ITと法律を取り囲む問題の個人的な整理 の元メール

 このnoteは、「ITと法律を取り囲む問題の個人的な整理」と題したnote (その1, その2, その3) を書くきっかけとなった、意見・アイデアのメールです。
 以下の内容については、私の書いた文・意見ではありませんので、ご注意ください。
 この話に関する議論を活発化させるために、公開しても良いかお願いしたところ、快く了解してくださいました。この場を借りてお礼申し上げます。


(以下本文)

"元Coinhiveユーザー" 様

突然のメール失礼いたします。
私はシステムエンジニアをしている、○○○○と申します。

先週のコインハイブ訴訟の高裁判決で被告側が敗訴しました。
それ自体が間違いだと私は考えるのですが、とりわけ今回の判決の内容に問題があると感じました。

その折、"元Coinhiveユーザー"さんがこのことに関し、Twitterでアイデアを募集されていましたので、自身の考えをまとめてみました。
だいぶと長くなってしまいましたので、ツイッターではなくメールの方で送らさせていただきます。

一般社団法人日本ハッカー協会の方にも送ろうかと思ったのですが、通常の問い合わせのみ受け付けているようでした。
不躾ではありますが、もし何かしらのパイプをお持ちであれば、一つの提案として回覧していただければと思います。
また、ハッカー協会のような団体で、このような提案を受け付けているところがあれば、教えていただけますと幸いです。

読みづらい点もあるかとは思いますし、この提案がベストだというわけでもありませんが、一つの意見として何かの一助になればと思います。

それでは、よりよい環境を作っていけるよう、お互いにできる事をしましょう。

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不正指令電磁的記録罪改正についての提案

要旨
・コインハイブ訴訟から見える問題点
・法改正の内容
・キャンペーン
・まとめ

コインハイブ訴訟から見える問題点

今回の高裁判決は、現実に即していないのはもちろん、処罰対象を無限定に広げるだけでなく、対象技術の開発者・使用者が自己の正当性を証明することを極めて困難にしています。

具体的には、"社会的に許容されているか否か"という非常に曖昧なラインで判断するという点です。コインハイブとの比較でWeb広告が例示されていますが、そのWeb広告ですら、いつどの段階で社会的に許容されているかは、高裁判決からはわかりません。

私が本件で問題だと考える点は以下です。
・違法性を判断される対象技術(行為)
・社会的許容を訴えるために可能な行為
・社会的に許容されたといえる期間

例示したようなことがわからない以上、新旧問わず技術を公開・利用することが、法的に過大なリスクを負うという意味で、極めて困難になります。
また、他人のリソースを使うという特性上、インターネット関連技術の多くが違法性を問われる対象となります。その意味で、処罰対象が無限定に広がるともいえるでしょう。

このような事態に陥った原因は、やはり不正指令電磁的記録に関する罪(以降、不正指令電磁的記録罪)の曖昧さにあります。
高木浩光氏が解説されていましたが、この曖昧さは将来起きうる事案を包摂するため、意図的に設けたとのことです。その意図自体は私も理解できますが、本来の趣旨を離れて運用が行われている以上、欠陥があると言わざるを得ません。

今回のコインハイブ訴訟の結果、運用が改善される可能性はあるかもしれませんが、法が抱えている欠陥はそのままなので、早晩同様のことが起こり得るでしょう。ゆえに、当該法で処罰される対象を限定するよう、法改正を求めるべきであると私は考えます。

また、運用の改善ではなく、法改正を求めることの利点は以下です。
・係争中の事件であり、運用側(行政)に働きかけるのは難しいが、立法の方へであれば国会議員の協力を得られる可能性がある
・不正指令電磁的記録罪が抱える根本的な問題を解決できる
・コインハイブ訴訟で被告側が最高裁で負けた際のリスクヘッジになる

法改正の内容

※私は法の専門家ではありませんので、以降の内容は素人意見になりますが、一つの意見として見ていただければありがたいです。

まず、法改正の目的は違法となる対象を限定することです。そしてそれを実現するために、

"違法性を判断する際は以下の要件を考慮して総合的に判断しなければならない。
・技術・行為による損害 (実害)
・技術自体の機能
・その他類似の技術・行為との比較"

という内容の文言を、盛り込むことを求めるべきだと考えます。

上記の要件を考慮しなければならない、としたならば、多角的な視点で違法性かどうかが検討されることが期待でき、曖昧さが生み出すグレーゾーンを狭くすることができるかと思います。高裁判決では、その他類似のものとの比較がほぼ取り合われませんでしたが、そのために、社会的許容が実情を反映しない、いわば思い込みによって判断されていました。
※思い込み:具体的には"無断で利益を得ることは社会的に許容されていない”ことを前提としている(と思われる)部分

また、上記要件は実質的に権利として働くことも期待できます。現行の法は違法性を判断するための各要素が曖昧なため、違法性を問われた者が法的に自身の正当性を主張することが極めて困難です。しかし、前述の要件をもってすれば、自身の正当性を法的に主張することが容易となり、かつ安心して技術を開発・利用することが可能となるでしょう。

