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高校野球の応援がない今だからこそ見てほしい『アルプススタンドのはしの方』

 今はプロスポーツのみの開催、いずれも無観客となんともそっけない試合で、多分プレイヤーが一番やりづらさを抱えているのではないだろうか。私はプロの選手でもなんでもないけれど、一市民ランナーとしてフルマラソンを走る時、沿道のみなさんの熱い熱い声援があればこそ、完走できるという経験をし、そのありがたさを身にしみて感じていた。夏の風物詩だった甲子園での高校野球がない今年は、その応援の声も聞こえない。通常なら地区大会で破れて悔しい思いをしたり、ベンチに入れず悔しい思いをする、もちろん甲子園の大舞台で力を発揮できず悔しい思いをするなど、様々なドラマがあるのだけれど、今年は前代未聞の出来事に選手はもちろん応援団も全員が悔しい思いをしていると思う。

 そんな悲喜こもごもが浮かび上がる高校野球の応援席での人間模様を映し出す青春映画がこの夏公開される。3月に開催された大阪アジアン映画祭で世界初上映した『アルプススタンドのはしの方』。甲子園の外野席と内野席の間の席を指すアルプススタンドは、吹奏楽をはじめとする応援団がいつも熱い応援を繰り広げる場所だが、今回のメインとなるのはその中でもはしの方。吹奏楽たちが「狙いうち」など定番の応援曲で選手にエールを届ける中、なんとなく応援に来てしまった、あまり野球に乗れない面々がはしっこの方でけだるそうに話をするところから始まる。

 はしっこに座る演劇部女子二人と、途中からやってきた元野球部男子、そして後ろでだまってグラウンドをみつめる学年の優等生女子、そしてセンターには吹奏楽のリーダーであり、学年トップ、しかも野球部の人気者とつきあっている、全てが備わったような女子がトランペットを吹き応援団を鼓舞している。茶道部なのに、野球の応援にアツすぎる男性教師も加わり、一切グラウンドの様子を映すことなく、野球の試合が進むにつれ、登場人物の本音がぶつかりあう様子をイキイキと描いている。輝きたかったのに輝けなかった人の方が実は多いという当たり前のことに気づく一方、ここにいる高校生たちは今ではなくても、いつか輝く可能性を秘めた子たちなのだと今ならわかる。力の限り声を出し、応援することで、結果はどうあれ、最後には一つの大きな共通体験をしたような清々しさを味わえる作品は、これから輝く人たちへのエールのようにも思えた。

 兵庫県立東播磨高校演劇部から生まれ、全国高等学校演劇大会最優秀賞に輝いた「アルプススタンドのはしの方」。昨年は奥村徹也演出により、浅草九劇で上演され、浅草ニューフェイス賞を受賞、今年はコミカライズ化と、どんどん飛躍している作品。今までにありそうでなかった、応援する側の、しかもはしの方にいる人がこれだけの共感を呼ぶというのは、やはりこれがヒーロー物語ではなく、より自分に引き寄せられる物語だからだろう。新型コロナによる上映延期作品の調整が続く中、全国77館というこの規模の作品としては異例の大規模公開になることも、追い風となるだろう。まさに、高校野球の応援ができない夏だからこそ見てほしい作品だ。


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