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4.誤嚥性肺炎の診断

                           森川 暢

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研修医:寝たきりの高齢女性の発熱ですか.誤嚥性肺炎でしょうね.
指導医:本当に,それでいいかな?
研修医:う,そう言われると...ただムセもあるので,それでいいのかと.
指導医:ということは,嚥下障害があるということかな?
研修医:うーん.それでよいと思います.
指導医:5 期モデルで言えばどのタイプの嚥下障害なのかな?
研修医:咽頭期かなと思いました.
指導医:お,よく考えているね.それでは肺炎という根拠は?
研修医:診療所の先生が胸部Xpで「誤嚥性肺炎が疑わしい」とおっしゃっているので.
指導医:それでは随伴症状や身体診察も肺炎に矛盾しないのかな? 
研修医:はい.咳と痰がしっかりあります.
指導医:それでは,いつからの発熱だろう?
研修医:2週間くらい発熱が続いているみたいです.
指導医:それは,まずいな.
研修医:というと....
指導医:結核の可能性があるので隔離が必要かもね.
研修医:えー!

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▶はじめに
 健常者である成人であっても寝ている際に微小誤嚥を繰り返しています.
何も誤嚥というのは高齢者に限った話ではないのです.さらに通常の市中肺
炎の原因として微小誤嚥があげられているため,誤嚥性肺炎と市中肺炎を厳
密に分類することは難しいです❶.それでも,高齢者のほうが口腔内環境不
良や咳反射低下が多く,微小誤嚥が肺炎を成立させる確率は高くなります.
高齢者の市中肺炎は大なり小なり誤嚥性肺炎の要素があると考えて差し支え
ないでしょう.誤嚥性肺炎は口腔内の雑菌の微小誤嚥を繰り返すことによる
細菌性肺炎であり,大量の食物を誤嚥して「窒息」した後の肺炎は食物によ
る炎症であるため化学性肺臓炎として区別します.近年,医療や介護への依
存度が高い高齢者における肺炎を,医療・介護関連肺炎(nursing and
healthcare-associated pneumonia: NHCAP)と呼称する動きがあります.NHCAP の リ ス ク と し て 嚥 下 困 難 と 経 口 摂 取 不 良 が あ げ ら れ,
NHCAP の大部分が誤嚥性肺炎である可能性があります❷.また,80 歳以
上の肺炎では,嚥下障害がある群は,嚥下障害がない群に比べて死亡率が高い傾向もあります❶.今後の超高齢化社会では,ますます誤嚥性肺炎が重要
になってくるでしょう.

▶誤嚥性肺炎診断の 4 つの軸
 実は誤嚥性肺炎に定まった診断基準はありません❶.古典的な日本の基準では肺炎の徴候,胸部画像所見,嚥下障害の 3 点をもって誤嚥性肺炎の診断を行うとされています❷.そもそも誤嚥性肺炎は感染症でもあります.感染症は,患者背景,対象臓器,原因微生物の 3 つの軸で考える必要があります❸.誤嚥性肺炎診療も感染症の 3 つの軸で考えるべきですが,嚥下障害の評価も必須であることを踏まえて,誤嚥性肺炎の診断を 4 つの軸で行うことを提唱します表 1.

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①患者背景
 誤嚥性肺炎でも耐性菌リスクや免疫不全などの患者背景が重要である点は
変わりません.さらに,誤嚥性肺炎では嚥下障害の有無を推測する目的で,
誤嚥を起こすような患者背景がないかも確認する必要があります.逆に言え
ば,誤嚥を起こすような患者背景がない場合は,誤嚥性肺炎の診断は相当に
慎重にすべきです.誤嚥を起こす患者背景を 5 期モデルに基づいて整理す
ると表 2のようになります.特に認知症や神経疾患の併存や,さまざまな

