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BFC3忘備録

前夜

さる11月28日の午後、ブンゲイファイトクラブ3の打ち上げ懇親会が行われ、当イベントにファイターとして出場した僕は重い腰を上げて東京行きを決めた。東京に行くのは四回目だった。

行くにしてもお金がないと悩んでいると、何人かから出資の申し出があった。優しい人に恵まれて大変うれしかった。頭の中に吉田拓郎の「永遠の嘘をついてくれ」が流れていた。「片っ端から友達に借りまくれば~決していけないこともないだろうニューヨークぐらい」という一節がしみた。この歌では町にとどまることを選ぶのだだけれど、僕には永遠の嘘よりも祭りのあとの余韻の方が性に合っているので、行かない手はないと思った。
結局、親に泣きついて旅行費用をカンパしてもらい、旅路はうっかりさんに同行、宿はとらねこさんに借りることでめどが立った。


人生の一曲を選べと言われたらこの曲を選ぶ。

江戸攻め

26日の朝八時半、自宅から最寄りのファミリーマートでうっかりさんと落ち合う。うっかりさんは第一回BFCにて別名義で本戦出場した俳人で、同じ徳島住まい。車で東京へ向かうというので、一緒に乗せてもらうことになった。
車ではしばらく、話した瞬間に忘れるような世間話をいくつかした。大鳴門橋を渡り、淡路島も半分過ぎたあたりで、うっかりさんが「こうして走ってると、騎馬民族の気持ちが分かるなぁ」と言う。田舎道はその両翼にだだっ広い田畑を抱えているので、車を飛ばせば草原を駆ける遊牧民に漸近する。風でも受ければさぞ気持ちよかろうなとも思う。

北淡路のサービスエリアで休憩する。展望台から観る明石海峡大橋は相変わらずうつくしい。案内板には大阪方面にあべのハルカスが見えると書いてあったが、霞がかっていてよく見えない。目を凝らしてみるとうっすら塔のようなものが見える。それも見たいと言う思いが見せた幻影だったかもしれない。

神戸の元町中華街で、老祥記の豚まんを食べる(世界一おいしい)。食べ終わったタイミングでBFC3ジャッジのひとり、阿瀬みちさんと合流する。想像していたよりも朗らかな方で、お土産の紙袋をたくさん持っていた。横浜にも元町中華街がある事を失念していたため、Twitter上で若干の混乱をきたす。

商店街の喫茶店でモーニングを食べる。緊張して口数が減り、カニを食べているような沈黙が生まれる。2階の席に通されたが、階段の踊り場には背の高い謎のモニュメントが設置されており、「これが踊り場に置かれていたおかげで我々はモニュメントの頭の部分をまじまじと拝むことができるんだなぁ」と感慨に耽る。その話をきっかけに少し緊張が和らぐ。

神戸−大阪の都市高速を走っている感覚は騎馬民族とは違うよなと話題になった。自主的に走っているというより、押されて引っ張られて移動しているイメージ。例えるなら何だろうという話し合いの結果、血管に落ち着いた。

名神道は長らく山道で、少し気分も沈んだ。バイクを積んだトラックが前を走っており、尾行をするような感じでついていった。なだらかに幅の広い山が見えて、うっかりさんが「ふくよかな眉山って感じやな」という。眉山とは徳島市に横たわるランドマーク的な山で、眉のようになだらかで広い。検定に落ちた電信柱の林、英語の詰め込み勉強法、ベルヌーイの定理の解説などを聞きながら「高速道路では視力が上がるな。どれくらい近づけば前の車のナンバープレートが読めるだろう」というようなことを考えていた。

草津SAで休憩を取る。滋賀の草津なので草津温泉は関係ないみたいなことを言いつつ帰ってくると、うっかりさんが黄色い風船を拾って戻ってきた。子どもが落としたものだろうか。風船は飛んで行ってしまった後に残る不在が哀しくて、いなくなってしまうことそのものが形を持ったような印象で、昔から苦手だった。

太平洋が見えると気分も上向きになった。ナガシマスパーランドの傍を通る。絶叫系マシンの有名な遊園地である。二人にジェットコースターが好きか聞き、「乗れないことはないが目指して行くほどでもない」という絶妙の返答を頂戴する。
名港にはキリンがたくさんいる。雲の隙間からさす陽が海を煌かせてうつくしい。通り雨の後には虹も出た。虹の足元へ向かうように車は進んだ。それも刈谷のサービスエリアを出るころには消えてしまった。

大井川は石が多くて白線のようだった。石を拾いに行ったらさぞ気持ちよかろうと思う。

山裾に茶畑を見つけては(静岡……)と感慨に耽ったが静岡の何を知っていたのだろうか。

富士山が見えてからはもう富士山のことしか頭になかったし、富士山のことしか話さなくなった。見たことある形の山だねとみんなではしゃいだ。ゆっくり眺められそうなパーキングエリアを探してしょっちゅう休憩したが、なかなか眺めの良いところは発見できなかった。

関東に入る。渋滞が発生する。どこまでもつづく赤いテールランプはきれいだが出来ればあまり続かないでほしい、というようなことを考えていた。工事と事故のダブルブッキングで止まっていたようだった。前にいるトラックにフロントライトの光が反射してまぶしく、無理やり中央車線に入ったが、そこにはエンジンを停止して人も載せていない軽自動車が放置されていた。大丈夫かなとみんなで心配した。ゆるゆると進むうち、路肩に電話をしながら歩く人を見つける。渋滞の中ガス欠で停止し、助けを呼んでいるところだろう。とりあえず運転手が無事そうでなによりだ。