加えて、将来想定しなかったような種類の技術・行為に対して、摘発する側と開発・使用者側のどちらも自身の正当性を主張できる余地があるという意味で、さまざまな事象に対応できるでしょう。

キャンペーン

前節のことをふまえ、不正指令電磁的記録罪の改正を求めるためのキャンペーンを早急に実施すべきだと私は考えます。ではそのキャンペーンですが、どういった内容で展開すべきか、について述べます。

対象

高裁判決を受けて、より声を届ける運動をすべきだという意見をSNS上で見かけました。
確かに、関心を持っている方々は多いようですし、声を上げられている方々は被告人側の見解に賛同している人が多いように思えますので、例えば署名活動や Change.org のようなサービスを活用すればそれなりの効果はあるでしょう。

とはいえ、かなりニッチな話題ではあるので、そもそも関心のない人からすれば、厳しい言い方になりますが、一部の開発者や弁護士が騒いでいるようにしか見えないでしょう。

そもそも、IT関連の会社・技術者はそれなりにいるはずにもかかわらず、現状を見てみれば、未だに社会(特に行政)にIT技術が浸透しているとは言い難く、非効率な慣習・慣行が残っています。この事実ひとつとっても、IT関連の人々は、今まで政治に対し十分に自身の要求をアウトプットしてこなかったといえます。言い換えれば、現時点において我々は大した影響力を持っていないということです。

大した影響力を持たない我々が、急場しのぎに数を寄せ集めてそれを誇示してみたところで、その影響は知れています。ともすれば、"よくわからないことにこだわる人達"と一括りにされ、その数にすら注目されないかもしれません。私が何を言いたいかというと、我々は、斜陽産業の印鑑業界にすら劣る、自身の影響力のなさをまず自覚しなければならないということです。

影響力のない者が影響力を及ぼすためには、まず賛同者を集める必要があります。その上で、影響力のある人に動いてもらえるよう、働きかけるのです。

注意すべきは、今現在の仲間内(今関心がある人々)で盛り上がるだけでは意味がないということです。先ほども述べましたが、我々は大した影響力を持っていないからです。よって、普段こういった分野とはあまり関係のない、一般の人々に訴えかけてることによって賛同者を増やすしかありません。

また、それと同時に、こういった問題に理解のある国会・地方の議員をピックアップして働きかけなければなりません。現状では何人かが関心を示しており、また正しい理解をしているようですが、いかんせん数が心もとないです。ですが、そこは賛同者を増やすことにより、議員がこの問題に関わるインセンティブを増加させることで、クリアできる問題ではないかと私は考えます。

私がこの問題に対し、関心を持っている・持ちそうだと考えている立法議員は以下です。

衆議院議員
松平浩一 (立憲民主党)

参議院議員
山田太郎 (自由民主党)

大阪市会議員
杉山みきと (大阪維新の会)
※杉山議員はコインハイブには言及していないようですが、兵庫県警のアラートループ事件で兵庫県警の動きが問題だとして、県警に質問状を出しています

方法論

ではどのように一般の人を巻き込み、支持を得るのか?
今までのコインハイブ事件は、
1. コインハイブ事件
2. 不正指令電磁的記録罪の解釈と問題点
3. 一般の人に関連する話題
といった流れで話が展開されてきました。

順当ではありますが、そもそも関心のない人からすれば、1の話が出た時点で興味を失ってしまいます。いうなれば、玄関口が狭すぎて通れないようなものなので、一番大事な3までたどり着くことはほぼないと言えるでしょう。

ゆえに、一般に訴えかけて興味を引くためには、より広く関心を集める話から入らなければなりません。つまり、これまでの流れを以下のようにひっくり返す必要があります。
1. 一般の人に関連する話題
2. 不正指令電磁的記録の解釈と問題点
3. コインハイブ事件

では1のように一般の人が関心をもてるものは何なのかを考えます。

残念なことに地裁と高裁で判断がガラッと変わってしまいましたが、高裁の価値判断や地裁との差異は、大きな武器になりえるでしょう。私が武器になり得ると考えるのは以下です。
1. 無断で利益を得るような行為は社会的に許容されない
2. 地裁と高裁で真逆の判決

おそらく、1のように、高裁は"無断で利益を売るような行為は社会的に許容されない"というのを前提として、反意図性を導き出しているのだと思われますが、なぜこういった行為は(基本的には)社会的に許容されないのか、という疑問が出てきます。これについては、アニメ「こうしす!」公式アカウント(@kosys_pr)さんが、このことに関して、最近興味深いことをツイートされていました。

