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『スリー・ビルボード』がアカデミー作品賞を獲れなかった理由

はじめまして、「キネプレアカデミー」6期生のフランス映画好きです。「フランス映画好き」はペンネームです。

映画にまつわるイベント企画をしてみたいなあと思って、映画についての講座「キネプレアカデミー」に通っています。ひとつの作品をみんなで見て、参加者が「あのシーンよかったねー」などと感想を語りあったり、「あの台詞の意味よくわからなかった」といった質問をみんなに投げかけると「それってこうじゃない?」と誰かが答えたりするような場所。作品をより楽しむためのライブな場づくりです。

フランス映画が好きなので、いつもはフランス映画しか見ない私ですが、講座で課題をいただきましたので、今日は『スリー・ビルボード』(2017)についてお話しします。ラストに触れているのでご注意ください。

『スリー・ビルボード』は、第90回アカデミー作品賞や脚本賞、編集賞などにノミネートされるほどの注目作でした。

実際に獲れたのは主演女優賞と助演男優賞のみですが、ほかの部門で受賞してもおかしくないほどの出来。すでに劇場上映は終わっており、DVDが発売されています。

出典:Amazon.co.jp

監督・脚本は、劇作家出身のマーティン・マクドナー。

出典:IMDb

「Mc~」や「Mac~」は「~の息子」を表すゲール語で、マクドナーは「ドナーさんの息子」、という意味です。

ゲール語は、アイルランドやそのアイルランドからの移民が住んでいるスコットランドで使われていた言葉。だから苗字が「Mc~」から始まる人は、アイルランド系、スコットランド系なんですよ。マクドナー監督もアイルランド系イギリス人です。

主演はフランシス・マクドーマンド。本作で第90回アカデミー賞主演女優賞に輝きました。

出典:IMDb

彼女の苗字も「Mc」から始まります。マクドーマンドですから、「ドーマンドさんの息子」ですね。

もうひとりの重要人物を演じるウディ・ハレルソン。「ソン」は英語で「息子」の意味なので、ハレルソンは「ハレルさんの(以下略)」

出典:Wikipedia

アカデミー賞といえば、本作でこの人も助演男優賞。サム・ロックウェル。はい、息子的な苗字ではありません。惜しい。ここまできたら最後まで息子シリーズ続けたかった。

出典:IMDb

舞台はアメリカ中西部ミズーリ州の小さな田舎町。娘をレイプされて焼き殺されたミルドレッド(F・マクドーマンド)が、7ヶ月経っても犯人が逮捕されないことに業を煮やし、町外れの道路沿いに3枚の広告看板を出します。

「レイプされて死亡」
「犯人逮捕はまだ?」
「なぜ? ウィロビー署長」

出典:IMDb ●通勤ルートだったらいやだ

町の警察署ではスラングが飛び交い、黒人差別も残っている。ここで観客は「警察まともな仕事しろ」「お母さんがんばれ」と思うのですが、そう簡単にコトは運びません。意外だらけ!

ウィロビー署長(W・ハレルソン)は広告に対し、誠実に対応。捜査に勢いがつくかに見えましたが彼は末期がん患者であり、さらに寿命が尽きる前に自宅の馬小屋で自殺。まだ作品半ばなのにメインキャラの1人が退場って…。

出典:IMDb ●意外といい人

一方、警察と闘うミルドレッドの行動はエスカレート。署長の友人である歯医者の指に穴を開けたり、広告に反感を持つ高校生に蹴りを入れたり、警察署に火炎瓶を放り込むなんて普通にテロですよ。主人公なのに肩入れする気がだんだん萎えてくるなんて…。

出典:IMDb ●意外と迷ってる

警官というよりチンピラのようだったディクソン(S・ロックウェル)巡査は、崇拝するウィロビーからの手紙で改心。捜査に積極的になるのですが、すでに警察をクビになっており……。

出典:IMDb ●意外と…いやこれ以上は言えません

まったく先の読めない展開は、まるで暗闇を走るジェットコースターに乗っているよう。116分、振り回されっぱなし。

そしてさんざん振り回した後、物語は、思わぬ牧歌的な空気に包まれて終わります。

アイダホの男は犯人じゃない。ふたりともそれはわかっていて、しかし銃を積んだクルマで出発します。

出典:IMDb ●ミズーリの敵をアイダホで討つ、のか?

