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本当は「オトナ」な『アメリ』の話

こんにちは、相変わらずちゃんとしたペンネームが決まらない「キネプレアカデミー」修了生のフランス映画好きです。いつか、ちゃんとした名前をつけます。もう少しお時間を。

前回はキネプレアカデミーでの課題として書いた『スリー・ビルボード』(2017)レビューを掲載しました。たくさんの方に読んでいただいて、とてもとてもうれしかったです。みなさん、本当にありがとうございます。

今回は、フランス作品『アメリ』(2001)についてお話しします。前回と同じように個人的な感想であり、仮説であり、妄想です。また、今回も大きくネタバレしているので、未見の方はご注意ください。

監督は、ジャン=ピエール・ジュネ。

出典:IMDb

『アメリ』で有名になってしまったので、ほんわかラブリー系作品が得意な監督かと思いきや、本作前にアメリカで『エイリアン4』(1997)撮ってるような人です。長編デビュー作『デリカテッセン』(1991)(マルク・キャロとの共同監督)も不気味系で、以前からデジタル加工を多用していました。本作もCGバンバン使っています。…というか、当時はそのことが大きく報じられるほどの時代だったのです。

主演女優は、本作で世界的に有名になったオドレイ・トトゥ。

出典:IMDb

本作を契機に一気にスターへの階段を駆けあがりました。もとはイギリス女優エミリー・ワトソンにアメリ役をオファーする予定だったといいますから、トトゥにとっては大きな幸運でしたね。ワトソンもよさそうですが、トトゥにもぴったりの役柄でした。

主演男優はマチュー・カソヴィッツ。

出典:ユニフランス

有名な出演作は本作直前に出演した『クリムゾン・リバー』(2000)でしょうか。私が好きなのは、主演のみならず監督もこなした『カフェ・オ・レ』(1993)です。人種問題を単純化しているとの評も聞きますが、そう切って捨てるには惜しい佳品。邦題もナイスです。これはまた別の機会にでも。

フランスでも日本でも大ヒット

『アメリ』のあらすじは、たいていこのように紹介されています。

他人とのコミュニケーションがうまく取れないアメリ(A・トトゥ)が、ひょんなことから行った小さな親切をきっかけに少しずつ現実の世界になじむようになり、同じアパートに住む老人のアドバイスを受けて、大好きなニノ(M・カソヴィッツ)と結ばれる――。

「イケてない毎日を送るヒロインが、お年寄りの助けを借りて、好きな人に見つけてもらい、最後には結ばれる」という骨組みだけ取り出せばグリム童話「シンデレラ」そっくりですが、そこは新しい時代ならではのヒロイン造形と筋立て、語り口の妙があります。また、ほかの童話のプロットを思わせる部分も。後で見ていきましょう。

さて、ご存じのとおり『アメリ』は大成功を収めました。フランス本国だけではありません。日本でもフランス映画としては異例のヒットで、動員数は約103万人(ユニフランス調べ)。『最強のふたり』(2016)に抜かれるまでずっと、日本でのフランス映画動員数では『アメリ』が1位だったのです。

DVDも、私がAmazonで見ただけで9種類くらいありました。最新発売は2016年のもの。公開から10年以上経っても、まだ新バージョンが発売されるんですね。

これだけ多くの人々に、また長く受け入れられたのは、「お洒落」「カワイイ」「主演女優がキュート」といった理由だとよく言われています。

たとえば日本版ポスター、いくつかあるのかもしれませんが、私がIMDbで見つけたのはこちら。

出典:IMDb ●マイルドな暖色系

ふむふむ、お洒落でカワイイ。こんな部屋に憧れ、住んでみたいと思う女性も多いでしょう。舞台もパリだし。

さらにタイトルの書体。お洒落感だけでなく軽やかさ、スマートさまで感じます。

一方、こちらが本家フランス版。

出典:IMDb ●キーカラーは緑と赤

あれ、ずいぶん印象が違うんですけど…。

西洋では緑に「不安定」「不確実」の意味があります。もちろん日本のようにエコや自然といった意味もあるのですが、思い出してください、カードゲームやビリヤードの台も緑でしょう? 結果が不確実であるギャンブルやゲームのキーカラーは緑なのです。

…と聞くといろいろ推測したくなるのですが、『アメリ』の基調色はブラジルのアーティストの作品に影響を受けて…、と監督が語っているので、もしかしたら緑や赤の個別の意味については深追いしなくていいのかもしれません。