恐らく、前者のような考えのもと、高裁判決は社会的許容を判断しているのだと思われます。

無論、高裁が実際にこのような価値判断をしているのかはわかりませんし、通常明らかにすることもありませんが、それはどちらでも良いことです。我々にとって重要なのは、前者はWeb上にコンテンツを公開している人に対し、"あなたのコンテンツはお金を払うような価値がなく、好意で見てやってるんだ。だから勝手な儲けは許さない。"と言っているように"読める"点が重要です。

しかし、ここ10年ほどの潮流を見てみれば、自身のコンテンツに何かしらの価値を見出しているからこそ、Web広告を自身のサイトに設置したり、Youtubeでコンテンツと一緒に広告を流しているのではないでしょうか?また、それはお小遣い稼ぎといったようなものではなく、人気職業にもなりつつあります。すなわち、一般的に後者の考えを持つ人は多くいるだろうということです。

そのような人達に対して、"高裁判決のような価値判断がはたして現実に即しているのか?"という問題提起が可能でしょう。キャッチーな訴えかけをするなら、"あなたのコンテンツは本当に無価値ですか?"というようなフレーズも良いかもしれません。

この問題提起を足掛かりとして、"コンテンツを公開してお金を稼ぐ"ということは"社会的に許容されていない"という程度の話ではなく、"場合によっては処罰される可能性すらあるのですよ?"と話を展開することができるでしょう。このようにすれば、コインハイブそれ自体では関心を持たなかった人の興味を引くことは可能だと考えます。

また、地裁と高裁の判決の違いというのも、不正指令電磁的記録罪の危うさを訴えかける武器となるでしょう。というのも、この違いそれ自体が、判断する人によって全く異なる結論を出し得るものだ、ということを証明しているからです。

※その違いがどこからきているのか、という点については1の比較がわかりやすく、また受け入れられるでしょう

ここまで利益の話をしてきたので、"利益が絡まないのであれば大丈夫なのでは?"と思う人もいるでしょうが、そもそもこの法律が利益云々とは無縁なコンピューターウイルスを処罰するような目的で作られた法だ、と説明すればよいでしょう。すなわち、"利益が絡む絡まないは、処罰の対象になるかどうかとは直接関係ない"ということです。

その上で、"はたして、自分が何をしたら処罰の対象になるのか、自分自身で判断できますか?"と訴えかけましょう。また、"不正指令電磁的記録罪が責任をとることを求めるなら、責任が取れるような法であるべきではないか?現行のそれではあまりにも曖昧で、責任を取りようがないですよね?”と訴えかけ、改正の方向へ話を展開することも可能でしょう。

そういったことを踏まえた上で、コインハイブの問題を考えてもらいましょう。多少周りくどいですが、ストレートにコインハイブの話から入るよりかは受け入れられやすいかと思います。

一般への訴えかけを簡単に整理しますと、
1. 高裁の価値判断を入り口とする
2. その価値判断は、場合によっては処罰対象を決める
3. その価値判断は捜査する人や裁判官によってまちまち
4. 自分で違法かどうか判断できない
5. よって改正を求めるべき
6. 上記を踏まえた上でコインハイブ問題を考えてもらう
以上になります。

まとめ

長くなりましたが、再度全体をまとめると、
1. 不正指令電磁的記録罪の改正を求める
2. 改正運動には一般の人を巻き込むようにする
3. その中でコインハイブ問題にも関心をもってもらう
ということになります。

現状関心を抱いている我々が騒いで解決する問題であれば、すでに解決しているでしょう。しかし、そうはなっていないので、別のアプローチをする必要があります。私が今回提示したのは一つの方法でしかありませんが、改正を求めるなら一般に訴えかける必要があるのは間違いありません。

そのためには、賛同してくれる人達と足並みを揃えることが重要で、求めるものをシンプルにしなければなりません。

今回の訴訟では以下のことが課題と言えると思います。
・不正指令電磁的記録罪それ自体の問題
・警察・検察・裁判所の無理解
・警察の捜査方法
・都道府県ごとに警察の対処が異なる(セクショナリズム)
しかし、これら全ての改善を求めるとうまくいかないでしょう。

先の課題の解決を求めることは正当ではありますし、いろんな問題意識を持っている人を集めるような気がするかとは思いますが、
・要求の複雑化(複数化)
・総論は賛成だが各論に賛成できない人の離脱
・各論の数だけ敵を増やしかねない
・各論にリソースを振り分けなければならない
という問題を孕みます。

言うなれば、主張する側としては玄関口を広げたつもりですが、実のところ小さな勝手口を増やしただけ、ということになりかねません。
ゆえに、何を求めるにせよ、要求はできるだけ絞ってシンプルにし、説得の方法にバリエーションを持たせる、という風に組み立てなければなりません。

技術者はとかく1か0かという正誤で物事を考えがちです。論理的な正しさのみを追求するにはそれでよいのですが、このような政治的な運動において重要なのは1~10という考え方、すなわち説得することが必要となります。議論で勝っても仲間を増やせなければ何の意味もありません。その意味で、技術者には不向きな試みであると思いますが、やらないとまた同じことが起きてしまうでしょう。

以上

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