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財務次官の“バラマキ批判”、二つのポイント

〇財務省の矢野康治事務次官が「文藝春秋」11月号に、最近の政策論争を「バラマキ合戦」などと指摘する原稿を発表しました。これが政府、与党内などに波紋を広げていると報道されています(2021年10月12日、朝日、読売朝刊など)。原稿は「財務次官、モノ申す このままでは国家財政は破綻する」と題され、日本の危機的な財政状況を訴えています。

○事務方トップの現職次官が雑誌に自らの意見を寄稿するのは異例のことだそうですが、今回の“事件”のポイントは二つあります。一つは言うまでもなく、政府内の大幹部が、財政の赤字問題を真っ向から問題にしたことです。「すでに国の長期債務は970兆円、地方の債務を合わせると1166兆円に上る。GDP(国内総生産)の2・2倍であり、先進国でずば抜けて大きな借金を抱えている・・・今の日本の状況を喩えれば、タイタニック号が氷山に向かって突進しているようなものだ」(「文藝春秋」11月号から)。これを読んで大方の読者は、分かりやすい比喩だが、こんなことを書いて、事務次官のポストを追われるのではないか、と心配したことでしょう。

〇この原稿に対する政府、与党の反応は、岸田首相は「いろんな考え方、意見は当然あっていい。いったん 、方向が決まったら、しっかりと協力してもらわないとならない」と民放のテレビで述べました。また、松野官房長官も記者会見で「財政健全化に向けた一般的な政策論について私的な意見を述べたものだ」と受け流しました。あれっ、物分かりがいい、岸田内閣は思った以上にリベラルなのかな…。

〇しかし、よく考えると、これらは最悪の反応なのです。「いろんな考え方」「一般的な政策論について私的な意見」として、この重大な財政問題について、向き合おうとせず、議論をしない。矢野次官発言をいわばなかったことにする、狡猾な対応なのです。いまこそ、赤字の深みにはまった財政問題をどうするか、議論をすべきだ、というのが矢野次官の真意なのに。

〇高市自民党政調会長だけが勇ましく「たいへん失礼な話だ」とテレビ番組で批判。「基礎的財政収支にこだわって本当に困っている人を助けない。これほどばかげた話はない」と述べました。しかし、これは財政の財源の問題を議論している、ということを抜きにした、いわば“床屋談義”で、議論になっていません。 

〇9月22日の日経に、英フィナンシアル・タイムスからの転載として、米国版エディター・アット・ラージ ジリアン・テット氏の論考「世界の債務膨張 議論を」が掲載されました。世界の金融機関が加盟する国際金融協会(IIF)が発表したコロナ禍世界の債務残高に及ぼした影響を評価したリポートを紹介、意見を述べたものです。これによると、世界の政府の債務残高は86兆ドル(1ドル110円で計算すると、9460兆円)に上り、世界のGNPとほぼ同じです。そして、テット氏は債務の急増以上に注目すべきは、その影響に関する議論が公の場で殆どなされていないことだ!と指摘しています。いやはや、日本と同じですね。

〇日本では、政治の世界のみならず、学界、メディアの世界でも、財政問題についての議論が全く不足していると思います。矢野発言が、この問題を広く議論する契機となることを期待したいと思います。、l

〇今度の矢野発言(原稿)事件のもう一つのポイントは、安倍・菅政権下、沈黙を強いられていた官僚が、堂々と自分の意見、信念を発表したことです。コロナ対応の失敗やオリンピック開催問題での政府の暴走は官僚の自由な発言が封じられていたことが背景にある、と私は思っていました。コロナ禍とそれに続く経済の不調で、“国難”といわれるいまこそ、官僚も知恵を出して日本を盛り上げていかねばなりません。そのために、官僚が力を出せる環境を作ることが必要です。

〇矢野財務次官の勇気ある発言は、国難の日本を立て直す大きな契機になるのではないか、 そうあってほしい、と思います##

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