でも色づかいには監督もちゃんとこだわっているんですよ。1ヶ所だけご紹介しましょう。

40年前に自分の部屋に住んでいた人物について尋ねるため、アメリが階下の青果店に行ったシーン。意地悪な店主コリニョンに話しかけるとき、画面には黒い髪・黒いコート姿の彼女しか映りません。

(ここ、スチルが見つからなかった。残念! DVDお持ちの方はぜひ見てみてください)

でもコリニョンにいじめられる心優しい店員リュシアンを見つめるときの彼女のカットには、さっきとほぼ同じ構図なのに、赤地に白の水玉の傘が映り込みます。画面がパッと華やぎます。

出典:IMDb ●背後のエキストラには、しっかり赤の補色=緑色の傘を持たせています

アメリのなかにある、コリニョンへの「閉じた」気持ち、リュシアンへの「あたたかい」気持ち。きちんと計算して色を配置することで、さりげなく観客に伝えています。

さわれる(ような気がする)作品、『アメリ』

さあ、オープニングを見てみましょう。少女時代のアメリのひとり遊びを背景に、スタッフの職業名と名前が紹介されます。日本語字幕が出ないのでスルーされがちですが、職業名とアメリの遊び方がリンクしている箇所があるんですよ。

●顔に落書きして口をぱくぱく動かす → (脚本ではなく)台詞執筆
●手に顔のお絵かきをする → ヘア、メイク
●ミントシロップが入ったグラスの縁をなでて音を出す → 音楽
●コップからストローでズルズル音を立てて飲む → 音響 ……などなど

ここで、みなさんお気づきでしょう。上記の一部も含めてアメリの遊び、ほとんど「手」が主役です。ほかには…

●ドミノを倒す
●切り絵をパラリと広げる
●テーブルの上でコインをはじく
●フランボワーズの穴に指を入れて食べる

出典:IMDb ●日本だったら、とんがりコーン

このようにオープニングには、「手」がいっぱい。パズル風の作品タイトルが出たときだって、わざわざ「手」を登場させてピースの位置を調整させているくらいです。

次にアメリの周りの人々の紹介シーンが続きます。

●お父さんは、濡れた水着が肌にくっつくのが嫌い
●お母さんは、長風呂で手がふやけるのが嫌い
●同僚のジーナは、指を鳴らすのが好き
●客のジョゼフは、梱包材のプチプチをつぶすのが好き …などなど

ここで語られる内容も、しばしば手触り、肌触りにフォーカスしています。基本的には視覚と聴覚にしか訴えられない映画が、触覚にアピールしてくるのです。ほかにもビリビリに破られた証明写真、それを貼り付けたゴツゴツのアルバム、宝石のように野菜を取り扱うリュシアンの繊細な手元、ニノの指にくっついていく砂糖のつぶつぶなど、数え上げればきりがないほどです。

日本での封切りは2001年の秋、本国フランスでは約半年前の同年春。となると、制作は2000年あたり、CGを駆使した…なんて宣伝文句の作品が増え始めたころです。そういえば『マトリックス』も1999年の作品でした。ジュネ監督だって『エイリアン4』(1997)を撮った人ですから、CGはお手のもの。本作のCG使いは、あの富野由悠季さんも絶賛しておられたとか。

でも冒頭から「手」をたくさん登場させ、観客の触感を刺激するエピソードを詰め込むことで、ジュネ監督は静かに表明しているようです。「デジタル加工でも、人工的な映像にはしない」と。画面で表現されるリアルな質感、なめらかな動きを見れば、彼の意気込みが成功したことがわかります。

アメリのバリアは、ガラス製。しかも「親」による…

冒頭の子供時代、金魚が鉢を飛び出したエピソードがありました。ここで「金魚の自殺未遂」といったナレーションが入ります。鉢の外では生きていけないので、鉢を飛び出すことはたしかに「自殺」的なのでしょう。

あの金魚、アメリですよね。

この子は病気だと父に「診断」され、学校に行かず母の教育を受けて育った彼女は、「ガラス鉢の外では生きていけないから、外に出るのは自殺行為」だと思い込んでいました。だからアメリはいつも、ガラスの内側にしかいません。アメリのATフィールドはガラス製なんですね。いくつかピックアップしましょう。

