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「伍糸布集 軽舟過ぐ」自作解題

このたび空の鏡社さんより発売されました「伍糸布集 軽舟過ぐ」に自作をいくつか寄せています↓

「伍糸布」とは、単語五つを並べて編む、短歌とも俳句とも異なる新しい形の短詩です。発売記念&宣伝として、本書に寄せた自作30作について解題をつくりました。本を手に入れてから読むもよし、先にこの記事を読むもよしです。

春布
 
●霞 追想 加速度 霧笛 歩数計
雰囲気で編みました。霞の中ではなにかしらの慣性に従って体や、物の見え方がぐんぐん加速していくような錯覚を覚えます。たしからしいものが一つ一つ溶けていく感じが素敵です。
 
●左義長 校庭 狼煙 滞留 同窓会
関東では左義長、関西ではどんど焼きと言います。地域の行事に赴くと、思わぬ級友に会ったりするものですが、みなその土地に残り続けたという共通点が確かです。土地を好いて残ったのか、どうしようもなく残存してしまったのかはわかりません。煙は遠くに飛べるのに、火をくべる私たちは地べたにはりつけにされたままです。
 
●新歓 バイト 履修表 「四年前の投稿を振り返ってみましょう」 春望
ちょっとやりにいった感が強くて自己評価の低い作品です。SNSで「過去の投稿を振り返ってみましょう」と突然振り替えさせられるのは怖いです。きらきらしていて、たくさんの可能性があって、ワクワクしていた時期も遠い昔、国破れて山河ありです。
 
●運動靴 通学路 烏賊 寿司 澪標
「いかのおすし」の標語が使われ始めたのはちょうど私が小学生の頃です。当時から割と不審者情報は頻繁に出ていて、被害にあわれた子たちはさぞ怖かっただろうと思います。通学路のことを子どもたちは単なる決められた道だと思いがちなんですが、見えない危険の多い中「ここを通れば安全だ」と道筋を示すのはすごいことだと思います。
 
●手袋 セーター 襖 防虫 納棺師
衣替えは厳粛に行う派です。冬物を一枚いちまい丁寧に畳んでしまうとき、それぞれの着物が一度死するような感覚に陥ります。彼らは秋になれば息を吹き返しますが、同じ服を着ている感覚はありません。
 
夏布
 
●玻璃 身頃 唇 共犯 白昼夢
背徳的ですね。お気に入りです。ビロウドを入れようか迷ってやめましたが、当初は窓とカーテンの間にいることを想像しました。ゼロ距離で初めて気づく身頃の肌理の細かさ、詰襟のカラーの曲線、ドキドキしますね。
 
●若葉 夕立 陽炎 海峡 幽霊
旧日本帝国海軍の駆逐艦には季節自然現象の名前の付いたものが多く、季節を読む短詩との相性が良いです。第二次世界大戦は終戦間際の夏のイメージに集約されがちですが、当然それ以前の、冬の冷たい海に沈んでいった船たちもあります。他の布にも軍艦の名前が多いのは、すべての伍糸布をそれで編もうとした名残です。
 
●校庭 席順 敬礼 飛行機 慰霊塔
こちらもわかりやすく戦争布です。自分の席順と、自分の机を持っていた少年たちが、まったく別な法則の名簿に名を連ねることを思います。余談ですが飛行機という言葉のクリアかつ簡素な響きがとても好きです。
 
●驟雨 助手席 選曲 横顔 反射光
恋布に入れようか迷った一布です。運転手の横顔って素敵ですよね。同じ車に乗っていて位置が動かないからフォーカスはぶれないのに、車は動いているから光の当たり方がきらきら変わる。運転に集中して前を向いているのでこちらの視線に気が付かない。助手席特権です。
 
●液晶 人差指 初孫 親指 慣性
これはエモと技巧に流され過ぎたかなと思います。ビデオ通話か何かの風景でしょうか。不慣れなタッチパネルの挙動、画面に愛おしく触れても届かない指先、通話を切った後の余韻を意識しました。
 
