放置された「国民年金の給付水準低すぎる」大問題
日本の公的年金制度において基礎年金の給付水準が低いことは、従来指摘されていた。
今回の財政検証のオプション試算では、拠出期間の延長が効果があると示されたにもかかわらず、政府は、この改革を行わないことを決めた。
就職氷河期世代の人たちがこれから退職期を迎えることを考えると、この決定は大きな問題だ。
昨今の経済現象を鮮やかに斬り、矛盾を指摘し、人々が信じて疑わない「通説」を粉砕する――。
保険料納付期間延長案の見送りは問題
日本の公的年金制度は、退職後の生活のために十分な水準の給付をしているだろうか?
また将来の見通しはどうか?
7月3日に公表された2024年財政検証の結果を見ると、厚生年金の場合には、5年後の所得代替率は、想定された4つのケースのどれでも、5割を回る。
また高い成長率を仮定したケース1ケース2では、長期的に見ても、2120年まで5割を上回る(所得代替率とは、夫婦の年金額が、現役世代の男性の手取り収入の何%に当たるかを示すもの。
政府は将来もこれが50%を下回らないようにすることを目標としている。
2024年度の「所得代替率」は61.2%)。
このため、日本の公的年金制度は、安定的な給付を継続してくれるとの印象が広がっている。
そして、政府は、懸案となっていた国民年金の保険料納付期間を延長する改正を、今回は見送る方針を決めた。
しかしこれは問題のある決定だ。
財政検証の結果をよく見ると、年金の将来は、決して安心できるものではないからだ。
特に問題なのは、前述のように長期的に安定した給付が続けられるのは、厚生年金の場合であり、しかも、将来の経済成長について楽観的な見通しをした場合に限ったものであることだ。
国民年金の場合には、現在の給付水準も低いし、将来は、経済成長率のいかんによらず、それがさらに悪化すると予測されているのである。
基礎年金の給付水準が低い
この問題を議論するには、まず基礎年金と所得比例年金について説明しておく必要がある。
サラリーマンなどが加入する厚生年金保険においては、基礎年金拠出金を基礎年金勘定に繰り入れる。
そして基礎年金と所得比例年金の両方を受給する。
それに対して、自営業や農業、漁業などの従事者などが加入する国民年金保険では、基礎年金のみを受給する。
2024年度における基礎年金は、月額6万8000円だ(日本年金機構、令和6年4月分からの年金額等について)。
基礎年金の場合は、保険料も定額なので、経済成長率が高くなったところで、保険料収入が増えるわけではない。
財政検証の結果を見ても、保険料収入は、①「高成長実現ケース」と、②「成長型経済移行・継続ケース」で、2040年までほとんど同じだ。そして、基礎年金の所得代替率が、現在の36.2%からさらに下がることが予測されている。
就職氷河期においては、大企業に就職できず、非正規の就業を続けるといった人が多かった。
こうした人たちは必ずしも厚生年金には加入していない。
それらの人たちの多くは、これまでも十分な額の貯蓄を行っていないし、また退職金も期待できないと思われる。
それに加えて公的年金に期待できないのでは、大きな問題だ。
そして、就職氷河期の人々が、これから退職後の時代を迎えることになる。
したがってこれに対する措置は、差し迫った課題だ。
基礎年金の給付水準が低いことへの対策として、保険料の納付期間を、現行の40年(20~59歳)から、45年間(20~64歳)に延長する制度改革が提案されていた。
今回の財政検証では、納付期間延長に関するオプション試算が行われている。
それによると、期間延長により基礎年金の所得代替率が上昇する。
この効果は厚生年金の加入者に対しても及ぶ。具体的にはつぎのとおり。
基礎年金の拠出期間延長のオプション試算
基礎年金の拠出期間を延長した場合には、その分だけ給付が増額され、基礎年金が充実する。
2024年度の基礎年金額(年81.6万円)をもとに計算すると、年約10万円の給付増となる。
「③過去30年投影ケース」のもとで、厚生年金の2055年の所得代替率は、57.3%と現状維持の場合の50.4%から6.9%ポイントだけ改善する。
ただし、保険料負担も国庫負担も増える。2024年度の国民年金保険料(月約1.7万円)をもとに計算すると、5年間で約100万円の負担増となる。
また、国庫負担も増える。
国民年金の支給開始年齢の引き上げは、対象者に大きな利益をもたらす。
国民年金の加入者の場合には、前項のように保険料が100万円増加するのだが、それと引き換えに給付が増加する。
20年間受給すれば保険料増加額の2倍だし、30年間受給すれば3倍だ。
もちろん、受給は将来のことだから割り引いて評価する必要があるが、これほど高い収益率を実現できる貯蓄手段は、他にはない。
これは、基礎年金に対しては半分を国庫負担で賄う仕組みになっているからだ。
もちろん、国庫負担分を増加するには、財源が必要だ。
財源として増税を選べば、納税者の負担は増える。しかし、これは、納税者が全体として負担するものだ。国民年金の受給者の場合は、差し引きで利益を受けられる場合がずっと多いだろう。
なお、厚生年金の加入者の場合には、現行制度で65歳まで保険料を支払うので、これに加えて余分の負担が必要になるわけではない。
他方で、基礎年金の受給額が増える。
看過できない年金の「未納問題」
国民年金保険料については、未納の問題もある。
国民年金の保険料を2年以上納めないままにしておくと、未納となる。年金額に反映されないだけでなく、受給資格期間にも算入されないので、老齢年金を受給できなくなる恐れがある。
未納が続くと、最終的には差し押さえのリスクもある。
自営業やアルバイトなどの場合、経済的な理由で保険料を納めることが困難な人が未納になる可能性が高い。
就職氷河期の人々には、未納者が多いと言われる。
それだけでなく、「もらう気がないから払わない」とか「どうせもらえないから払わない」という理由で払わない人もいると言われる。
20〜30代の人の中には、「自分たちの世代は将来年金がもらえないと聞いた。だから、払う意味がない」と考えている人も少なくないという。
小泉内閣当時、17閣僚のうち、7閣僚に国民年金保険料の未納・未加入の時期があって問題となった。2023年1月にも、国会議員の年金未納問題がニュースとなった。
厚生労働省「令和3年度の国民年金の加入・保険料納付状況について」によると、2021年度の国民年金保険料の未納者は、106万人だ。国民年金の第1号被保険者に占める割合は約7.4%となっている。
厚生年金適用範囲の拡大
厚生年金の場合は保険料が給料から天引きされるので、未納になることはない。
政府は厚生年金の適用範囲を広げる方針だ。
短時間労働者の厚生年金加入は、現在、従業員101人以上の企業に義務付けられている(2024年10月からは51人以上)。
週の所定労働時間が20時間以上で、月額賃金8万8000円以上の労働者が対象となる。
5人以上のフルタイムの従業員がいる個人事業所についても、厚生年金の適用範囲を広げる。
宿泊業や飲食サービス業など一部の業種は現在加入が義務付けられていないが、こうした「非適用業種」を解消する方向だ。
厚生労働省の試算では、撤廃により、新たに約130万人が加入できる。
2024年末までに詳細な制度設計を検討し、2025年の通常国会に関連法案を提出する。
厚生年金の保険料は労使折半であり、加入拡大に伴って、企業の負担費用や事務作業が増える。
このため、政府は負担軽減策を検討する。
皆さん、忘れずに国民年金の給付を受けて下さいね。
もし不明なことがあれば、コミサポにご相談下さい。
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