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戦略思考の3つのポイント

今回は「戦略思考の3つのポイント」について、私がコンサルティングの現場で考えていることを踏まえてお伝えしたいと思います。


戦略思考は戦略計画よりも重要

かなり前から経営戦略や事業戦略(あるいは競争戦略)の有効性への疑問が投げかけられています。この戦略の否定的捉え方にはもっともな側面もあれば、やや誤解に基づく(誤解を招きやすい?)側面もあると私は思っています。

もっともだと思うのは、戦略の有効性は比較的短時間で消滅してしまうという考えです。たしかに、競争戦略は相手との関係によって決まります。つまり、戦略は常に相対的であって絶対的な戦略はないということです。

いざ戦いが始まってしまえば、相手次第で戦略を変えなければいけないことは競争状況においては当然のことです。その意味で、いくら戦略を立てても相手の出方によっては立てた戦略が無効化してしまうという考えには一理あります。

一方で、競争相手に関係なく自社の長期的な方向性を決めるような場合、戦略の有効性は短期間では消滅しないでしょう。もちろん、事業環境が急変してしまえば長期戦略も変更を余儀なくされますが、長期の環境変化についてシナリオ・プランニングなどの手法を使って「想定外の事態」がなるべくないように予測することが(ある程度は)可能です。

また、戦略については「戦略」という言葉が「戦略計画」を意味するのか「戦略思考」を意味するのかで、有効性についての考え方が変わります。

すでに見たように、戦略計画の有効性は考えられている以上に短いといえます。一方、戦略思考については戦略計画の短命化と対照的にその有効性は長いというのが私の考えです。戦略的な思考方法を身につければ、意思決定のスピードと質を高めることが可能になります。

以下では「戦略思考のポイント」を3点に絞って解説します。

ポイント1:複数の基準で「やること」を絞り込む(=「やらないこと」の明確化)

とは言え、私の勝手な思い込みを書いても説得力がないでしょうから、有名な『ビジョナリーカンパニー2』という本から解説図を拝借しましょう。

『ビジョナリーカンパニー2』のテーマは「平凡な会社がどのようにしたら偉大な会社になれるのか」というものです。この本の中で、ジム・コリンズは「針鼠の概念」という考えを提示しています。

針鼠は体の針を使って捕食されないようするという「生存にとって最も大事なこと」を知っていて、それを愚直に実行しているから賢いキツネに食べられずに生きていけます。このことをジム・コリンズは針鼠の概念と言っています。

企業が針鼠の概念を持つためには「やらないことリスト」を持つことが大事だとジム・コリンズは言います。

これが1つ目のポイントです。

「やること」を限定する、言い換えれば「やらないこと」を明確にすることが戦略思考においては極めて重要です。

「それはやらなくてもいい」、「それはやってもやらなくて結果に大きな影響はない」ということが意思決定の場面ではたくさんあります。やらなくていいことを大事なことだと勘違いして、そのことについて延々と議論しているような会議もありますが、これは参加者(の一部)が戦略思考で考えていないから生じる現象です。

大事なことは「やること」と「やらないこと」を決めることですが、そのためには「この基準(条件)を満たすことだけやる」という発想が必要です。

ジム・コリンズは平凡な企業が偉大な企業になるための行動選択基準を「情熱をもって取り組めるもの」、「経済的原動力になるもの」、「自分が世界一になれるもの」と定義しました。「世界一になれる」というのはなかなか厳しい基準のように感じますが、偉大な企業になるためであれば、厳しい基準を設定するのは当然のことでしょう。

このような最高レベルに厳しい基準(条件)でなくても、いくつかの基準をあらかじめ設けておいて、その基準に照らしてアイデアや意見を採用すべきかどうか、あるいは議論の対象にすべきかどうかを判断することで、対象とはなり得ないものを排除することができます。

私のやっているコンサルティングというビジネスを例に挙げるなら、プロジェクトの規模(金額や投入人員、プロジェクト期間などで見ます)での基準は当然ありますが、「真剣に取り組もうとしているクライアント企業を支援する」という基準もあります。

あるいは、「クライアント企業の組織変革につながるテーマに注力する」という基準もありますし、「本業を通じた社会貢献をめざす企業を支援する」という基準もあります。

意思決定の際にどの基準を採用するかは、何についての意思決定なのかによって変わりますし、意思決定を行う経営陣が自社の将来や当該事業をどのように考えているかによっても変わります。

しかし、いずれにせよ、何かしらの基準を設けることで「やるべきでないこと」、「やる必要のないこと」が明確になり、「やること」、「やらないこと」を決めることができます。

戦略とは「やらないこと」を決めることだとも言われますが(前述のジム・コリンズは「やらないことリスト」は「やることリスト」よりも重要だ、という言い方で「やらないこと」決める重要性を強調しています)、第1のポイントはそれを見極めるのに役立ちます。

