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サロメまじサロメ、という話

オスカー•ワイルドのサロメを読んだ。

サロメといえば「ファム•ファタールを語る際に引き合いに出されるから名前だけは知ってるキャラ世界ランキング第1位」だと思うのだが、ご多分に漏れず私もそうだったので本を見つけて「そういえば読んだことなかったな」と思い購入した。
あの有名なビアズリーの挿絵も収録されている。サロメといえばビアズリーである。雰囲気モリモリである。

サロメで知っていることといえば美女でダンスを踊ってその報酬に誰かの首をもらってキスをした、という起承転結が全く繋がらない概要だけである。

なので本を開いて一発目の感想は「これ戯曲だったのね」である。
ご存知でしたか?サロメは戯曲なんです!と世に触れ回りたいくらいびっくりした。

そんなふうに完全に丸腰で読み始めたサロメであったが、えー、まじ超おもしろーい、と心のギャルがギャルピースしながら感想を言うくらい面白かった。
なんというか、ものすごく分かりやすい。快活、というと言葉が違うかもしれないし、世界観は退廃的なのだが勿体ぶってないというか、見せるべき場面で見せたいものがちゃんと見える、視界のいい戯曲だった。

そもそも私は美人で気の強い女性が好きなのでサロメは相当好きなタイプの主人公だ。そこのところを登場一発目から分からせてくれる台詞が続くのも理解しやすくていい。
もうとにかくサロメの圧が強い。悪口がすごい。諦めが悪い。言いたいことを言う。何度も言う。繰り返し言う。強い。
でも預言者ヨナカーンをなんとか籠絡したいのに全然言うことを聞いてくれない時だけちょっとずつ要求を変えていく。そこは可愛い。

預言者ヨナカーンも全然人の話を聞かない。もうずっと語調が強いまま選挙演説みたいに喋る。
最後首を斬られてしまうが、預言者ということなのでおそらくは自分の運命も分かっていたのだろう。だからタイムリミットまでに預言を全て伝え切るべくベラベラ喋り、抵抗せずに首を斬られたのだと思う。
そう見ると、この二人の己の曲げなさ、主張の押し通しっぷりが「運命には抗えませんよ」と言っているようで良かった。

エロドという義理の父、エロディアスという母親が出てくるが、この二人の関係がどこぞのシェイクスピア作品に出てくるクローディアスとガードルードのまんまである。
この設定は文化としてありがちだったのか、プロットとして流行っていたのか、はたまた男のロマンなのか、どうだったのだろう。みんな欲しいの?お兄ちゃんの嫁。

そのエロドがもうサロメが気になってしょうがない感じがひしひしと伝わってくるのだが、サロメがヨナカーンを欲しい感じによく似ていて、遠縁でも血だなぁと思う。
エロディアスにはその言動に幼さを感じた。こちらもサロメの気の強さはこの母親から来ているのかな、と思わせる性格をしている。こんなに血を感じるキャラも結構珍しい。

ラスト、「ヨナカーンの首が欲しい」というサロメに「それはちょっと考え直して欲しい」と代替品を提示するエロドに笑った。
国土や宝石を勧めるのは分かるのだが「100羽いる貴重な孔雀を50羽あげる」という提案には「なんで半分やねん」と流石にツッコミを入れた。これは「さすがに全部手渡すのは嫌だ」なのか「さすがに100羽は世話が大変だろう」なのかどちらなのだろう。気になる。

気になるといえば「7つのヴェールの踊り」もなんなのか全然分からなくて気になる。
ト書きで「7つのヴェールの踊りを踊る」とあるだけなのは、すごい放り投げ方である。踊るだけじゃダメで、ヴェールの踊りだけでもダメで、7つのヴェールの踊りなのである。
どうやらサロメは新約聖書が下地にある物語らしいので7に何か意味があるのかと調べてみたら「完成」という意味があるそうだ。なるほど、このダンスをもってこの物語が完成する踊り、ということなのかと納得する。
ちなみにダンスの元ネタはなさそうだ。「7つ」が何の数かも分からない。演出の際に振付師が泣きそうである。

その他も登場人物がたくさんいるが、全員の役割がとてもしっかりしている。これも視界の良さの要因だと思う。
作中で「見るものすべてに意味を読みとる法はない」とエロドが言っているが、この作品は登場人物全員に、その台詞全てに意味があるように見える。舞台を構成する効果音だとか舞台装置だとか、そういう要素まで担っている感じがする。賑やかし要因のみのキャラがいない。
これはだいぶ脚本を書くのも演出を考えるのも楽しそうだ。「サロメの脚本書いて?」と言われたら歯切れの悪い返事で受けてしまうかもしれない。
でも歯切れは悪い。そして振付師は泣く。

ヨナカーンの生首にサロメが口づけをして、エロドの従者たちがサロメを押し殺してこの舞台は幕を下ろす。

サロメはこの生首へのキスで初めて自分の愛欲に気付いたように読める。ヨナカーンとの出会いから首が欲しいと言っているところまではどうしてそんなに自分がその男にこだわっているのかはよく分かっていなさそうだ。
そしてこの血の味のするキスでヨナカーンへの恋心、執着心や性欲みたいなところに気づいたようで、それを穢れのように疎んじる。
なので、このタイミングで殺されるのはサロメにとっては願ったり叶ったりなのかもしれない。自分の嫌なところを意識しながら生きていかなくて良いのである。ハッピーエンドと言えなくもない。

サロメがファム•ファタールと言われる意味も理解し、ビアズリーの挿絵のままの、官能的で血生臭い作品なのも読んで納得したが、思った以上に読みやすく「サロメまじサロメ」くらいギャルマインドで読めるので案外これは戯曲初心者にオススメの作品なのかもしれない、と思った。

この本には載っていないが著者のオスカー•ワイルドの著者近影も冗談かと思うくらいカッコつけててなかなか良いので、これから「戯曲を読んでみたいけどオススメは?」と聞かれたらこの本を勧めようと思う。
サロメまじサロメ、って言いながら。


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