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【中国山地の歴史①】「過疎が終わった」中国山地で、そもそも過疎が始まった理由〜

 こんにちは。中国山地編集舎メンバーの宍戸です。これから時々(忘れたころに?)、中国山地のあれこれについて、このブログに書いていきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。

 中国山地の過疎化の経緯については「みんなでつくる中国山地」狼煙号で、森田一平さんが丁寧にまとめてくださっています(狼煙号についてはこちら)。今回は森田さんの文書の理解を深めるうえで、少しでも役に立てたらいいな、という気持ちで、少し補足するような内容を書いてみたいと思います。

 中国山地は、森田さんが狼煙号で書いていらっしゃるように、たたら製鉄を中心とした幅広い生業によって生計が成り立っていたのが特徴でした。このように中国山地の暮らしが多様な生業で成り立っている状態を、農業経済学者の小田切徳美先生は「多業型経済」と表現しています。小田切先生の言葉を借りれば、中国山地は「平地水田地帯とは比較にならないほどの多様な稼ぎにより生計が維持されて」いたのです。

 しかし、この「江戸時代の中国山地は幅広い生業によって生計が成り立っていた」というのは、一般的に江戸時代の村に対して抱かれている認識とやや合わない点があります。なぜなら、現代の私たちは、江戸時代の村と言えば、住民の殆どが農林水産業に従事していたというような単調な地域像をイメージしがちだからです。そう思ってしまうのも無理はなく、例えば、NHK for School の「江戸時代の身分制度」というWebページをみると「百姓とは農業や漁業、林業にたずさわる人びとのこと」で、江戸時代の終わり頃の「総人口3200万のうち、85%が百姓でした。」と説明しています。これを見れば、江戸時代に生きた人々の大半は農林水産業に従事したんだなと思ってしまうでしょう。

 一方で、こうした認識に対して、歴史学者の網野善彦先生は「百姓は農民か」と題して興味深い議論を提示しています。例えば、山口県上関で江戸末期に作成された「防長風土注進案」では、百姓124軒のうち、農人が31軒、商人が64軒で、そのほか、廻船問屋、鍛冶屋、船餅、船出稼ぎ、船大工、紺屋、豆腐屋、漁民などがあることから、「百姓は決して農民と同じ意味ではなく、農業以外の生業を主として営む人々ー非農業民を非常に多くふくんでいる」とし、さらに、新見荘(岡山県)は鉄生産をはじめとして多様な生業が営まれている実態から、山村的であると同時に「工村」という性格もあわせてもっているとしています。

 ちなみに「百姓」という言葉を、Google翻訳を使って中国語から日本語に翻訳すると「一般人」と出てきます。つまり「百姓」という漢字が中国から伝わってきた際の元々の意味は「一般人」だったのではないかと思います。

 民俗学者の柳田国男先生は、過疎化が問題となる1960年代より早い1949年に「山村にあっては、その農村化とも名づくべき変動が」起きているとしています。その言葉の意味は、網野先生の指摘なども踏まえ、かつては、農業によって成り立つ農村ではなく、多様な生業によって成り立つ山村であったという認識を持つことで、はじめて正しく理解できるのではないかと思っています。鉱工業である「たたら製鉄」が主力産業であった江戸時代の中国山地は特にそうでしょう。

 中国山地の過疎化については「なぜ人口が減ったのか」と同じくらい「なぜかつて人口が多かったのか」を問う必要があると思います。つまり明治以降、山村の多様な生業が少しずつ失われ、農業への依存を高めざるをえない「農村化」が発生し、潜在的に脆弱化していたところに、高度経済成長の大波が訪れ、人口動態として顕在化したことが過疎の背景にあるのだと考えています。

 多様な生業によって成り立つ暮らしは、個人にとっても地域社会にとっても、生計の手段を分散させることで暮らしを安定化させる役割も果たしてきたのだと思います。しかし、近代化以降の規模の経済を追及していく社会環境では不利でした。一方で、国際的に持続可能な開発が重要視されるこの時代において、「分散」の意義は再評価すべき時が来ているように思います。

 今回はここまでとして、次回は中国山地に多様な生業を生み出した「たたら製鉄」について、より深く書いていきたいと思います。

〈参考文献〉
(1)中国山地編舎『みんなでつくる中国山地 狼煙号』.2019
(2)小田切徳美『農山村は消滅しない』岩波新書.2014
(3)網野善彦『日本の歴史をよみなおす』ちくま学芸文庫.2005
(4)NHK for School 「江戸時代の身分制度」(https://www2.nhk.or.jp/school/movie/clip.cgi?das_id=D0005310081_00000 閲覧日:2020年9月16日)
(5)白水智『知られざる日本』NHKブックス.2005

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