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『ミッドナイトスワン』:感想編

ハイ!観られた方、どうでした?

「とりあえずなんか、すげーもん観た・・・」

って気分になりませんでした??

僕は、なりました。

SNSや映画サイトでは賛否両論って、紹介編にも書きましたが、僕自身の頭の中でも賛否両論。っていうか、良いところと悪いところが、すっごい変なバランスで映画が成立してる、おっもしろい作品だなぁって思いました。

紹介編といえば、このnoteに「スキ」とか、Twitterの方に「いいね」がいっぱい付いたんですが、公開日から日にちを置いたのに、きっと草彅ファンの人がたくさん読んでくれたんでしょうね・・・こわい!・・・下手なこと書いたら、生きたまま荼毘に伏されそう・・・

なので先に草彅剛について触れておくと、安心して!草彅剛良かったよ!!草彅剛にとって本作の主演は、とてもチャレンジングで意義があったと思うし、だから草彅剛ファンにとっては誇らしい作品になったんじゃないですか。これから演じる役の幅も広がっていくんでしょうね。お見事でした!!!これはホント。だから怒らないで!!

・・・というわけで。

僕にとってはとにかく変な作品でしたって話。

まず今のご時世、この映画について目が行くのは「LGBTQを扱った映画」という点じゃないでしょうか。デリケート!

でもこのミッドナイトスワン、LGBTQについて、何の提言も警告もしてないように見えたんです。「トランジェンダの生きづらさあるある」の域を出てないなっていう印象。事前に、けっこうなリサーチをした上で書かれた脚本らしいですし、トランスジェンダの方とかゲイの方がYouTubeなんかで「リアルでした。」とかって好評のようでしたけどね。

主人公の凪沙がお金に困って風俗店で働こうとしたって場面、ありましたよね。あの場面、ああいう風俗店で働いてる人が観たらどう思うかって想像力に欠けてませんでした?“堕ちた人間が行き着く先としての性風俗”っていう描かれ方。「いや、主人公にはそういう世界に見えたってだけの描写なんだよ」って言われればそういうことなんだろうけれど、僕は「あるマイノリティに共感を得るために、別のマイノリティを足蹴にすることに無頓着」っていうツメの甘さが、少し引っかかりました。

「多くの人がLGBTQについて知ったり考えたりするきっかけになればいい」みたいなことを監督は言ってるみたいですが、きっかけになるくらいのことだったら『バイバイヴァンプ』みたいな作品だって、性的マイノリティ差別を考えるきっかけにはなる映画なわけで。「きっかけになる段階」くらいまでしか意識してないんだったら、LGBTQを作品のテーマに選ぶのはリスキーだよなと思います。

じゃあ、ミッドナイトスワンは「LGBTQ問題に対して踏み込みの甘い、ダメな作品か?」って言ったら、そうじゃない。たぶんそもそもLGBTQに対して何か物申したい映画なんじゃなくて、もっと普遍的な、「夢」とか「自分の生きたい生き方」とかについての、悲しい話を描きたい映画だったんじゃないかなと、思います。

僕がミッドナイトスワンを観終わって、思い浮かべた映画は、『キングコング(1976)』と『レオン』でした。どちらも「この世界では生きていけない“異形の者”が、美しい少女と出会い、その少女に未来を託すかのように死んでいく」っていう悲しい話ですね。キングコングのドアンは成人女性ですけどね。

悲しい話にするための「逆境」として、トランスジェンダという設定がある。そこに「LGBTQを勝手に“異形のかわいそうな人たち”にするんじゃねえよ!」って声もあるかもしれない。その辺に対するエクスキューズとのすれ違いが公開当時、内田監督のツイートのプチ炎上に繋がってるのかなって気もしますが、それでもひとつの劇映画として、ただ自分の生きたい生き方をしたいだけなのに、ままならないやるせなさ、アウトローの悲哀が表現されていたように思えます。

だから、観心地は、アメリカンニューシネマみたくホロ苦でカッコイイんです。オープニングの楽屋のシーンなんて、ニコラスウィンディングレフンの映画っぽい色気があってカッコ良かったですよね。他にもたくさん、照明や構図や色合いなど、グッとくる「イイ画」があって、素晴らしかったです。

じゃあ、ミッドナイトスワンは「ホロ苦でカッコイイ映像に満ちた素晴らしい映画なのか?」って言ったら、そればっかりでもない。

なんていうか、「泣いてちょうだい、お泣きなさい」っていう“圧”がすごい。音楽なんて全力で泣かせに来てる感じ。客を泣かすためなら主人公死なせますけど?なんなら娘の友達も自殺させちゃいますけど??って“圧”がきついです。悲劇として悪い意味でベタ。ベタという意味では、出てくる登場人物たちの役割や描かれ方がみんな記号的でした。人情味のあるショーパブのママや仲間のニューハーフたち。成金センスの友達の母親や水商売のネグレクトな母親。事務的な警察官やキモいカメラオタク。みんなどこか別の映画やテレビドラマで見たことあるような記号的なキャラ設定でした。だから人間ドラマのストーリー展開としては、古くさい感じになってたように感じました。

じゃあ、ミッドナイトスワンは「記号的な登場人物が、ベタな人間ドラマを演じる古くさい映画なのか?」って言ったら、そうじゃあないのが今日の本題なんです。

記号的なキャラ設定、ベタなストーリー展開、Too much な劇伴、それらの「道具建」はイマイチであったとしても、それらの道具を使うプレイヤーたちの技量が余裕でカバーして、強制的にイイ映画にしちゃってるんじゃないのかなって思うんですよ。

冒頭の草彅剛を筆頭に、安定の田口トモロヲ、良い味のサトエリ、ハマりすぎの水川あさみ。そんな俳優部の演技や存在感によって、記号的なキャラが活き活きと輝いてました。そしてなんと言っても特筆すべきは、一果を演じた新人の服部樹咲ですよね。もともとバレエをやってるって条件のオーディションで選ばれたってフィジカルな説得力はもちろん、一果という人間を演じた実在感は素晴らしかったです。これこそが“発掘”だ!って感じでしたね。

そんなわけで、僕1人の頭の中でも絶賛と酷評がくるくるしてるわけですが、それゆえ、いろんな人の感想を聞いてみたい、誰かとこの映画の話をしてみたいと思わされる、それこそがこの映画の面白いと思ったところでした。

ところで、ついでにひとつ。

この映画のポスターや予告編で、

「最期の冬、母になりたいと思った」

ってキャッチが出てますけど、これ見た瞬間に、

「あ、この映画、草彅剛が死ぬ話なんだ。」

って解っちゃいますよね・・・。



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