ポイント2:手段の目的化を回避する

2つ目のポイントは「手段の目的化の回避」です。

コンサルティングの場面で「なぜDXが進まいないのか」という話題が出ることがあるのですが、そのときに聞かれる意見に「システムを入れると事務スタッフにやらせることがなくなるから、システムを入れずに人力でやっている」というものがあります。

本来、事務スタッフを雇うということは事務処理を行うという目的のための手段のはずですが、多くの企業で事務スタッフの雇用を維持する(そして、いままで通りの作業をしてもらう)ことが目的化してしまって、事務業務を効率化できるシステムの導入が進まないということが起こっています。手段の目的化です。

この場合、事務スタッフに他の業務をやってもらうとか、総合職化して利益貢献してもらうとか、事業拡大に伴う「まだシステム化できない業務」を担当してもらって効率化の工夫をしてもらうとか、システムでは対応できない仕事で会社に貢献してもらうことを考えるべきです。

しかし、実際には多くの企業で、事務スタッフに従来どおりの仕事をしてもらうためにシステム化・DX化が進まないということが起こっているのです。

こういうことを書くと、それならさっさと事務スタッフを総合職しろとか、職種転換しろという意見が出てきそうですが、それはそれで短絡的です。そういう発想だと今度は総合職化や職種転換が目的化してしまう危険性があります。

そうならないためには、事業の目的や仕事の目的を明確にしないといけません。何のためにそれをやるのかということを明らかにすれば、自ずと出てきた意見やアイデアに対して「それは本末転倒だ」とか「それを目的化してはいけないだろう」ということが見えてきます。

そういう本質的なことがわかってしまうと困る人も社内にはいるかもしれませんが、それならば、その人たちがなぜ困るのか、何に困るのかを深掘りしていけばいいのです。そして、きちんと会社の大方針を示して「いま、何のためにこれをやるのか(あるいは、やらないのか)」を腹に落としてもらえばいいのです。

ポイント3:外側の存在を意識する

3つ目のポイントは「外側への意識ですが、これは手段の目的化を回避することにも役立ちます。

経営学者のドラッカーは、企業の目的は「それぞれの企業の外」にある、と言っています(ピーター・ドラッカー『現代の経営』)。企業という大きな単位だけではなく、部門単位でも個人単位でも、すべての仕事はその外側に目的があります。

「外側」とは自分(たち)以外の存在ということですが、この「外側の存在」を意識することが戦略思考では極めて重要です。

自分の楽しみのためだけに行う行為は仕事ではなく趣味です。仕事には「自分(たち)以外の誰かのため」という概念が欠かせません。その「自分(たち)以外の誰か」をここでは「外側」と言っています。

社内で「外側」を見えれば、自分(たち)よりも上位の存在(係にとっての課、課にとっての部、部にとっての全社など)があり、下位の存在(部にとっての課、課にとっての係など)があります。また、前工程や後工程あるいは他部署という横の関係での外側もあります。

社外に目を向ければ、顧客という外側の存在がありますし、顧客の外側には社会があります。社会課題の解決がビジネスの課題と認識されるようになったのは、消費者のさらに外側にある社会を自社のビジネスの対象と考える企業が増えたからでしょう。

外側の存在(特に社外)に目を向けることで、ビジネスの対象を広い視野で探索することが可能になります。広い視野は新規事業開発や新分野探索では不可欠ですので、外側を意識した思考は自社の成長を考える際に有効であるとわかります。

まとめ

以上、戦略思考のポイントを解説してきました。ここで解説した3つのポイントを意識すれば、ほとんどの人は戦略的に考えられるようになります。

複数人で議論する場合には、議論開始前にポイント1~3についてメンバー間で合意を取っておいてください。想定している基準や目的についての考え方やイメージが異なると意思決定が遅れたり歪んだりします。

戦略思考は経営戦略のような大きなテーマから個人の仕事のやり方まで、幅広い応用が可能です。この記事で示したポイントを意識して戦略思考でビジネスや仕事を考えていただくことで、個人レベルでも組織レベルでも意思決定のスピードと質が高まります。

社員の多くが戦略思考で考え議論するようになれば、その企業は思考力、分析力において格段に強くなります。そうなれば、新規事業のような新しいチャレンジについても古い考えに縛られることなく、同時に現実主義的な視点も忘れることなく、やるべきことを見極められるようになるはずです。

たった3つだけですので難しいことではないと思います。質の高い意思決定を迅速に行うために、この3つのポイントを意識していただければと思います。

(執筆者:中産連 主任コンサルタント 橋本)
民間のシンクタンクおよび技術マネジメント系のブティックファームを経て現職。現在は、中堅・中小企業における経営方針の策定と現場への浸透の観点から、コンサルティングや人材育成を行っています。

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