出典:ユニフランス ●レイモンの部屋を覗くときは窓ガラス+単眼鏡でダブルディフェンス

アメリの最初の親切は、思い出の品が詰まった缶を持ち主に戻すこと。その瞬間を、彼女は少し離れた土産物らしき店の電話ボックスを通して見届けます。このときアメリの息で、電話ボックスのガラスが曇るんです。「直接」見ているんじゃないのだと、白く曇るガラス扉が観客に念を押しています。

出典:ユニフランス ●電話でかい時代

意中のニノがカフェに来たときも、彼とアメリとの間はガラスに仕切られています。さらにその仕切りに、彼女は「本日のおすすめ料理」なんて言葉をマジックで書き加えるのです。ガラスだけでは向こうから見えすぎてしまう、何か付け足したい…という彼女の気持ちを表した演出です。

出典:IMDb ●自分をさらすことに臆病

このシーン、アメリはガラスのこちら側には絶対に来ません。ニノに「この写真、君じゃないの?」と声をかけられ彼女が声も出せず逃げるのは、店の奥側です。

さらに、パリ東駅で赤いバスケットシューズの男と会うニノを見守るときも、彼女は駅構内カフェのガラスの内側。ここ、ニノが男の正体を理解し、ようやく彼女は勇気を出してカフェから出る、いよいよふたりが出会うぞ、観客も期待!というシーンです。

ところが(これは彼女の意志ではないけれど)、長い貨物用台車にさえぎられて、その間にニノの姿が消えてしまいます。やっとアメリがガラスの鉢から出たのに! ジュネ監督、じらせます。

クライマックス直前のシーンも見てみましょう。自宅ドアの前までやって来たニノ。しかしアメリは居留守を使ってしまいます。しょんぼり帰っていく彼の姿を確認するときも、また窓のガラス越し。まだまだじらすジュネ監督。

しかし、レイモン(ガラスの骨を持つ老人、という設定がまたもう、うまいですよね)からのビデオメッセージを見て、アメリの心は揺れます。

彼の助言を聞くアメリの背後に、しつこいくらいずっと映り続ける玄関の扉。気づいた観客は「アメリうしろ!」とドリフ番組ばりに思うのだけれど、彼女の視界に扉はない。またぞろガラス窓に駆け寄ったりしてニノがいないことを確認し、そこでやっと心を決めるのです。

彼を追いかけよう、窓ガラスを通して見ている場合じゃない、自分のドアを開けなくちゃと。

ほかの誰でもなく、自分の手で自分のドアを開けたときこそ、これまで肝心なときに逃げていた彼女が、いま触れるべき現実に手をのばした瞬間です。

出典:IMDb ●サクレ・クール寺院の電話を除けば、彼らは一切「会話」なし。ロマンチックな演出です

子供時代の金魚は最後、アメリの母の手によって現実の環境に放たれました。しかしアメリは自分の力でガラスの鉢を出て、現実の環境に自分を解放したのです。親の助けなく、というより親にかけられた「呪い」から、自分の力で、自分を解き放ったのですね。

呪いという言葉を聞くと、はい、そうです、思い出すのは「眠りの森の美女」。アメリを守るガラスは、王子が来るまで王女を守る茨でもあったのです。でもアメリは自ら目覚め、茨の森を出ようとします。王子様を待つだけのヒロインではありません。

出典:IMDb ●オーロラ姫、覚醒

エンディングで父が自ら旅に出るシーンがありますが、あれもアメリがさりげなく促した結果です。親にかけられた呪いを自分で解き、親が親自身にかけた呪いを解くのも、私――。

この主体性が、監督の提示した新しいヒロイン像です。本作が広く愛された理由のひとつでしょう。

もっと「オトナ」な『アメリ』

はい、ここまではオモテの話。長らくお待たせしました。ここからは、同じシーンを違う視点で見ていきましょう。

その前に思い出したいのは、またオープニング。いやもう、あのオープニングは、実によく練られています。「観客を物語世界に引っ張り込むスピード(勢い)と情報提供」という面はもとより、伏線としての役割も担っているのです。

オープニングで、アメリはクレーム・ブリュレのお焦げ=カラメル部分を割るのが好きだと紹介されましたよね。2001年の公開当時、日本でもクレーム・ブリュレのブームが起きました。今はすっかり定着してしまって、アレンジも華やか。フルーツいっぱい載せたのとか、栗やら何やらをどうにかしたものを中に入れたりとか、フランスで一般的な素朴系クレーム・ブリュレを見つける方が難しいくらいです。

