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小説

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2021年8月の記事一覧

 広場の中央にそびえる時計台が十八時の鐘を鳴らし始めたその瞬間、男は礼服を翻してカフェのテラスに降り立った。そのたたずまいや、病的なまでに白い肌は死神のそれを思わせた。彼は込み合ったテラスの喧騒からただ一人、私だけを鋳抜いて真っすぐに歩み寄った。 「斎藤様でいらっしゃいますか」  突然名前を呼ばれたものだから驚いて、持っていた雑誌を落としてしまった。 「どちらさんですか」 「三年と十一か月前にご登録いただいておりました、斎藤様でいらっしゃいますね」  死神はもう一度私の名前を

真理子が知らなかったこと

 予習が不十分のまま授業は始まった。  画面の右上にボタンが表示される。マークの意味は分からない。右にある方が「通話開始」だと、入学したての頃に教わった。教わった通りにボタンを押すと画面が展開し、先生の顔が大うつしになった。 「みなさん、ご飯はちゃんと食べましたか? 食後は眠くなると思いますが、あと1時間、頑張っていきましょう。では今日は、教科書の21ページから」  教科書は閉じたままだった。私はカメラ越しに先生の話を聞くふりをしながらWikipediaを開く。今日扱うはずの