カーナビによる「東京に入りました」のアナウンスで各々歓声を上げる。

高速道路を降りて、駐車場へ向かう。踏切の傍に電柱が独りで立っているような、ちょっと寂しいところで迎えを待つ。遮断機の下がる音と警報機の音が優しい。ヒマワリが咲いている。遠くにドコモタワーが光っている。

髪色の綺麗な青年がやってきて手を振る。彼がとらねこさんで、今回宿を貸してくれたありがたい方。阿瀬さんの荷物が多いのでキャリーケースを貸すためにわざわざ出向いてくれたのだが、キャリーケースは置いてきた。

うっかりさんは歌舞伎町で宿を取っているので新宿まで歩く。とらねこさんはスマホを確認しながら先導してくれた。疲れているのと初対面なのとで口数が減り、謎の一行という雰囲気で歩いた。ガードレールに残されたバイク用のチェーンキー。駐車場の横にそろえて放置された靴。小さいフランス料理屋で会食をしているスーツのお兄さんたち。丸い窓のビル。まだ生きている掲示板。

東京の夜は暗い、というような話をした。明りがたくさんあるのにどうして暗いと感じるのかわからなかった。

新宿に出る。人が多い。神戸で慣らしておかなければ倒れていた。

とらねこ家に向かう。下北沢の商店街はにぎやかだった。

とらねこ家につく。BFC1ファイターのきさめさんが来ていて、玄関でお迎えしてくれた。肉まんを買ってくれていて、それを晩御飯にする。何度温めても温めが足りず、レンジ→蒸し器→レンジと往復した肉まんも中にはいたようだが、とても美味しかった。後に入れるほど濃くなるシステムのお茶も頂く。とてもおいしく、緊張が和らいだ。宿のお礼にとお土産を渡すと「こんな客はいままでいなかった」と驚かれた。今までの客のことが知りたい。

この日はブンゲイ実況の日で、少し遅れて参加する。旅の疲れもあってまともなことが言えなかったが、他の二人も疲れていたとのことで、なんだかぼやっとした中で決勝作を読む形になってしまう。決勝はどちらの作品もつよつよだったのだが、実況チームの予想は満場一致で左沢森「気持ちじゃなくて」となる。


マルカフェ・うなさか・朗読会

27日。昼過ぎにはマルカフェで待ち合わせとのことで準備をする。時間が非常にゆったりと流れて、気が付いたら少し遅れている。朝ご飯を食べながら、食べてたら間に合わないねーといいながら、でも食べる。あわててみんなで出発する。のんびりしてていいなと思う。

マルカフェはしずかな住宅街の中にぽつりとあって、素敵空間そのものだった。玄関前の棕櫚が素敵。扉を開けたらマルカさんとマスター、先についていたうっかりさんと、BFC2ファイターで「邪悪おじょさまの会」メンバーのこい瀬いとさんが出迎えてくれた。いとさんときさめ氏はお揃いできさめ氏作のキャラクター「カバンたんとフトンたん」のバッグを持っていた。みんなやさしいお姉さんという感じで楽しそうにしていた。いとさんはおみやげに、マカロン型のバスボムをプレゼントしてくれた。

店の奥、すこし床の下がったところでしばし談笑。窓の外に木が揺れて、木漏れ日が白塗りの壁に絵を描く。木を見たうっかりさんが「だきしめたくなるね」という。ビル・エヴァンスやコルトレーンが流れている。うっかりさんがマスターに「……マスターも一緒に食べないんですか?」と聞いて、三秒おいてマスターが「……食べないです」と答える。不思議な時間だ。

料理はどれも最高においしくて、特にししゃもとソーセージの燻製が印象深かった。マットな質感と渋い色味を眺めながら、うっかりさんと「これは生の絵画やな」と話した。

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生の絵画

偶然、揃ったメンバーのうち四人が、人魚アンソロジー「海界」の執筆者であることに気づく。全員集合とはならなかったが、プチ祝賀会のムードが漂う。作ってきた名刺を配りつつ、サインを求められて、すでに百万部売れた人間の書きそうなサインを書く。調子に乗っている。

マルカさんが「海界」モチーフのドルチェを出してくれる。薔薇カットの林檎がきれい。みんな写真を撮るのに夢中でなかなか食べ始めず、ちょっとアイスがとける。珈琲も不思議な奥行きがあってとてもおいしかった。

きさめ氏、カーヴァーの『大聖堂』中の短編「ささやかだけれど、役にたつこと」について熱弁する。きさめさんは小説の紹介が上手い。すぐにでも読んでみたくなる。

マルカさんの作品が雑誌「幻想と怪奇」に掲載されたので輪読する。めちゃくちゃに面白い。あらためてすごい方だと思う。必読。

マルカフェのアイドル、チワワのまめちゃんとドリルちゃんが乱入。ちいさい。あったかい。かわいい。まめちゃんはひと際うっかりさんに懐いていた。懐き過ぎて愛が強すぎてマルカさんに怒られた末持ち上げられて回収された。

名残惜しいが時間が来てしまったので、みんなで記念撮影をしてマルカフェを後にした。マルカさん、マスター、今度はもっとコーヒーの話とかしましょう。

別用のある阿瀬さんや方向の違ういとさん、うっかりさと少しずつさよならして、きさめさんからたいへんゆかいなおはなしのかずかずを聞きつつ帰路についた。下北沢の駅にて、蕪木Q平さんと合流する。Qさんは昨年の第三回阿波しらさぎ文学賞の大賞受賞者。昨年の授賞式はリモートで、画面越しにしか姿を拝見したことが無かったので、第一印象は(立体……)だった。気のいい、親しみやすいお兄さんといった安心感のある方で、道すがら「中二病カフェ」のコンセプトについて話をしてくれて面白かった。

人狼たちの夜

とらねこ家に帰ってしばらく談笑する。Qさんにもずっと会いたかったので感慨深い。つっこみというか、返す言葉のチョイスがいちいちハイレベルで、これは無限に話してて楽しい人だと思う。

