あるぬいぐるみの追憶

ぼくは、どうしてここにいるんだっけ?…最近、よく分からなくなってきた。生まれてから、それなりに時間が経ったせいかな。忘れないうちに、ぼくの思い出を書いておこうと思う。

ぼくは、少し体が大きいくまのぬいぐるみだ。赤いオーバーオールを着ていて、体の中には鈴が入っている。人が抱き締めるのに丁度いい大きさらしい。

ここは、人間が暮らす家の一室。ぼくは今、彼らが「ベッド」と呼ぶものの上に座って、「机」と「本棚」を見つめている。

ここに住んでいるのは、眼鏡をかけた黒髪の女性だ。…そうだった。ぼくは、彼女へのプレゼントとしてこの家にやって来たんだ。

初めて会った時の彼女は、今よりずっと小さかった。ぼくと同じ位の身長だったんじゃないかと思う。大きい人たちにずっと囲まれていたっけ。彼女は覚えていないだろうけど、ここではないお店みたいな場所だったな。

幸い、彼女はぼくのことを気に入ってくれた。抱っこしてくれたり、顔をすりすりしてくれる。彼女は二段ベッドの上で寝ていたので、ぼくが彼女を見下ろす格好になった。彼女は、ぼくの居場所はベッドの枕元、と決めているらしい。それから何度か暗い箱の中に入れられたけど、その度に見たことのない場所に辿り着いていた。もちろん、彼女とはずっと一緒だ。

今いる家は、一番長く住んでいる家だと思う。ここに来てから、彼女を見上げるようになった。ぼくのいる場所が低くなったからかもしれない。彼女との距離が近くなったような気がして、少し嬉しい。

彼女が時々、ぼくをヒイロ、と呼んでくれるようになった。思い入れのある名前…なのかな?理由は分からないけど、泣きながらぼくを抱き締めるときもある。しばらくすると離してくれるけど、気持ちが落ち着くんだろうか。きっと、ぼくが知らない傷や悲しみを抱えているんだろうな…

彼女が、机の上にあるものをどんどん床に下ろし始めた。お母さんと喧嘩しながら、彼女は少しずつこの部屋からものを減らし始めた。時間はかかったけど、片付けは無事に一区切り付いたみたい。

机の上をきれいにしてから、彼女が朝から机の前にある椅子に座って集中するようになった。机の上に置いた何かを混ぜた後、ノートを出して何か書いている。毎日やっているんだから、きっと好きなことなんだろう。

朝、光が指してカーテンを開ける時、夜、眠りにつこうとする時…どんな時でも、ぼくは彼女の側にいてあげたいと思っている。