ここのカメラワークが、じつにいいんですよ。いちばん好きな場面です。DVDをお持ちでしたら再度ぜひ。

脚本もいいけど、カメラもいい

ミルドレッドが「相手を殺すかどうかは道中で決めよう」とディクソンに提案した後です。

カメラのピントはディクソンにフォーカス。

しばらくしてミルドレッドに戻って、

画面が暗転し、エンドクレジットへ……。

ここ、

ミルドレッドの言葉がディクソンに伝わって、

彼に伝わったことをミルドレッドも理解した…

ってことを、観客に伝えているんですよね。カメラが!

脚本には「ディクソンうなずく」とト書きがありますが、現場でそのアクションはナシになったのでしょう。もちろん台詞もありません。ふたりのあいだで意見が共有されたことを、カメラだけが語っているのです。

出典:IMDb ●BGMが、またピースフル

言葉にすればかならず伝わるかっていえば、もちろんそうじゃない。でも言葉にしなきゃ始まらないのだと、看板を立てたミルドレッド。

「レイプされて死亡」
「犯人逮捕はまだ?」
「なぜ? ウィロビー署長」

固い意志を持った3つの言葉から始まったこの物語は、言葉のない柔らかなシーンで幕を閉じます。美しく、穏やかで、映画的な着地です。

本作に対しては脚本を称える言葉がよく聞かれますが、カメラにもご注目を。中盤のディクソン暴発シーンの長回しはもちろん、上記のように正確で雄弁なピント送り、二次元のスクリーンに奥行きを持たせる凝った構図など、手の込んだ一級の仕事です。

たとえばこちら。

出典:IMDb ●ミルドレッドの家の中です

部屋の奥に鏡がかけられていて、カメラの手前側にも空間が広がっていることがわかります。3人の様子ばかりでなく画面の奥へも自然と視点が深まるので、平面のスクリーンを立体的に見せる効果があるんですね。

空間を広く見せ、二次元の画面を三次元的に見せる鏡マジック、昔から使われているんですよ。私が思い出したのはこちらの絵画です。
『アルノルフィーニ夫妻像』(1434年/ヤン・ファン・エイク)。

出典:Wikipedia ●小さくて暗いけれど、画面奥の鏡に夫妻の後ろ姿と筆を執る画家の姿が

もうひとつ、『ラス・メニーナス』(1656年/ディエゴ・ベラスケス)。

出典:Wikipedia ●王女の左上の鏡には、画面手前から様子を見守る父母(王と王妃)が描かれています

撮影賞にノミネートはされていないけれど、ていねいな仕事をしました。

撮影監督、ベン・デイヴィス。

『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』も撮った人です。

出典:IMDb ●カメラクルー、グッジョブ

国旗が気になりませんでしたか

黒人や同性愛者への差別、頻発する4文字言葉……。偏見や暴力、暴言に満ちた警察署内にはいくつも星条旗が置かれています。

●出典:IMDb ●警察署の受付にも壁面にも

警察署の外観にもひるがえっています。これこそがアメリカだと。

出典:IMDb ●おらそんな国いやだ

しかし中盤、ウィロビーからの手紙を読むミルドレッドにも、星条旗が寄り添っているのにお気づきでしょうか。

背景の鉄道には貨物車の長い列。しかし手紙を読み終えたとき、列車は走り去り、踏切が上がるのです。ずっと閉塞しているわけじゃない、いつか道は開かれる。これもまたアメリカなのだと、ミルドレッド上方に揺れる星条旗が伝えています。

マイノリティを差別してきたディクソンが、自己犠牲を払い弱きものに合流したように。感情に身を任せてきたミルドレッドが、レストランで怒りを自ら鎮めたように。周りから眉をひそめられていた彼らが変わっていくこの場所だって、やはりアメリカ。

そんなアメリカという国と、本作との関係を考えると、『スリー・ビルボード』がアカデミー作品賞を獲れなかった理由がわかるような気がしてきました。

なぜ『スリー・ビルボード』がアカデミー作品賞を獲れなかったか

トランプ氏が共和党候補になりそう、また大統領になりそうだというころから、日本のメディアは「犯人」捜しを始めました。「あんなのに投票するヤツって誰?」、です。アメリカのメディアも同様だったでしょう。