しばらくすると玄関から音がして、底の深い目の青年が現れる。底の深い目の青年からいんすらさんの声が出る。いんすらさんとはブンゲイ実況でいつもご一緒する。読みの鋭い方である。

しばらくまた、たいへんゆかいなおはなしに花を咲かせる。今回のBFC3や作品の話もいくらかできた。晩御飯にはそうめんを茹でてもらった。つるっとした太麺で、やさしい味のお出汁が合う。寒い夜にはとてもおいしかった。そうこうするうちゲームをやる流れになる。どういう流れだったかは細かく思い出せない。いかさまゴキブリというテーブルゲームで、親にバレなければイカサマをしてもよいUNOといった印象。

負けると直感する。

この手のゲームはとても弱い。皆は「宮月さんは嘘がつけない素直な人だから」と言ってくれたが正確には少し違う。死ぬまで突き通す嘘を時間をかけて構築するタイプなので咄嗟の機転が利かないだけである。
重ねて注意力が無いので誰のイカサマも見抜けない。「みんな意外とイカサマしないなぁ」と思っていたゲームが終わって、各人のふところからぼろぼろと隠したカードが出てきたときには「もう人間なんて信用してやるものか」と思ったが次の瞬間にはまた見逃している。みんな無言の無表情でさっと手を動かすのがびっくりするほど上手い。素直に尊敬する。

イカサマにも飽きてきて、阿瀬さんが帰ってきたあたりでゲームは人狼に切り替わる。「人狼と聞いて!」と自室にいたとらねこ氏が飛び出してくる。お察しの通り人狼でも勝ったことが無い。それなのに二回に一回は人狼役を引く。村人の時は村人の時で、ぜったい違うだろうと信用しきっていたきさめ氏が人狼だったりする。氏いわく「宮月は人狼の時はどよんと暗くなり、村人の時は目がきらきらしている」。

やがてゲームマスターがQさんからきさめさんに代わり、一瞬で見抜いてくるプレイヤーがいなくなったのでなんとか戦えるようになった。その後数々偶然が重なり、人生初勝利を飾る。感慨深いのとうしろめたいので感情の置き場が分からなくなった。が、なんだかんだでとても楽しかった。

マリアージュ・フレールのマルコポーロをごちそうになる。大変香り高い紅茶で、とても好きな銘柄だ。コーヒーや紅茶は夜の必需品なのでたくさん飲む。皆さんとお茶会出来たのは良かった。普段は、あの時間帯のティータイムの中で作品が生まれたりしている。黄金の時間だ。

同室になったQさんと少し話してから眠りについた。人狼のおかげで変な夢を見た気がするが今はもう思い出せない。

打ち上げファイトクラブ

打ち上げは午後からだと油断していると時間が光速で溶けていった。冷蔵庫にスズメバチ。目玉焼きに醤油をかけるいんすら氏、オブジェとしてのりんご、ねむそうなQ氏、陽光。

午前11時、BFC3の決勝結果発表。優勝者は左沢森さんに決定する。決勝ジャッジの評を読みながら「そうだったんか……」「気づかんかった……」と言い合う。熱のこもった、決勝にふさわしいジャッジだった。

若干の時空干渉があってきさめ氏らが後から行く流れに。僕とQさんでとらねこ家を出発する。

参宮橋、割と近い。柱がどこどこの木を使用しているとかで、参宮感を出してきてるなぁと話す。

一回戦

会場は駅を出て二~三分歩いたところ。建物の角に男の人が立っている。何かが手書きで書かれた紙を掲げていて、はじめヒッチハイクかなと思ったが、車が通りそうにないし、こんなところにヒッチハイカーはいないだろうと思い直す。よく見ると紙には「BFC」と書かれている。隣には渋い色の頭巾をかぶった女性が笑っている。彼女が土偶作家のクモハさんで、土偶をイメージした頭巾だという。

ヒッチハイカーは物腰の柔らかそうな青年で、ニガクサケンイチを名乗る。ニガクサさんと言えば昨年から爆笑不条理作品を数々生み出した、推しの一人。目の前の青年は普通のお兄さんに見える。本物だろうか。

青年、おもむろに鞄をあさり、「宮月さんにはこれを渡そうと思っていたんです」と神妙な顔で、「カプリコのあたま~カプすけのいちごあつめ」を差し出す。彼こそがニガクサ氏だと確信する。

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Caplicoのあたま カプすけのいちごあつめ

会場は二階にある。工事の音が通りに響く。向かいの建物の窓に、丸い街灯と空だけが映っている。「革命と鍛錬」というスポーツジム併設のスペースで、「革命」だけが赤塗りの、飾り気のない明朝体の店名がいかしている。

ソ連のスパイみたいな格好と風貌の青年がyasuさんで、彼が二階に案内してくれた。

会場はすでに満員で、これから各参加者のあいさつというところだった。名前を知らない人や、名前を知ってるだけの人が順繰りにあいさつをする。いつでも逃走できるよう、入り口近くを陣取っていた僕にも順番は回ってきたが、無難なあいさつが通り過ぎていく。六枚道場というネットの創作イベントがかつてあって、そこで知り合った夏川大空さんが両手を振ってくれる。

主催の西崎さんから懇親会のスケジュールの説明があり、乾杯の音頭が取られる。談笑タイムがはじまる。先に会場入りしていた阿瀬さんの姿も見つけるが、知っている人の横にべったりつくのも迷惑と思っているうちに話す機会を逸した。ブンゲイ実況仲間で、ネット上でもよく絡んでくれる深澤うろこさんが、お酒飲もうよと言ってワインのボトルを鞄からそっと抜き出す。

