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予防医療超入門(5)

予防医療超入門(5)
[第5回]たばこ~世界の健康を奪うもの~
髙橋宏瑞 Hiromizu Takahashi
順天堂大学医学部 総合診療科

もちろん,治療は医師のとても大切な仕事ですが病気にならずに健康でいられるのはさらにすばらしいこと.本連載は,予防医療の普及が超大事であることをお伝えします!


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エ ピ ソ ー ド
真田村正(40 歳)

予防医療超入門ill

会社        プライベート

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●仕事
大手企業のエリート

●結婚歴
未婚,彼女募集中

●好きな映画
インビクタス/負けざる者たち

●学生時代の部活
ラグビー部のキャプテン

●好きな言葉
オールフォーワン,ワンフォーオール
ノーサイド
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ニュース「電子たばこによるものと思われる肺障害は全米22州で193人に上っています」
高瀬「そういえば,お前電子たばこ吸ってたよな?」
真田「そうなんですよ,去年,電子たばこなら体に悪影響ないって言われたんですけど,そうでもないんですかね?」
高瀬「このニュースを見る限りではけっこうやばそうだよな」
真田「どうしてもたばこやめられないんですよね~.俺も先輩みたいに子どもができたらやめられるんですかね?」
高瀬「それは間違いなくやめられるな.むしろ子どもができたらやめろよ」
真田「了解です(汗)」
高瀬「俺もたばこ吸ってたから大きなこと言えないが,たばこはがんだけじゃなくて,COPD っていう肺の病気を引き起こすらしいぞ.たまに酸素吸って歩いている人はそれらしい」
真田「そうなんですね~」
高瀬「禁煙するなら協力するぞ.達成するまで厳しく指導してやる」
真田「あっ,ありがとうございます.ち,ちょっとまずは医者に確認しにいってきます(怖~……)」
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0 はじめに

 ラグビー,盛り上がりましたね! 初めて試合を観戦しましたが,スピーディーで,真っ向勝負が求められる熱いスポーツだと知りました.実はラグビー経験者と一緒に仕事をする機会が多いのですが,みんな真っ向勝負ですごい熱量で仕事をしています.どんなスポーツをしてきたかは仕事へのスタンスにも影響があるのかもしれませんね.
 さて,予防医療の話に入りましょう.予防医療に限らず,医療とは何かと考えることがありますが,ざっくり言うと死を遠ざける学問と言い換えることができるのではないでしょうか.死はすべての人に平等に訪れるものですが,生活環境や医療へのアクセスによってその時期を大きく変えることができます.たとえば,アジアでは上下水道が整備されていない国が多く,雨が降れば道路に水があふれます.水があふれれば感染症が起こり,人々の命を奪います.医療とひとくくりにしても,病気の患者を治癒するだけでなく,そもそも病気を起こさせないことも医療の一つではないでしょうか.
 日本は幸いにも衛生的に恵まれた環境にあり,医療アクセスも非常に容易です.WHOによると,日本は世界一の寿命をもつ国であり,生物としてある意味では最も幸福な環境といえます.一方で,自殺率がとても高く精神的な幸福が享受されている国とはいえない面もあります.身体的な寿命が最も長いのであれば,それを最大限に生かした幸福を求めることもとても大事であるのは間違いないでしょう.下記の言葉をご存じでしょうか? 誰の言葉かはいろんな説があるようですが,いずれにしてもすばらしい言葉であり知っておいて損はないでしょう.

思考に気をつけなさい,それはいつか言葉になるから
言葉に気をつけなさい,それはいつか行動になるから
行動に気をつけなさい,それはいつか習慣になるから
習慣に気をつけなさい,それはいつか性格になるから
性格に気をつけなさい,それはいつか運命になるから

 身体的にも精神的にも,人間の健康や幸福を決定するのはその人のもつ思考であるという点に関して同意します.人の行動は思考に裏付けられた結果であり,身体的な健康は行動に大きく左右されます.
 さて,世界で最も人から健康を奪っている行動は何でしょうか.前回お伝えしたように,それは喫煙です.今回は喫煙がどのように危険なのかをトピックにして,超入門レベルでお届けいたします.

1 たばこの基礎知識

 そもそも,冷静にたばこってなんなのかを考えると,人々を中毒にし,病気にし,周囲を不健康にする産物です.世界を病気にして,一部の人だけに利益を生んでいることに考えが向かないほど日常化されており,誰も疑問をもたなくなってしまっています.歴史というのは恐ろしいものですね.
 たばこの起源は16世紀の新大陸(アメリカ)にあるといわれています.新大陸ではすでにたばこを吸ったり,噛んだり,嗅いだりして楽しむ文化が発展しており,それがコロンブスによって世界に広げられたといわれています.また,マヤの遺跡にはチューブ状のものを口にくわえ,煙を吹かす姿が残されており,たばこ文化の起源はもっとずっと前だった可能性も考えられています.当時は抗菌薬のない時代ですから,平均寿命はせいぜい30~40歳であり,たばこが体に与える影響とは別の理由で亡くなることが多かったようです.抗菌薬の出現により平均寿命は60歳を超えるようになり,感染症で亡くなる時代からがんで亡くなる時代へと移ります.たばこの煙には三大有害物質である,ニコチン,タール,一酸化炭素のほかにも70種類以上の発がん性物質が含まれており,喫煙者の約半分はたばこに関連した病気によって亡くなるといわれています【1】.
 喫煙は始めるのが早ければ早いほど依存性が高くなるといわれています.インドネシアの2歳の男の子が1日40本のたばこを吸っていることが話題になったことを覚えていますか? おもちゃの車に乗りながら,慣れた手つきでたばこを吸っていたのが印象的です.彼は禁煙治療の成功でニコチン中毒から抜け出せたそうですが,依然として未成年の喫煙は世界の課題の一つです[図1].

図1

[図1]未成年の喫煙率ランキング
2010年 WHO 調べ.

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