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疾患による寝たきり状態は誤嚥リスクとして重要です(詳細は p.13「2. 嚥
下障害の 5 期モデル」を参照).
②対象臓器
 誤嚥性肺炎が疑われる症例の診療においても,通常の感染症診療と同様に
病歴聴取と身体診察がきわめて重要です.病歴聴取では臓器ごとに随伴症状
を聴取する手法である Review of Systems(ROS)と身体診察で臓器に特
異的な徴候を Top to Bottom で丁寧に確認します表 3表 4.
 肺に特異的な咳嗽,喀痰,肺副雑音などを認め,他に臓器特異的な所見が
ない場合に肺炎と考えることが原則です.ただし肺炎の身体診察で有名な
Crackles ですが,80 歳以上の高齢者では健常者でも Crackles が 7 割で聴
取されます.ただし 1 吸気あたりに健常では Crackles の聴取回数は平均で 1
回ですが,肺炎では平均で 7 回の Crackles が聴取されるとされていま❹.
 なお誤嚥性肺炎は肺炎であるため,胸部画像評価で浸潤影を確認すること
が重要になります.胸部 Xp は感度が低いため,画像診断を過度に過信する
のではなく,オーソドックスな問診と診察によって肺炎の存在を正しく疑う
必要があります.臨床的に疑う場合は胸部 CT を撮像することも考慮しま
す.誤嚥性肺炎では通常,重力に沿った病変を呈することが特徴的で,特に
ADL 低下があれば背側の分布になりやすいという特徴があります.さらに,
びまん性嚥下性細気管支炎〔diffuse aspiration bronchiolitis(DAB)〕*
では,気管支に沿った小葉中心性の粒状影をきたして Tree in bud patternを呈すことがあり,さらに必ずしも下肺野に分布しないという特徴があります
❺.他に,喀出障害を反映し喀痰の気管内の貯留が認められたり,食道通
過障害を反映し食道が拡張することも特徴的です.
③原因微生物
 喀痰グラム染色で良質検体(Miller & Jones 分類 P2 以上)で良視野
(Geckler-Gremillion 分類 4 or 5)において polymiclobial pattern(さま
ざまな染色の菌がみられる状態)であれば誤嚥性肺炎を示唆します.誤嚥性
肺炎の起因菌として肺炎球菌,ブドウ球菌,インフルエンザ桿菌,腸内細菌
群,緑膿菌があげられます❶.嫌気性菌カバーは全例ルーチンでは不要とさ
れており,個別に適応を検討しよう(p.61「7. 誤嚥性肺炎の感染症学」参
照).
 誤嚥性肺炎を疑ったにもかかわらず喀痰グラム染色が典型的なパターンで
はない場合は,他の鑑別疾患を念頭に置く必要があります.例えば良質痰に
もかかわらず菌体が乏しい場合は,肺結核や非定型肺炎などを念頭に置きま
す.また,そもそも喀痰に感染所見が乏しい場合は,別の臓器の感染症や非
感染症を考えるきっかけになります.なお,肺結核が少しでも疑わしい場合
は,喀痰グラム染色を自分で行うことは感染リスクになるため避けます(詳
細は p.78「9. 誤嚥性肺炎に合併する肺疾患」を参照).
④嚥下障害の評価
 誤嚥性肺炎では原則として嚥下障害を伴います.具体的には病歴でムセ,
嗄声,食後の喀痰増加などを家族や施設職員などに確認します.また,嚥下
食を食べている場合も嚥下障害があると考えて差し支えありません.嚥下障
害を疑った場合は,5 期モデルに基づいて嚥下障害の原因について精査を進
めます.また,不顕性誤嚥を見逃さないために,身体所見として嚥下障害の
有無を確認します.反復唾液嚥下テスト(repetitive saliva swallowing
test:RSST)はスクリーニングとして有用な身体所見であり,救急外来で
も施行可能です.また,実際に飲水をしてムセや嗄声,酸素飽和度の低下を
認めるかを確認する飲水テストや,同様に食事で評価するフードテストも有
用です.これらの手法は広義の身体診察であり誤嚥性肺炎に携わる医療従事
者にとって必須の手法です.慣れれば簡単に行うことができるためぜひチャ
レンジしてほしいと思います(詳細は p.108「12. 食事形態の選定と嚥下評
価の方法」を参照).
▶診断
 では誤嚥性肺炎の診断はどうすればよいのでしょうか.下記の公式が成り
立ちます.
A.対象臓器 + 微生物 → 肺炎と診断する.
B.患者背景 + 嚥下評価 → 嚥下障害と診断する.
C.A(肺炎)+ B(嚥下障害) → 誤嚥性肺炎と診断する.
D.患者背景 + 微生物 → 抗菌薬を選択する.

