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Jack Chambersと、雪に消えたもの

再び実施された自己隔離と規制のため、トロント市内での新年は静かなものとなった。2月から3月にかけて規制緩和されていくという話だが、年明け早々トロントを訪れた猛吹雪のあと上から下まで白一色に染まった街角で「閉店」の紙きれを見かけるのは寂しいものがあった。

いつか食べに行こうと思っていたサンドイッチやケーキが突然消えてなくなってしまった事実に打ちのめされる。コロナ禍において私は常に「なにかを逃した」という焦りと後悔に悩まされ続けていると思う。そんな気分になったときにふと思い出すジャック・チェンバーズ(Jack Chambers)のエピソードがある。

オンタリオ州ロンドン市に生まれ、トロント大学の教壇にも立ったチェンバーズは、その短い生涯の間に数々の絵画、コラージュ、そして6本の映画を制作した。アーティストを志し始めたばかりの頃、チェンバーズは大学を辞めてヨーロッパへと飛ぶ。

スペインに辿り着いた彼はピカソの家を訪ねると、買ってきたソーセージで番犬の気を逸らせて中に侵入し、ピカソ本人に「アーティストになりたいのだがどこで学べばよいか」と質問した。これに対してピカソはバルセロナに行くよう勧めたあと、その日のうちに再び訪ねてくるよう見知らぬ青年を招いたのだという。しかし若きチェンバーズはあろうことかピカソの招待を断っただけでなく助言も無視して、マドリッドにある美術学校に入学する。

これまでに影響を受けたアーティスト名を聞かれて「自分だけ」と答えたチェンバーズならではの可笑しな話だ。その後、彼はカナダに戻りカナダ美術界において最もユニークな視点を持つ一人として知覚的リアリズムを模索し続けた。

自分が経験したものごとを再現するのではなく、反映したい。

チェンバーズは作品を通して「本質そのもの」に追った。1968年から約一年間をかけて制作された映画『Circle』では、自宅の壁に開けた穴にカメラを埋め込み、毎日何が映っているかを確かめないまま少しずつ撮影を続けた。映画は一軒家で繰り返される家族との日々、そして常に移り変わる季節を映し出す。画面ひとつひとつに意味はなかったとしても、それらを重ねていくことに意味があるのではないかと思わせる不思議な作品だ。

名作として名高い『The Hart of London』もまた生命のコラージュのような作品であり、私の平凡な毎日を「一日」という単位ではなく永遠に続く時間のなかで繰り返される光の訪れとして昇華させてしまうようなエネルギーを持っている。

チェンバーズの映画が映し出すリアルと同じで、私たち自身もきっと一時的なものだ。ずっと同じ感情を持ち続けたり、ずっと同じ場所に留まっていることは不可能なのだ。街の記憶や人の想いがしばしの間だけ冷凍保存されているストリートに立ち、雪と一緒にいろいろなものが溶けてなくなっていくのを私はひたすら待っている。

Circle (抜粋) https://vimeo.com/79242784