マガジンのカバー画像

時を越えた瞬間の記録

10
二度と忘れられない瞬間は時間を越えて、今でも心にあり続けます。
運営しているクリエイター

#日常

時を越えた瞬間の記録【ヴェクショー】

2018.10.23 Suède, Växjö 慣れた手つきで手際よく、彼はたっぷり溶かしたバターのフライパンにミンチ肉をスプーンでまるめて転がし落とす。彼女はというとダイニングのテーブルに食器を出したり、ワインを準備したりでキッチンにいない。台所でテキパキと準備を整える彼に、所在無さげなわたしはせめてでも何か手伝いたいと声をかけると「じゃあ火加減を見ておいて」とまるで子どもに話しかけるように指示が出た。「Ja!(はい!)」ごくわずかの知っているスウェーデン語を声色と音調だ

時を越えた瞬間の記録【パリ】

2019.10.25 France, Paris すべての運命は既に決められていて、そこに書かれた内容をひとはなぞるだけ。アラブの世界に「Maktub(マクトゥーブ)=書かれている」という言葉があるように、つまりは覚悟を決める前から物語は始まっていた。2015年に初めて訪れたパリ、右も左もわからない複雑な街でたまたま予約したアパートは、スペインのサンティアゴ・デ・コンポステラへと向かう経路、レヴィ通りのすぐそばだった。 その後もパリに訪れるたび、この通りを何度も歩いたはず

時を越えた瞬間の記録【ヴァランス】

2019.10.17 France, Valence 向かいのホームには誰一人ひとがいなかった。 直線と曲線が入り混じった建築、ヴァランス駅。近代的なこの駅を大きく見守る空は、秋のやわらかな水色をまとい、白い雲はまたふんわり、うっすらと青に溶け込むようになびいている。時折見せる日差しは黄金色に輝いて、20キロの荷物を詰め込んだスーツケースとともに駅に立ち尽くすわたしをじんわりと励ます。いま何かが動いた。ホームの先のロータリーにバスが滑らかに立ち入って、数人の乗客を吐き出し

時を越えた瞬間の記録【アヌシー】

2017.12.22 France, Annecy 「コーヒーの音楽をしっかりと聴くんだ。それが火を止める合図だよ」。 数日前にイタリアで買った、BIALETTI(ビアレッティ)の直火式エスプレッソマシン。使い方を知らないわたしに早速使ってみようと声をかけ、嬉しそうな表情をするひとがいた。学生用レジデンスの共同キッチンに移動して、直火で新品のマシンをセットするとそのひとは真剣な顔をしてこういう。耳をすますんだ、コーヒーの音楽が聞こえてくるから。それが火を止める合図だよ。や