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小説

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#創作

ぽんぽこあわもち

「名物の『ぽんぽこあわもち』です」  大きな一枚板の座卓の真ん中に、小皿が置かれていた。 「まあ、食べてみんさい」  小皿には包装紙に包まれた餅だか饅頭だかが二つだけ乗っている。私はその一つ、紅と白があるうちの紅色の方を手に取って開く。中から黄金色の、潰れた形の餅が顔を出す。 「これ、去年出来たばっかりの新名物なんです。新名物って言っても、文献を調査してね、古い名物を再現したんですわ。芋の一種を餡に使って、それを厩肥で包んで焼くんです。狸の伝説があったらしいんで、ぽんぽこあわ

ある日の笑点

 山田君、小遊三さんの一枚持って行っちゃって。それでは次のお題に、山田君。山田君? どうしたんですか。こら、山田君。こら、何やってん……こら、山田君。やめなさい。やめなさいったら。山田君! こら、放送、放送中、どうしたの、ちょ、まって、なんですかこれ、どうしたの山田君。ちょ。みなさん。なにか聞いてる? これ。ちょ。なんですか。また、こら、やめなさいったら。なんだこれ、どうなってんだ。えー、みなさん。お客さん、ね、どういう事ですかね。ちょ、もう、やめなさいって、山田、山田君、こ

 広場の中央にそびえる時計台が十八時の鐘を鳴らし始めたその瞬間、男は礼服を翻してカフェのテラスに降り立った。そのたたずまいや、病的なまでに白い肌は死神のそれを思わせた。彼は込み合ったテラスの喧騒からただ一人、私だけを鋳抜いて真っすぐに歩み寄った。 「斎藤様でいらっしゃいますか」  突然名前を呼ばれたものだから驚いて、持っていた雑誌を落としてしまった。 「どちらさんですか」 「三年と十一か月前にご登録いただいておりました、斎藤様でいらっしゃいますね」  死神はもう一度私の名前を

ベルマーク

「あんたぁ、それ、まだ使うとうじゃろ」  ノートに入れかけた刃が止まる。 「書き終わったん、持っちょらんのん?」 「全部、捨てた……」 「はぁ、そないじゃけ、あんた、勉強出来んのと違うん?」 「ええわぁや、今、そんなこと」 「ほじゃけど、まだ使うノートじゃろ、穴開いとったら困ろうが」  母は上体をひねって手を伸ばす。はさみとノートを取り上げられると思って身構える。手が止まる。部屋の、動的な主体が、伸びたつるつるの手から、底のない視線に置き換わる。 「いつまで」 「は」 「いつ