 つまり,誤嚥性肺炎の診断は肺炎の診断と嚥下障害の診断の合わせ技で診
断可能ということです.誤嚥性肺炎は頻度が多いので慣れてくると油断して
しまいますが,通常の感染症診療に比べて追加の検討事項が求められるとも
言えます.
▶他疾患の除外
 誤嚥性肺炎と診断する前に他の疾患がないかを,常に吟味する必要があり
ます.
肺結核
 誤嚥性肺炎だと診断したにもかかわらず,実は肺結核だったということが
たびたび起こります.実際に誤嚥性肺炎として入院し,退院後に結核菌の抗
酸菌培養が陽性になったという症例報告もあります❻.そもそも誤嚥性肺炎
は高齢者に多い疾患ですが,肺結核もまた高齢者に好発する疾患です.両者
の区別は難しいと肝に銘じてください.嚥下障害があるから肺結核は否定的
と安易に判断しないことが重要です.
 症状の経過は鑑別において重要です.経過が長く微熱や喀痰が抗菌薬投与
でも改善しない場合や陳旧性肺結核の既往歴がある場合は,肺結核を積極的
に考える必要があります.また胸部 CT 検査での区別も実は困難です.前
述した DAB では Tree in bud pattern を呈するため,肺結核とほぼ同様の
胸部 CT 所見を呈すことがあります.肺尖部の石灰化など陳旧性肺結核の
所見があれば積極的に肺結核を考える根拠になりますが,石灰化がなければ
肺結核が否定できるわけでもありません.よって現実的には,肺結核の可能性を少しでも念頭に置いたのであれば,個室隔離とし空気感染対応を行い 3
連痰を採取する必要があります(詳細は p.78「9. 誤嚥性肺炎に合併する肺
疾患」を参照).
嘔吐による誤嚥
 嘔吐によって誤嚥した場合も誤嚥性肺炎と診断されることがあります.し
かし実は尿路感染からの敗血症で嘔吐して誤嚥したかもしれません.あるい
は脳出血や心筋梗塞により嘔吐してその結果誤嚥したかもしれません.嘔吐
している場合は,その結果としての化学性肺臓炎を見つけて終わりではな
く,むしろ嘔吐した原因検索を優先するほうが正診にたどり着く可能性が高
いのです(詳細は p.70「8. 誤嚥性肺炎と心疾患」を参照).
治りが悪い誤嚥性肺炎
 誤嚥性肺炎として治療していても経過が不良な場合は胸部 Xp によるフォ
ローを行います.肺結核,肺癌による閉塞性肺炎や,肺化膿症,膿胸などが
鑑別にあがるからです.必要に応じて胸部 CT を撮像します(詳細は p.78
「9. 誤嚥性肺炎に合併する肺疾患」を参照).
神経疾患の見落とし
 高齢者で認知症があったとしても,普段は ADL 自立し常食を食べている
方が誤嚥性肺炎になった場合は注意が必要です.特に脳卒中患者では最大 3
分の 1 が肺炎に罹患するとされています❼.誤嚥性肺炎と診断し安心するの
ではなく,その背後にある嚥下障害の原因を検索することが重要です.適切
な治療が遅れると予後の悪化につながります(詳細は p.162「17. 誤嚥性肺
炎と神経疾患」を参照).

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おわりに
 誤嚥性肺炎の 4 つの軸について解説をしました.オーソドックスな基本
原則に忠実になることが重要であり,自戒を込めて安易な誤嚥性肺炎の診断
は慎みたいと考えます.

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❶Mandell LA, et al. N Engl J Med. 2019; 380: 651-63.
❷日本呼吸器学会.医療・介護関連肺炎(NHCAP)診療ガイドライン.2011.
❸青木 眞.レジデントのための感染症診療マニュアル.第3)診療版.医学書院;.2015.
❹上田剛士.高齢者診療にするためのエビデンスで.身体診察シーニュを;強力2014.
❺Matsuse T, et al. Chest. 1996; 110: 1289-93.
❻Nakao M, et al. Exp Ther Med. 2016; 12: 835-9.
❼Armstrong JR, et al. Neurohospitalist. 2011; 1: 85-93                     

                            〈森川 暢〉

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