みなさんとどんな順番であいさつしたのかを詳しく思い出せない。一度挨拶をして、それを忘れて二度挨拶をした人がいたかもしれない。

同じAグループファイターの金子玲介さんが飛んできて、とてもよかったですと作品をほめてくれる。金子さんの「矢」は大変面白く、普段から文芸誌などでお名前を拝見していた方なのもあり緊張する。これからミステリを書いてみたいとのことで、ミステリ談話をちょっとする。僕の読書歴がミステリから始まっていたので、オチを付けがちだったり、認識転換を多用する作風にも影響している、みたいな話をする。

BFC3の準決勝でご一緒した伊島糸雨さん、左沢森さんとも少しお話をする。それぞれとても好きな作品だったので「めっちゃ好きでした」とお伝えするも、具体的な言葉が出てこなかった。もっとゆっくりお話ししたかった。先先日のブンゲイ実況について、決勝作品を出された左沢さんに「ゆっくり聞き返しますね」と言われて戦慄する。

決勝ジャッジの青山さんはこれまで批評の経験が殆どないというので驚いた。決勝の批評に感動したことをお伝えした。

クモハさんには長編の一部を綴じたという冊子をいただく。楽しく読ませてもらう。

通天閣さんはまさしく通天閣さんと呼ぶにふさわしい風貌で西日本人間として納得度が高い。

星野いのりっちが登場する。背が高くて帽子がいかしてる。混乱して「ひさしぶりー!」と声をかけ「はじめましてでしょう」と冷静な突っ込みをうける。いのりっちはBFC3のジャッジのジャッジでキレキレのパンチを繰り出した方だが、実際あってみると物腰柔らかく気遣いの出来る青年だった。

ずっとお話したかった風呂さん、たいやきさんともお話しできた。とても推してくださるのでありがたさでいっぱいだった。

おなじファイターのコマツさんとマヒロさんがいて、(あ、コマツさんいる……)(マヒロさんも……)(おはなししたい……)(おはなし……)と思っているうち遂にお話できなかった。今度ゆっくりお話ししましょう。

同じくファイターだった瀬戸千歳さんはカットフルーツのかっこいいシャツを着ていて、けっこう地味な服の方が多かった中、カーキのコートを着ていた自分には安心感があった。本当に申し訳ない話なんだけれど、この時瀬戸さんがファイターであったことを完全に失念していたので、いっさい作品の話が出来なかった。「生きている(と思われる)もの」たいへん面白かったです。またゆっくりお話ししてください。

きさめ氏、いんすら氏、ブンゲイ実況主催のハギワラシンジさんが遅れてやってくる。僕がネット上のブンゲイ界隈に足を踏み入れてから、最も多くの時間、声で話したのがハギワラさんで、とても感慨深い思いがした。ブンゲイ実況メンバーがせっかくそろったので、酔って座っている深澤うろこさんを囲んで記念撮影をする。

ニガクサさん、鮭さんさん、吉田棒一さんが話していて、(各者作品が異彩を放っているので)異空間という趣がある。

鮭さんはすでに出来上がっていて、ズボンのポケットから潰れたビールの缶が顔を出している。余興で前に立った時もずっと缶がのぞいていて、それだけですでに面白い。彼の即興の回答は神がかっていた。

吉田棒一さんはこの場でなければ決して話しかけないタイプの人で、一言を間違えたらラリアットでも食らわされるかとビクビクしていたが、話してみるととてもフレンドリーで会話の成立する方だった。もっと他人を信用しようと思った。

小竹田夏さんは分裂して二人になっていた。名刺をいくつ渡そうか迷って、それぞれにお渡しした。あまり込み入った話は出来ず挨拶だけになってしまったが、後日Twitterで聞きそびれた(作品に関する)質問をしてくれた。大変ありがたい。

ささみさん、るいさんともお話をしたが、こちらもあいさつ程度になってしまったのでまたゆっくり話を聞きたい。ささみさんは面白いエピソードをたくさん持っている人だ。きっと面白いことを言ってくれる。

首都大学留一さんはすらりとした好青年という感じでとても真面目そうな方だった。ちょっとしかお話しできなかったけれど、賢い方なんだろうなと言う受け答えをされていた。
「超娘ルリリンしゃららーんハアトハアト」はどうして「しゃららん」ではなく「しゃららーん」にしたのかをずっと聞きたかったんだけれど、聞き逃してしまった。これを読んでいる人、聞いてみてください。

あいさつ酔いして部屋の端に行くと、うっかりさんが「一枚の本」の見本市を開いている。隣に妖精のようなおじさんが座っている。げんなりさんである。

げんなりさんは体調が悪いのかなと思っていたがTwitterをみると現在進行形で実況されていて、目の前にいる方とTwitterにいる方とが一致しない。話してみるとやわらかく受け答えしていただけた。懇親会中も精力的につぶやいていた参加者は、他に伊島糸雨さんがいる。

懇親会も終わりに近づいたころ、BFC2ジャッジの遠野よあけさんが発見される。「花」が良かったですよ! と感想をいただいて「準決勝作品には誰も触れてくれませんね」と言うと、「あれはダメでしたね」と即レスされる。バッサリだったけれど言及されないよりずっと心地よい。

余興ではまず即興朗読が行われた。西崎さん作のダムの話は大変好みだった。金子さんの「矢」の朗読は言葉の重なりやタイミングが大変面白く、また登場人物同士の仲のいい感じ、誰も悪い奴がいない感じがほほえましく、存分に声を出して笑った。

後半の余興は西崎さん考案のゲームを行った。最初は「お題の言葉からより遠い言葉を言った方が勝ち」。二回戦は「質問に対して面白い回答」、最後は「つまらない話をしてください」というもの。僕は二回戦で敗退する。まるでBFC3本戦のようだ。

