見出し画像

『パラサイト 半地下の家族 』(:after)

(サークルメンバー向け記事:サンプルとして公開中)

観られた方、いかがでしたでしょうか。絶賛派?隠れイマイチ派?いろいろでしょうけども。

僕はといえば鑑賞直後は、前述したような「期待したほどじゃなかった派」でしたが、その後に「この作品の別の捉え方」についてひとつ気がついたことがあったので、結果けっこう良かったなという印象になりました。

この作品ですね、ソン・ガンホ一家とパク社長一家の話、つまり「貧困層vs富裕層」の二項対立の話として観ると、やっぱりありきたりというか、「弱者がルサンチマンを爆発させて溜飲は下がるけど、相応の報いは受けなきゃいけない社会の厳しさ」みたいな既視感のある映画のように思えてしまいますね。

でも、この映画には“パラサイト”は2組出てきますよね。ソン・ガンホ一家の「半地下の家族」と、パク社長の家に前からいた「完全地下の家族」といいましょうか、その2組ですね。富裕層のパク社長一家を軸にして、「半地下の家族」と「完全地下の家族」を対比するっていう観方をすると、グッと味わいが深くなってくるような気がします。こういう対比の構図は、キアヌ・リーブス主演の『マトリックス』における、「目覚めてザイオンで戦う人々」と「眠ったままマトリックスの中に居続ける人々」の対比をイメージするとわかりやすいかもしれません。

「完全地下の家族」は、もう富裕層の飼い犬よりもさらに下の意識の低さというか、寄生させてもらってるパク社長を崇拝することでアイデンティティを維持してるわけですね。
これに対して「半地下の家族」は、チャンスやプライドを諦めきれていない。知恵や計画でパク社長一家を踏み台にして、上に行けるかもしれない代わりに、半地下の暮らしは大雨で水浸しの犠牲にされる層でもある。
ソン・ガンホ一家は半地下から始まって、上の暮らしに触れたり、完全地下に引きずり込まれたり、最後はまっとうに努力して上を夢見るけど、やっぱりまだ半地下にいたりしましたね。

強者が強者の立場にいるのはもう仕方がない。平等を求めようが不公平を指摘しようが、たまにルサンチマンを爆発させようが、もうここまで来た格差はひっくり返らない。
じゃあ、「弱者は弱者」が仕方ないにしても、それにどう折り合いをつけて、弱者の暮らしとしてどういう生き方を選択するか?そのへんのせめぎ合いの話として観ると、けっこう良かったのかなと、僕は思います。

とはいえそういう、格差社会問題に警鐘を鳴らすというメッセージではなくて、「貧乏一家が金持ち家庭にあの手この手で潜り込む」というオモシロ話をやりたくて本作を着想したっていう話を、ポン・ジュノ監督自身がアトロクのインタビューでも言ってましたけどね。じゃあやっぱりそういうコメディとして観たらどうかというと、人死が何人も出ちゃうのは、笑いきれなくなっちゃう重たさがどうしてもあるんですよね。何年か前の『レッド・ファミリー』という作品を思い出しました。

結局僕は“隠れイマイチ派”ということになりそうなんですが、この作品がカンヌでパルムドールを獲ったことについては何の疑問もないんです。ただ「カンヌのパルムドール作品なんだ」という前提で観たら違和感があったっていう話なんですけどね・・・。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?