メディアが出した答えはこうでした。「貧乏で」「学歴なくて」「労働者階級で」「田舎者で」「ジャンクフード好きで」「外国人嫌いで」「男尊女卑で」「レイシストで」「同性愛差別者で」……。

本当はそこまで単純な話ではなく、別のタイプの層もトランプ氏を支持していたのだと、後になってわかります。でも大切なのは、当時の(とくに共和党候補や大統領になる前の)メディアが支持層をどう定義づけて広めたか、です。もう一度書きましょう。

「貧乏で」「学歴なくて」「労働者階級で」「田舎者で」「ジャンクフード好きで」「外国人嫌いで」「男尊女卑で」「レイシストで」「同性愛差別者で」……。

なんだか、『スリー・ビルボード』の登場人物みたいです。

ところで本作では看板の表のみならず、裏もよく映りますよね。看板をレトリックとして、人間には他人から見えているところとそうでない部分があることを示唆しているのでしょう。

警察に容赦ないミルドレッドには、ひっくり返った虫を起こしてやり、吐血したウィロビーを思いやる優しさがあり、さらに事件への自責や復讐の前に迷いがある。口汚くマッチョを気取るディクソンは、こんな小さな町では絶対に口に出せない秘密を抱えてびくびくしている。死んだら終わりではなく、この世から去ってもウィロビーはふたりを励まし続けている…。

ひとりの人間の複雑さ、ひとりの人間が持つポテンシャルの高さや奥深さを考えれば、メディアによるトランプ氏支持者像はあまりに一面的です。

出典:IMDb ●母にマッチョな自分を見せるディクソン。ビール瓶の位置が象徴的

また、先ほども書いたように、『スリー・ビルボード』は「眉をひそめられていた彼らが変わっていく」物語でもあります。テーマのひとつでもあるでしょう。

とはいえその主張は、トランプ氏に投票しそうな労働者階級に向けられたものではありません。

本作には「君たちも変われるよ」といった説教的な匂いがしないし、たとえばディクソンなら『スリー・ビルボード』のような作品に興味を持たないでしょう。彼が家で母親と見ているのは、わかりやすいサスペンスミステリー作品です。

では「貧乏で学歴なくて…といったレッテルを貼られた人々も、変化していけるんだ」と本作が言いたい相手は、誰?

トランプ氏支持者を無責任に面白がって取り上げたメディアではないかと私は考えています。

それはつまり、トランプ氏を支持するような層を冷笑した知的労働者たち、見下して野蛮人扱いした「リベラルな」人々……。

出典:IMDb ●ミルドレッドがTVクルーに怒る場面もありました

『スリー・ビルボード』がアカデミー作品賞を逸したのは、もちろん受賞作のほうが優れていたからでしょう。けれどもしかして、トランプ氏支持層を軽蔑する人々に向けて仕込まれた本作の毒を、リベラルが多い(といわれる)協会員たちが感じ取ったからかもしれません。

作品賞受賞作も本作も、主人公は社会的な弱者。両作品における彼らの描かれ方、運命のたどりつく先を比較すると面白そうです。

そんなあれこれを、ライブな場で

『スリー・ビルボード』については、ほかにも触れたい要素はたくさんあります。原題、登場人物の名前、炎、衣装、「赤」、劇伴、アイルランド色、本やレコードなどの小道具、そしてとくに印象的だった(プロテスタントではなく)カトリックの影響……。

ていねいに作られた劇場パンフレットには大量の情報が載っていますし、本作について真摯に書かれた考察ページも数多くあります。みなさん、本当にすばらしいです。尊敬します。

こういうことを書ける人々と一緒に映画を見て、その後に話し合えたら、楽しいだろうなあ。

もし話し合える場があったら、知らなかった作品の美点に気づかせてもらえたり、疑問に思ったことを参加者に尋ねてみたり、またアカデミー賞について私が書いたような仮説について、みんなに話したり意見をもらえたりするかもしれない。

もちろん疑問に答えてもらった誰かが、ほかの誰かの質問に答えられることもあるでしょう。

そうして、ひとつの作品の楽しみ方が増えていく。

映画イベント企画、きちんと考えようと思います。

あ、もしそのイベントで『スリー・ビルボード』を題材にするなら、会場で販売するスペシャルドリンクはもう決めてあります。オレンジジュース。もちろんストロー付きで。


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