最終戦に残ったメンツを見て、作品に固有の何かを持っている人は強いんだなぁ、としみじみ思う。ちょっと狂ったふりをするくらいのお為ごかしでは通用しないのだ。自分は自分の道の先を見るしかない。優勝は鮭さんになった。

お腹がすいていたので、机のサンドイッチとせんべいをほおばりながら、他にもいろんな人と話をした。おさけも割と飲んだ気がする。一日に摂取するアルコールと握手の限界を超えたので記憶があいまいである。「話したんだけど! 言及ないんだけど!?」って方はお申し出ください。必死で思い出します。

二回戦

懇親会もお開きになり、なんとなく二次会とかあるんだろうなと言う雰囲気で外に出る。「BFC1ファイターの鵜川龍史さんが、二次会から出られるかもしれないから誘ってくれと言っていたがきっと忘れるから、連絡忘れないようにしてくれ」ときさめさんから言伝かっていたので手はず通りお伝えする。店を出て、参宮橋駅前の坂をふらふらと歩く。誰がどのタイミングで離脱したのかが判然としない。幾度か手を振ったような気はする。

ふらふらと生活道を歩く。ガードレールと建物にはさまれた狭い歩道に通学路の「文」の標識が光る。目の下に電車の音がする。

二次会会場「土間土間」にたどり着く。20人余りが残る。奥の間に通され、奥の席に座る。左に風呂さん、正面にナカザワさん。メニュー表を開く。獺祭を見つける。故郷の日本酒だ。
「せっかく東京に来たんだから東京のお魚食べなよ!」と言われる。せっかく東京に来た末の土間土間とは。

ぶりユッケやロッシーニを食べる。唐揚げはいつまでたっても届かなかった。他の席に吸収されたものと思われる。

風呂さん、ナカザワさんとは歳が近いことも手伝って会話が弾む。風呂さんには自分の創作意図や態度を大半見抜かれていたような記憶がある。他にコーヒーやお酒の話もした気がする。吉祥寺に美味しい喫茶店があったり、文壇バーみたいなところが合ったりするらしいので、再訪の際には立ち寄りたい。
余談。吉祥寺で入ったことのある店と言ったら「ジョンヘンリーズスタディ」だけである。老舗のジャズバーで、父から譲ってもらったコーヒーミルにその店のステッカーが貼ってあった。界隈には好きな人もたくさんいそうなのでいずれ誰かと一緒に行きたい。

Drinking and reading are the most fun in your life

二次会では閉店のぎりぎりまで注文して飲み食いしていた。風呂君はラストオーダーに三倍頼んで一気に飲んでいたので大丈夫かなと思った。掘りごたつ式の席だったのでなかなか他のテーブルに立ち寄ることが出来ず、離せなかった人も多かった。他のテーブルではどんな話をしていましたか?

二次会で区切りをつけて帰る人と駅前で手を振って、メンバーが煮凝ってくる。鮭さんと目が合ったので「しゃけさん」ですか、「さけさん」ですかとずっと気になっていたことをお聞きして、「さけさんです」と言質を取る。
うろこさんが「歌いたいね、カラオケしたいね」とつぶやいていて、行きましょうかと言って店を探しながら歩く。主催だった西崎さんたちともここでお別れする。そういえばそもそも西崎さんとほとんどお話していなかった。いずれお会いした時にはよろしくお願いいたします。

準決勝

三次会の会場を探して歌舞伎町を放浪する。ネオンが明るいなと思ったけれどその光のほとんどはネオンではなくLEDである。街頭放送のアナウンスで「脱法ハーブなど~」という文言が普通に出てきて、改めて怖いなと思う。

三次会の会場は店の名前さえ見なかった。三階の席に通されて、もうアルコールの許容量を超えていたのでウーロン茶を頼む。四人ずつの席で、自分のテーブルには鮭さん、ナカザワさん、るいさんが揃う。

他のテーブルでは文学の話や当事者性の話、落語の話などに花を咲かせる中、自テーブルでは「イカの目はハイスペックすぎて、イカの脳の処理機能を超えている。イカはそれ単体の存在ではなく地球外生命体のもたらした監視端末なのかもしれない」という最高にクレバーな話題からスタートする。

この話題を提供してくれたのはるいさんで、彼女はそこから「私の母親には霊感がある」という話にシームレスにつなげてくる。鮭さんは「ぜひ解明してほしい」と息巻く。レベルが違い過ぎる。

地元の話になって、僕が「瀬戸内海の海の色が恋しいですね」という話をすると、鮭さんが「僕は内陸の育ちなので海とかには全然愛着が無いんだよな」という。鮭さんってペンネームで? イカの出てくる話を書いておいて? 

聞くと「昔イカを食べて体調を崩したことがある」と言っていて、だからイカにも通り魔がいるかもしれないという発想にたどり着いたのか、と一同納得する。

今回は席を立ちやすかったので、途中移動して遠野よあけさんとサシで話す。今回BFC3のジャッジについて、「最低限作品に想定される読みはふまえた上で独自の読みを提示するのと、最初から自分はこう考えたという事だけを披露するのとは違う」「遠野さんの評には基礎の部分が読めている予感までは有ったが、そこをふまえていますよと言う目くばせが足りていなかった」「青山さんの評にはそういう部分をふまえた丁寧さがあった」「ただ1or5の採点は納得感が薄かった」というような話をする。
僕も評とは政治であり暴力である(Byいのり)と思っているけれど、それをうまく行使するためには目くばせと根回しとカードを切るタイミングが重要であるとも思っている。

