#4 ぶんぶん公園と近田家とサクラ(4)“責任”
#3 ぶんぶん公園と近田家とサクラ(3)〜急展開の“住民移転”
ことし4月おわり。近田家のサクラは葉桜になったが、まだところどころに花を残していた。この日は、夫婦が、思い出のしみついた家をあとにする日。
荷物の運び出しがほとんど終わり、がらんとした一階の部屋で、夫の太郎さんがぽつぽつと口を開いた。
普段はひょうひょうとした雰囲気の太郎さんだが、この日はどこか神妙で、何かを確かめるように壁やエアコンの排気口を触ったり、窓の外を見上げたり。何度か、大きなため息もついた。
話し終わって、しばし沈黙。
それを破るかのように、玄関の呼び鈴が鳴った。NEXCO東日本やJVの担当者など3人が、家屋の引き渡しの手続きのために訪れた。
妻の眞代さんお気に入りの、光がふんだんに差し込む2階のリビングには、かつて空洞が見つかった隣の空き地から重機の音が響いていた。
夫婦がいくつかの書面にサインし、カギを引き渡すことになった。眞代さんが、亡き母からもらったというキーホルダーからカギを外そうとした。
悪戦苦闘のすえ、カギは外れてテーブルに横たわった。使い込まれて少し曲がって、どこかふてくされたようにも見えた。
地盤補修工事は、地盤を緩めたとする16メートル×220メートルのトンネル直上の範囲に、セメント系の固化材を高圧で注入する。直径4メートル、深さ40メートルほどの巨大な柱が、およそ220本並ぶ。
この地域は閑静な住宅街で、車のすれ違いに苦労するほど道幅が狭い。このため、注入する固化材や地中から出る排土は、入間川という小河川の上に管路を這わせ、400メートルほど離れた甲州街道近くに設けた作業ヤードとの間を圧送する。
途中の生産緑地やぶんぶん公園に設けられる「中継ヤード」には高圧コンプレッサーなどが設置される。家屋が密集した住宅街を縫うように行われる工事に、住民からは騒音や振動、管路の安全性、地下水や周辺地盤への影響など、さまざまな不安の声が上がった。
この地を離れることが決まってからも、眞代さんは住民グループの活動に参加した。特に強く訴えていたのは、地盤補修工事を行うにあたっての通学路などの安全対策と「責任の明確化」だ。
そもそも夫婦が終の棲家を離れる原因となった、陥没や空洞を発生させた事故の責任も、今に至るまで明確に示されてはいない。
陥没発生前に住民から相次いだ振動の訴えをきちんと受け止め、工事を中断するなどして抜本的な対策を検討しなかった責任。
およそ50日間のあいだに16回もシールドマシンが回らないトラブルが発生し、このうち4日分については、まとめて施工会社からNEXCOに事後報告された。こうしたリスク軽視ともとれる現場の管理責任は誰にあったのか。
そしてこの3年あまり、NEXCOの社長や国土交通大臣といった事業者側のトップが現地を訪れて住民に直接謝罪したことは、ただの一度もない。
病院の検査技師として40年間、ひとの命にかかわる仕事をしてきた眞代さん。事業者側の「責任」に対する姿勢には、疑問をはさまざるを得ないという。
#5 ぶんぶん公園と近田家とサクラ(5)〜“卒業組”として
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