秋布
 
●暗渠 秋霖 秘密 奔流 後夜祭
背徳布です。捨て猫に給食の牛乳をあげたり、大人の捨てた雑誌を読んだり、気になる相手と秘密の逢瀬を重ねたり……橋の下は子どもたちの聖域です。それは単に見えにくいというだけでなく、境界の下にあること、ひとたび雨が降ればすべてが流されてしまう危うさと無関係ではないと思います。秘密は失われた時が一番美しい。何かあっても後の祭りです。
 
●索道 堰堤 喫水 籤引 石碑文
ふるい治水工事の傍には石碑のあることが多いです。近代のものであれば不慮の事故で命を落とした作業者の慰霊碑であることがくみ取れますが、もっとずっと古いものだと、「どういうわけで」そこに命のくじびきがあったのか、ちょっとぞくぞくしてきます。
 
●囃子 縁石 逆襟 夜長 秋津
祭囃子と花火は遠いほど好きです。この原稿を提出した後に「遠花火」という季語を知りました。素敵。祭りの喧騒の中にしれっと死者が紛れ込む怪談っぽい布にも、慌てて襟を直して祭りに戻るような背徳的な布にもとれますね。
 
●旧道 庚申 湖底 雨量計 盂蘭盆会
渇水でダムが干上がり、湖底にあった村の跡が姿を現すのを何度か見たことがあります。その地にて弔われた人はその地の水底に帰るのだろうか、それともやはり生者と時を同じくして疎開したのか、興味が出てきます。
 
●白露 休耕地 コンビニ 飛蝗 エクネーメ
これも田舎あるあるですね。耕地が荒れると虫が増えます。県道沿いには駐車場の広いコンビニが出来て、そこもかつてはやはり田んぼだった場所です。夜はコンビニの窓や自動販売機にびっしりと虫がつきます。まるで「もうここは人の住めるところではないのだ」と教えに来た使者のようです。
 
冬布
 
●投函 呼気 調律 指向性 窓辺
ラジオのイメージで編みました。自分のはがきが読まれるのをドキドキしながら周波数を調整するその瞬間だけ、ぽつんと一人立っていた人たちがどこかでつながるんですよね。そういう前向きさを大切にしたいです。
 
●露点 上気 走馬燈 指絵 営巣地
これも背徳感を意識しました(多いですね)。部屋の温度が上がり、結露で曇った窓につうと絵を描く指先に、朝のひかりが柔らかく当たって陰影をつける感じ、エロティックでいいですね。
 
●小夜時雨 待合室 夜汽車 上げ窓 セレナーデ
小夜で始まり小夜で締めました。雨が降るのに窓を開けるのはどうしたことでしょう。きっとなにか物語があるはずです。
 
●凩 遠吠え ドアベル マンデリン オールドノリタケ
冬の喫茶店は、外界と風の吹き方が大分異なってくるので大好きです。夏の喫茶店が一時的な避難場所といった趣を持つのに対し、冬の喫茶店は「いつまでもいていいんだよ」と言われているような錯覚に陥ります。この「いていいんだ」の発見のために、喫茶店は今日も存在し続けているのだとさえ思います。
 
●黄昏 洋灯 侘助 紫煙 小劇場  
こちらは雰囲気で編みました。暗がりの中、小さな白熱球の街灯に照らされたところだけが際立って、地下劇場のような安心感を醸し出します。そこに鮮烈な赤い花でも咲いているとなおよいです。
 
 
旅布
 
●視力 気球 砂漠 光跡 テールフィン
目の悪い人にはおなじみのあの機械は「オートレフラクトメーター」といって、角膜の曲率、屈折度を測る機械なのだそうです。僕は長年あの気球のある道がいつ、どこで撮影されたのか、ずっと探しているのですが答えは見つかりません。荒野の中の一本道には、アメリカの伝説的国道、ルート66の趣があります。
 
●リヴァプール 汽笛 甲板 夢路 底
あの美しい船体が真二つに折れてしまうその前日まで、船はただしく夢路そのものだったことと思います。乗っていた人のことだけでなく、見送った人達のことも思います。帰ってくるまでが遠足、というわけでは必ずしもなさそうですね。
 
●近道 野良犬 駄菓子屋 土手道 赤とんぼ
決して時間短縮にもなっていないような下校道を「近道」とか言って頻繁に通りませんでしたか? 僕はやりました。徒歩か、せいぜい自転車しか足のなかった子どもの頃、まちの端まで行くのもひとつの大冒険でした。
 