サシの話だと油断していたが、隣のテーブルにいたいのり君にすべて聞かれていた。

元の席に戻ると、左隣の席では鵜川さんが落語をやっている。めちゃめちゃうまいのだけれど、落研に入っていたとかではなくて、子どもの読み聞かせを工夫する末に獲得した技能だという。すごいので機会があればぜひまた披露してほしい。

お開きの際になって、瀬戸さんが院生研究の話を聞いてくれる。ほぼ進路相談みたいな勢いで今進めている研究の方針、独自性、先行研究からの距離感、課題等をつまびらかに話す。(私事ではあるが現在D3で「文学史上において散発的に存在した派閥横断的なコミュニティの存在が各作家の脱領域性を確保したのではないか」という研究をしている)。瀬戸さんは大変な聞き上手で、一つ一つ大きく納得しながら聞いてくれる。とてもありがたかった。

決勝戦

三次会で離脱するメンバーとさよならをして、いよいよ精鋭たちが残る。メンバーはうろこさん、いのり君、風呂さん、瀬戸さん、うっかりさんと自分の六人になる。近くのまねきねこに入る。

うっかりさんが初陣を張る。何デシベルか知りたくなるようなすごい声量で、手に持つマイクが少しずつ下にさがっても音量に変わりがない。

マイクがついに机に置かれる。眠そうないのり君が無表情でそのスイッチを切る。

風呂君が「打ち上げファイトクラブだなぁ」と呟く。40人が20人になり、10数人になり、6人まで減った。ここが決勝会場だ。しばらく目くばせして、ここにきてこのスタミナを残しているうっかりさんが優勝だろうという事で納得する。

瀬戸さんが米津玄師を歌う。歌う時の手つきがカッコいい。音楽をやっていたこともある瀬戸さんが、曲の合間に「こうなりたかったんだよ……! 俺も米津みたいになりたかったんだ……!」と呟く。魂の叫びに思える。

うろこさんがお洒落な曲を歌い、僕は自分の十八番である昭和歌謡とみんな知ってそうなノリのいい曲とを適度に混ぜながらつなげる(後日いのり君に「ずっと昭和歌謡だった」と言われる。TMやミスチルはいまや昭和歌謡あつかいなのかと衝撃を受ける)。風呂君は声がいい。いのり君は合いの手の入れやすい曲を入れていたが、合いの手を全力で入れる元気が残っていない。

瀬戸さんだけが一生懸命盛り上げようとしてくれていて(ごめん……ちからになれなくて……僕がもっと強ければ……)と自分の弱さを思い知る。

カラオケは部屋に入る瞬間まで、周りに合わせるうっすらとした気遣いや消耗のことを忘れている。誰かが歌いだしてようやく「そういえばそうだった」と思い出すのだが、部屋を出るとまた途端にそのことを忘れて「また行きたいね」だけが残る。最後の曲を誰の何にするかがぼんやり溶けていって、そのうちしずかがデフォルトになる感じは、花火大会のラストの一発がどれなのか探りあぐねているうちに終わってしまうあの感覚に似ている。

カラオケもお開きになり、各々帰路につく。泊めてくれているとらねこ氏に全く連絡を入れていなかったのに気が付く。スマホを開くと「終電ないと思うけれど頑張って」とメッセージがある。「皆まだいるなら帰りたくない」を繰り返すうち、ずるずると夜を深めてしまう、新歓時期の大学一年生のような仕草を久しぶりに体験する。翌日はハギワラさんとラーメンを食べに行く約束をしてあったので、とらねこ家には戻らずに近くの快活クラブで一夜を明かすことにする。

うろこさんが受付までついてきたが「ごめん、やっぱおれ渋谷まで歩くわ」と言って帰って行った。

快活は静かだった。ところどころにシャガールの絵が飾ってあるのが、箱みたいな内装とちぐはぐで面白かった。

川越めぐり

快活では個室に入った瞬間睡魔に襲われて、気が付いたら朝だった。お金を払ったのだからもう少し、未読の漫画とかを読んでおけばよかったなと思ったけれど、よく考えたらそんな余裕はなかった。

うっかりさんも近くで泊まっていたので表に出て合流する。前日のカラオケで声が出ないという。通りにはゆるく日が差し、LEDの明るかった昨晩の町と同じ町とは思えない。とはいえそんなに怖いところでもなかったなと思いながらスマホを開く。ネットニュースが、歌舞伎町で殺人事件があったと報じている。直前までの考えを無かったことにする。

同行予定の風呂君がまだ寝ているようだったので、ドンキで暇をつぶす。特に買うものもないので陳列棚が滑るように過ぎていく。地下に降り、地上に出て、結局何も買わずに通りに戻る。

ひとまず先に新宿駅へ向かう。最近ニュースポットとして話題の新宿の猫を眺めていると、通りの向こう側に風呂君といのり君を発見する。

いのり君はこれから大学のゼミだという。大丈夫だろうか。

ハギワラさんが川越を案内してくれるというので、一行埼玉へ向かう。道中では風呂君が、朗読をする際の(風呂君は朗読がべらぼうに上手い)おすすめマイクの話や、自作ラーメンの話をしてくれる。高いビルが減ってきて、見慣れた居心地の良い景色に代わっていく。

川越の改札を出てハギワラさんと一日ぶりの再会を果たす。

ハギワラさんはラーメンに精通している。店の名前をひとつ出せば、そこは何系で、どこの店の味を継いでいて、似た味の店はどこで、と十以上の答えが返ってくる。大変頼もしい。

はじめ行く予定の店は閉まっていたが、それならこの店とすぐに代案が出てくる。大変頼もしい。

頑者本店」にたどり着く。魚介系つけ麺の元祖にして、つけ麺御三家の一角であり、御三家の中でもいっとう旨いのだとハギワラさんが太鼓判を押す。

入店時点ではラーメン店をはしごするつもりだったので小を頼むも、それでも割とボリュームがあったので大満足。濃すぎず薄すぎず、すっきり美味しく、また割り出汁もぐっと美味しかった。さすが。

