いながら懸命に捜査を進めるアレントとサラがとにかく魅力的。
そして、アレントはサミーという「名探偵」がこんな世界を理知の光で照らし、新たな秩序をもたらしてくれるんじゃないかと希望を見いだしている──という、この時代・この背景だからこその名探偵の存在意義、名探偵とワトソンの関係が示されているのがツボ。そんなアレントとサミーの関係がラストに至ってどう変化するのかも含めて好きですね……。
海洋冒険小説としてのディティールも、怪奇小説としてのおどろおどろしさも魅力的な謎の数々も満点で、お腹いっぱいになれること請け合いの一冊です。2段組400Pだし!
『江神二郎の洞察』有栖川有栖
短編集ではありますが、1988年4月から1年間の出来事が時系列順に並べられており、彼らが出会い、親交を深め、矢吹山の事件(『月光ゲーム』)で受けた痛みをなんとか呑み込み日常に帰っていく……という大きな流れがありまして、読み終えて、まるで彼らと一年過ごしたみたいな愛おしさが湧いてしまってベスト10に入れました。
それにしても江神さんの魅力的なことといったら!
火村英生といい、濱地健三郎といい、有栖川さんってわざとらしいキャラ立てとか一切しないのにユニークな知性を備えたミステリアスで魅力的な男性描くのうますぎる……。
『爆発物処理班の遭遇したスピン』佐藤究
同じ短編集でもえらくテイストが違いますが、こちらも素晴らしかったです。暴力と奇想と幻想のないまぜになった八つの世界が展開され、一編読み終わるごとに世界観と展開の凄みにしばらく放心してしまった。
『テスカトリポカ』も面白かったけど、こんだけ方向性の違う話揃えてぜんぶ面白いって本当すごい。
量子力学を爆弾解除のギミックというこれ以上なく切実なものとして扱い、どうしようもない無力さと全てが崩れていくようなSF的幻想を味わわせてくれる表題作でまずKOされてしまったんだけど、暴対法施工後のリアルでしみったれたヤクザ世界から悪夢みたいな奇想が炸裂する「シヴィル・ライツ」や、奇妙な都市伝説と夢野久作が最悪の形で繋がっていく「猿人マグラ」等、何食ったらこんな話思いつくんだと言いたくなるような話ばかり。
なのに全ての話が現実世界を舞台にしていて、細かな描写のリアリティが詰められているので、自分たちのいる世界と地続きに感じられるんですよね……凄み。