●車窓 縁日 じゃんけん 部活動 赤方偏移
電車の窓から景色を見ていると、その土地に立っている人たちの息遣いが一瞬だけ目につきます。踏切まちをしている学生さんや、畑仕事をしている老夫婦などにとって、過ぎていく私たちはどう映るのだろうと思います。感傷のドップラー効果を感じます。
 
●アリアドネ 県境 市章 校区 庭
旅のはじまりや旅先での抒情はたくさんあると思うので、帰りのことを編んでみました。徐々に知った地名、知った風景が増えてくる感じ。寂しさが高まってきますが、いざ帰宅すると、いつの間にか安心感に変わっています。
 
 
恋布
 
記念品 手帳 共同所有物 落書き 戦争資料館
過ぎ去ってしまったものの残滓について考えます。別れてしまった恋人との、思い出の品の処遇を考えているようにも思えますし、ほんとうに戦争に行ってしまった恋人を思っているのかもしれません。
 
電話 寝息 生存確認 空瓶 航行
電話は自分から切れないです。夜の電話で相手が寝落ちしても、もし電話を切った瞬間に何かあったら……という想像がふと首をもたげて、なかなか切ることができません。あるかもしれない、ないかもしれない、それでも確認をしたいと思い続けてしまう気持ちをネヴィル・シュートの『渚にて』に重ねました。
 
終業式 クラス会 私服 アクセサリ カラーリップ
普段制服姿でしか会わないクラスメイトと、何かの機会に私服で会うときなんか、ドキドキしますよね。そのなかに意中の人がいたりなんかしちゃったら、なおさらです。今振り返ると(いかにもな中学生ファッションだよなぁ)と思うような格好でも、当時は真剣に悩んであれこれ考えたはずです。
 
視線 ピースサイン レフレックス シャッター 肖像 
一眼レフのレフはレフレックスのレフです。カメラ内部に鏡が入っていて、普段は鏡に反射した像はファインダーを通し撮影者の目に入ります。シャッターを押したその瞬間だけ、鏡が跳ね上がり、像はカメラそのものに焼き付けられます。一眼レフの撮影は、撮影者とカメラによる、被写体の取り合いなんですよね。その仕組みが好きで、高校時代は写真部の部長をしていました。
 
舞台 二階席 アンコール スナイパー 相打ち
混雑でざわめく人ごみの中でも、話し相手の声だけが聴きとれる仕組みを「カクテルパーティー効果」と呼ぶそうです。オケの演奏を聴きに行った時の、遠く二階席の端からも、意中の人の姿を見つけ、音を聞き分けられるのも同じ理由かもしれません。舞台に立っている側にもそういう事が起こり得るかもしれません。
 
 
笑布
 
ピンフ チンイツ ちゃうやん トランプやん ストレートフラッシュやん
平和は素敵です。僕は根っからの平和党です。安易な鳴きを抑制し、待ちは広く、逃げやすく、点は高くなりやすい。リータンピン即ツモ三色一盃口赤1ドラ2裏2で役満です。夢があります。平和には。
 
菱餅 舞台 土曜 夜明かし 祭囃子
サタデーナイトフィーバーの床のパネルを見るごとに(菱餅みたいだなー)と思ってました。ただただそれだけです。
 
 
加速 加速 加速 オービス 卒業写真
あれは卒業写真ではありません。いや人によっては免許を卒業するかもしれませんが、スピードの出し過ぎには注意しましょう。
 
 
ハネムーン ニューヨーク パリ ロンドン グーグルアース
笑いのカテゴリに入れましたが、コロナ禍では切実な問題かもしれませんね。僕もあちこち世界を旅したいです。ハリウッドにもレッドウッドにも言って黄金の心を探しましょう。唯一行ったことのある海外の町はベトナムのホーチミンです。
 
誕生日 葉書 おめでとう クーポン券 一応取っておく
誕生日に郵便ポストを開けると、一度だけ眼鏡を作ったことのある店とか、近所の家電量販店とかから、誕生日葉書が届いていることがありますよね。あんなのでも存外嬉しいものです。特に使う用事が無くても、しばらく残しておいてしまいます。
 

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