店を出て川越の町を歩く。ちょうど手に納まるくらいの大きさの、住みやすそうな町である。大正ロマン通りに出る。前知識が無く来たので発見の連続で楽しい。

レトロな街並みの真ん中にルネサンス風の洋館が現れる。りそな銀行(旧八十五銀行本店)の川越支店で、大正八年建造の歴史的建造物だという。ハギワラさんはこれを「りそなキャッスル」と呼ぶ。

和菓子屋やトルコ雑貨屋が目を引く。近代建築が好きなのもあり、一日ゆっくり回ると楽しいだろうなと思う。

駄菓子屋横丁なる通りがあるらしく、そちらへ向かって歩く。架線が地中化され必要部分だけ突き出た電柱。着物で人力車に揺られる観光客。遠足の子どもたちの荷物番をしながら銀杏の木を眺める引率の先生。下校道に石畳の色を選びながら飛び跳ねる地元の男の子。

川越は芋の産地だそうで、芋菓子や芋羊羹が軒に並ぶ。子供用のバットくらいもある長い麩菓子が売られているけれど、持ち運びに難があるため購入を断念する。代わりにわらび餅を買って食べ歩く。日が差しているうちはあたたかい。

お洒落な珈琲屋に立ち寄る。珈琲ももちろん美味しかったが、店内には手触りのいいマグカップがたくさん売ってある。色もよく、どれも欲しくなってしまったが、家にはそうしてかつて買ってきたマグカップがあふれているので我慢する。うっかりさんは明るい黄色のマグカップを購入する。

風呂君は寒いのにアイスコーヒーを頼んで、日陰で飲み、結果「寒い」という。

公園で休憩がてら、川越まつりの話をハギワラさんに聞く。地域ごとに山車と固有の音色を持っていて、祭りの日には通りを山車がねり回り、山車どうしがであるとバトルが発生するという。お互いに曲を奏で、相手の音色に釣られて演奏してしまった方が負けになるそうだ。祭りも大変興味深いし、それを話しているハギワラさんの深い川越愛も感じて、とても朗らかな気持になる。

ふと振り返ると民家の窓に、暗い部屋で僧侶が三人何かしらをしながらこちらをにらんでいる油絵が置かれているのを見つけてぞっとする。

表通りに戻って、箸屋を見つける。風呂君がかつて浅草で買った高い箸が最高だったという話をしていたので、寄ってみる。軽いもの、重いもの、漆、螺鈿、多角形のものなど様々な箸が取り揃えられていた。

街を一周、元の道に戻ってきて、道すがら団子屋で団子を食べる。醤油の焦げる匂いに人類の抗うすべはないのだ。冷えてはいるけれどとてもおいしい。

うっかりさんの希望で日本酒の試飲ができる自動販売機を目指す。そこで試飲したアロスというお酒は白ワイン酵母を使用していて、なるほどワインらしい酸味と日本酒の甘さがマッチしている。飲みやすい。お土産と自分用との二本を購入した。

うっかりさんから「カラオケ行こうか」との耳を疑う発言が飛び出る。風呂君と「カラオケは二次会以降に行くものではない。カラオケをする余裕があるうちに行くべきだ」といった話をしていたので、仕切り直して歌うのもいいかなと思う。本川越駅前のまねきねこに入店する。

うっかりさん再び叫ぶ。初見のハギワラさんが「なんだ、なんだこれは、なんだ」と呟く。一番奥の部屋に通されたにもかかわらず、声はフロントまで聞こえていた。

ハギワラさんはいい声でお洒落な外国の曲を歌う。昨日の懇親会の最後で西崎さんが弾き語りをしていた oasis の Don't Look Back In Anger も歌っていた。いい曲だ。

昨日歌えなかった曲を歌う。カラオケには流れがあって、それを取り逃さないようにすれば盛り上がる。もちろんメンバーやシチュエーションが変われば、歌う曲も変わってくる。この日は古いアニメの主題歌などが多かった。マジンガーゼットやガオガイガー、ウルトラマンなど男の子の好きな世界の曲が並ぶ。このジャンルに好きな曲は多いのだが、作品を見たことはほとんどない。

本川越の駅前で記念撮影をして解散する。ハギワラさんと風呂君が残り、僕とうっかりさんが電車に乗る。帰りの電車の中で、割と長い時間作品の話をしていたような気がする。それより他に話すことがなくなったのかもしれない。西武新宿でうっかりさんと別れ、しばらく駅前を歩く。

地元の軽いイベントの日ほどの人が何でもない日に流れている。その奥で、テレビでたまに見るでかい建物が実在する。でかい繭みたいな建物だとみんな言うが、繭と言うより偕老同穴みたい。

新宿西口のロータリーと言えば、マグマ大使の特撮ドラマで電磁波怪獣カニックスが破壊していたところだ。緑のツタに覆われる前の換気塔はレトロフューチャーましましで素敵。地階からは残念ながら美しいロータリーを俯瞰できなかったのでいずれ高いところから眺めたい。設計は坂倉準三。モダニズム建築は正義である。副都心にはほかにも好きな建物がたくさんあるので、次回上京の際にはゆっくりめぐる時間を設けたい。

とらねこ家につく。すでに我が家のような安心感。丸一日ぶりの帰還で、懇親会のことも含めて、会った人、起こったことをあれこれ話す。旅の終わりが近いのは惜しいけれども、それよりもめまぐるしさからの解放が近いのに安堵した。その晩はどうやって寝たのか覚えていない。多分疲れていたんだと思う。