さて、彼女のちょっとした親切により、思い出の缶をふたたび手に入れた持ち主はカフェに行き、カウンターで自分の半生や今の悩みをポツリポツリと語り始めます。

缶を持ち主に戻すことで、アメリは、彼のカラメルを割ったんですね。

ひとりで規律的に生きる彼の固いカラメルを割ったら、クリームみたいにやわらかく人間らしい感情がこぼれてきたのです。

その後アメリは数々の「いたずら」を通し、カフェの客ジョゼフの、同僚ジョルジェットの、アパートの管理人マドレーヌらのカラメルを割って、彼らが内側に抑えていた感情を、自然に=割られたとは気づかせず、向くべき方向に解放させていきます(どれもがハッピーエンドとは限らないけれど…)。

出典:IMDb ●あなたのカラメル、割ります

ところが自分のカラメルは、なかなか割れない。内側からは割れないんです。だって中身は、とろとろのクリームだから。でも外部の固い何か、そう、スプーンなら、きっと。

さあ、先ほどご一緒に見たクライマックスシーンに戻りましょう。

ニノに部屋の扉をノックされても、いったんは身を潜めるアメリ。彼のノックで、彼女のカラメルは割れなかったのでしょうか。

いえ、割れたのです。

だから、感情が噴き出してくる。でもその行き場はまだ、ない。ここで隣人レイモンの助言。

「ああ、そうだ扉だ、私の、あの扉を開けなくては」。

決心したアメリはついに、自分の手で、自分の扉を開けます。

抑えることなく感情をあふれさせ

あきらめきれず再訪したほど固い意志のニノを、

部屋の中に自らの手で「迎え入れる」のです。

おわかりでしょうか。これはすでに、ラブシーン。きわめて局所描写のレトリックです。

つまり扉を開けてニノの襟をつかんだ時点で、すでにふたりは一体になっているんですね。

出会い場面だけでなく、実際のラブシーンでも、アメリはリードする側であったでしょう。リュシアンが盗み撮りするシルエットだって、先に首を伸ばしてキスをねだるのはアメリの方です。

しかし積極的にコトに臨むアメリの姿を、監督はあからさまに見せることなく、この一見ロマンチックな出会いの場面に忍ばせました。だからこそ、多くの女性の支持を受けたのでしょう。見事です。

「最中」の主体もアメリ

ベッドで抱き合うカットもまた、注目点。ふたりがぴったり肌を寄せあっています。

(ここもスチルを見つけられず…残念です。DVDお持ちの方はぜひチェックを)

ニノがアメリを抱いているのではなく、アメリがニノを抱いているのです。彼女が自分で自分の扉を開き、自分の意志で彼を引き入れたからこその、この構図。となると、どう考えたってラブシーンの最中は彼女の方がポジション的に…、おっと、これ以上はnoteではちょっと。

ベッドでアメリの視線はニノに向いていません。その表情には、ニノをいとおしむ気持ちより、「自分が満たされた喜び」の方を私は強く感じます。よかったんでしょうね。いや、よかったことでしょう、上は上で。

かつての恋人とのラブシーンを思い出してください。あのとき彼女は下でした。ここもオープニングの伏線が利いていますよね。さりげない「ビフォー/アフター」です。

長く読み継がれてきた童話に、

●自分を解放したのは、自分。しかも自分を閉じ込めた相手(親)との生々しい直接対峙はない
●ラブシーンあり。しかし直接には見せず、観客に想像させる
表面上は「王子様が自分を見つけだす」のに「導線を敷いたのは自分
●ラブシーンの主体も、自分

といった脚色をほどこし、現代らしい(といっても今世紀初めですが)ヒロイン像と物語を立ち上げ、手触りのある映像で仕上げたジュネ監督。

本作を好きなのは女性が中心だと思いますが、公開から何年経っても新作DVDが発売されるほど広く長く愛されるのは、そうか、そういう作りだったからか…。

アメリ宅でのニノとの出会い、ベッドでのたたずまいについて、見た目通りに受け取る人もいるだろうし、私のように官能シーンのレトリックだととらえる人もいれば、別の仮説を唱える人もいるでしょう。もしかしたら「白雪姫」要素もあるんじゃないかと考える人も…。まあドワーフ人形も出てきますしね。どんなふうに見たっていい。映画の見方は、人の数だけあっていいんです。