帰西

来た時に車を止めた場所まで、とらねこ氏が送ってくれた。また来たいねー、また来るよーみたいなことを話していたような気がする。現地につくとうっかりさんはもう待っていて、車のトランクを開けると黄色い風船が飛び落ちた。

割と淡白にさよならをした気がする。ここをクライマックスにすると、これからの半日が辛いだろうという無意識の防衛がはたらいた可能性がある。

首都高に乗る。都市高速は防音壁で囲われていて景色が見えない。
知っているだけの地名がやってきては遠ざかっていく。

どちらから言い出したわけでもないけれど、帰りは各地のサービスエリアに寄って美味しいものを食べようという事で合意に至る。
うっかりさんは、行きがけに少しだけ立ち寄った海老名のSAを楽しみにしていたけれど、帰りの道では通らなかったのでしばらく残念そうにしていた。
Twitterを開くと、マルカフェのマスターから「浜名湖SAで鰻を食べるべし」とのお告げが下っていた。阿瀬さんの置き土産のカリカリ梅を食べながら西進する(僕らの中で阿瀬さんはカリカリ梅マイスターということになった)

足柄SAで富士山を眺める。富士山(を越してゆく空気)が雲を生んで、風上に暗くたなびいている。雨が降り出すまでの奇跡的な晴れ間を狙って写真を撮りまくる。阿瀬さんから「帰りの富士山の写真をちょうだい」というミッションをいただいていたので遂行したのだ。富士山は東京を走っているときからちらちら見え隠れしていて、「あれは富士山かな」「いや、あれはモブの山ですね」という、山々に対して大変失礼な会話をしていた。

先に焼きそばを食べたうっかりさんが「焼きそばは、焼きそばやった。ここで食べなくてもいい」と耳寄りな情報を教えてくれたので食べなかった。代わりにシュウマイを買って食べる。すきっ腹には美味しかった。ちょっといい和菓子についてそうな形のつまようじがついていた。

川越以来、一日ぶり二度目の長い麩菓子を発見する。うっかりさんは、今なら買っても邪魔にならないと購入していた。マグロの串カツも美味。祭りの屋台は値が高いのに、どうしてか財布のひもが緩んでしまう。あの霊性を土地に固着することに、サービスエリアは成功していると思う。

富士のすそ野は広くなだらかで、その上を通る我々は広い意味では富士登山をしたと言ってもいいのではないか、という話をする。過言である。

会話も尽きてきたので、懇親会の余興で行った「お題からなるべく遠い言葉を探す」ゲームをする。判定者がいないうえ、二人とも割と特異なタイプのゲームであったため、勝敗がつかずに時間が過ぎていく。やがて趣向を変えて、二人で交互に言葉を出し合い、短歌を完成させるゲームが始まった。
初歌が次のとおり。

モブの山の裾野は広し最上川ハワイ旅行に泳いでゆけば

苦慮が見える。

結局、帰りの時間の多くをこのゲームに費やした。作った歌はこちらの記事にまとめてあるので、ご一読いただければ幸せます。


浜名湖では鰻めしを食べる。いっちょまえの値段である。
すこし雨がちらつくが、空は明るく、湖は広く、百舌鳥だか雲雀だかが鳴きしいており、遠くに観覧車と仏像の頭が見える。鰻飯は大きめのカップに入ったもので、大変美味しかった。

刈谷PAで県境を堪能し、吹田では半額のおにぎりとサンドイッチを買った。
このあたりで、徳島が豪雨との情報が舞い込んでくる。嫌な予感がして、と書くと物語的だけれど、まったくそんな予感もなしに道路交通情報を確認すると、渡る予定の大鳴門今日が荒天のため通行止めになっている。

しばらくどうしようか二人で考えたけれど、まあなるようになるだろうと、そのまま淡路へ向かう。

兵庫県に入る頃には雨脚もだいぶ強まっていた。トンネルに潜るたびにしずかになり、出るとまたわっと騒がしくなる。陽が落ちてすこし肌寒い。雨の向こうにぼんやりと明石海峡大橋が見える。

明石は渡れるのに鳴門は止まっている……

淡路SAで雨宿りをする。到着した瞬間、SA内のミスドが閉店する。タイミングが悪すぎる。「ドーナツたち、破棄になるの、つらいね」と話す。

雷が近くを通り過ぎ、二度ほど停電する。その復旧を待って、食堂であったかいお蕎麦を注文する。寒い日、疲れた体に、あったかいお蕎麦がたいへん染みる。別に蕎麦の名産地だとか、そういう事は無いのだけれど、食堂メニューというのは個人の思い出に寄り添ってくれるものなので問題ない(同じ理由で、山口県柳井港駅前のとくに美味しいわけでもないかつ丼もたいへん好きである)。

硝子に雨が降りつける下でのんびりしているお客さんを眺めながら、南部高速道路のことを思う。あれはあながち不思議な話でもないかもしれない。

二時間かそこら待っていると、SA内がなんだかざわざわとしてくる。あちこちから「……解除」「……解除?」「……解除!」と聞こえてくる。掲示板を見ると通行規制が解除されている。その日で一番ニコニコしていたのはこの瞬間だと思う。

そこから徳島まではあっという間だった。「ただいま四国、ただいま徳島県、ただいま徳島市」とか言っているうちに見慣れた景色が現れた。雨は上がっていた。

吉野川を渡る。川は黒々としており潔い。町には休耕地に生えたマンションの明りが目立つがそれ以外は特に何もない。午前一時である。

ようやっと高速道路を降りる。あたりが黒い。

だんだん知った地名が増えていく。最後には店員さんの名前のわかるファミリーマートに足を下ろす。

東京の夜が暗いことを思い出した。そうか、田舎の夜は黒いのだ。黒い部分は暗いにカウントされていないのだ、という事に気が付いた。この年の冬の少し前の気づきである。

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