イポリトのジャンプ

アメリの造形も見事でしたが、脇役それぞれも味わい深いキャラクターです。私はとくに、売れない小説家イポリトに好感を持ちました。彼は人生に失敗したと思っている皮肉屋。せつないなあ。トシとると、いろいろあきらめちゃうんです。だって今まで何度もトライしてきたから。そして、うまくいくことが(あんまり)なかったから。少しはひねくれちゃいますよね。

『アメリ』のなかで私が好きなシーンはいくつもありますが、そのひとつはイポリト最後のお出まし時です。出版に至らなかった自作の一節が、なぜか(…ってアメリの仕業に決まってます)近所の建物の壁に書かれてあるのを見つけて気をよくし、さらに美女ともすれ違った直後

彼、歩道にかけられたチェーンを、ヒョイッとジャンプして飛びこえるんです。後ろ姿の、しかもロングショット。台詞なく、表情も見せない、でもイポリトの高揚を鮮やかに伝えるスマートな演出です。思い出したのはこのCM。

●【CM 1994-96】 SUNTORY OLD 恋は、遠い日の花火ではない。 30秒×6

同シリーズのCMが6本ありますが、注目は冒頭の1本。25秒くらいの箇所で、長塚京三さん演じる「課長」が飛ぶんです。彼もイポリトも、それなりの年齢の男性、しかも後ろ姿。(でもSUNTORYのCMの方が先ですから!)

1990年代半ば、このCMでどれだけ多くの「課長」が鼓舞されたでしょう。恋は、遠い日の花火ではない。 ―― このコピーを「人生の楽しみはまだこれから」ととらえると、イポリトのシーンにもかぶせられそうです。でも、もう一度書きますが、SUNTORYのCMの方が(以下略)。

コピーライターは、小野田隆雄さん。粋で、見る人の気持ちを前向きにさせてくれる広告をたくさんご制作になっている方です。アメリがイポリトのカラメルを割ったように、このCMでは登場した女性のひとことが課長のカラメルを割ったのでしょう。その男性ふたりが、ふたりともジャンプ。カラメル割られると、飛び上がるくらいうれしいものなんですね。

多くの人と、気軽に話しあえたら

ほかにもたくさんの鑑賞ポイントがあります。たとえばアメリが勇気を出すとき、きまって道端から拾ってポケットに入れる小石。「逃げるな私、ここでがんばれ」と地に足をつけるための行動のようにも見えます。

小石といえば、彼女が大好きな水切りについても、ここでは詳しく言及しませんでした。とくに作品前半のことですが、彼女は他人の話に耳を傾けるばかりで、自分の考えを話すことはありません。徹底して聞き役です。でもときどき自分の心を癒やすため、サン・マルタン運河で水切りするのです。水面を小石で割る水切りとクレーム・ブリュレのカラメル割り、彼女が好きだという2つの行動の関連性だけでも、語れることがたくさんありそうです。

そしてもちろん、みんな大好き・ドワーフ人形の旅。あちこち話が広がるでしょう。

出典:IMDb ●でも何気にぞんざいな扱い

ほか、数々のいたずら内容、ジュネ監督お得意のCG、クリーチャーたちの作り込み、ノスタルジックな音楽、凝りに凝った美術・衣装・小物、場面転換のための「音」、パリの各ロケ地、たびたび挿入されるニュース画像、工夫いっぱいの撮影技法などなど、他作品と同様『アメリ』も見どころに満ちています。

でも私ひとりで本作を味わい尽くすことはできない。

ひとつの作品の楽しみ方はひとつじゃないので、大勢でそれぞれの注目ポイントや、仮説も妄想も含めて、気軽に話しあえる場があったら、とっても楽しいだろうなあと私は思うのです。あなたも、私も、今よりもっとその作品が好きになる。

「じゃ行くよ」という人が集まるようでしたら企画しましょう。どの作品だったら、みんなと話がはずむかな。

たとえばもし「『アメリ』をみんなで愛でる会」みたいなのを催すなら…。

会場は、クレーム・ブリュレを食べられるお店かな。そこでカリカリの表面をスプーンの先で、音をたてて割るのです。割って割られてワイワイ話し、それぞれが帰り道でひとり小さくジャンプしちゃったりするような一日に…なるといいですね。


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映画にまつわるイベント企画をしてみたいなあと思って、映画についての講座「キネプレアカデミー」に通っています。
コメント (2)
もう一度観たくなりました
今泉真子さま
読んでくださってありがとうございます。考えに考え抜かれて撮られた作品、もう一度ご覧になる価値があると思います。よいご鑑賞を!
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