クウェート留学講義4「イスラーム政治システム」

「イスラームとは○○だ」だとか「サウジの立場としては~で...」といったことは語り尽くされているかと思います。ただ、イスラームにおける政治システムに関しては、聞いたことがないのではないでしょうか。

今回は、クウェート留学中最後の難関「サマーコース」の授業で扱う「イスラーム政治システム」について、触れようと思います。

【イスラーム政治システム】

イスラーム法がイスラーム社会において政治システムの根幹をなしていたことは、クウェート留学講義2でお話した通りです。

ではその政治システムは一体どのようになっていたのでしょうか。

まず、基本的にイスラーム社会では、預言者の代理人、つまりカリフが権力を持ちます。その権力を他者に分散させ、統治の一部を任せることで、それぞれ統治します。

実際に、マーワルディー『統治の諸規則』を見ながら各役職を見ていきましょう。

・イマーム(カリフ)
 ウンマ(ムスリム共同体)のために預言者の地位を継ぐ指導者。信仰の基盤とする社会(ミッラ)を守り、神の定めに従ってまつりごとが行われ、遵守されるべき考え方に則ってすべての人々の意見を一致させる存在。(『統治の諸規則』,p2)
 統治における各職務は、イマーム自身に発する権限によって、イマームの代理人として別の者が行うことができる。

・ワズィール(宰相)
 その権限がウンマの全地方にわたり包括的な内容のものであるような人々(『統治の諸規則』、p43)。以下の2種類のワズィール職がある。
1.委任のワズィール職
 独自の判断によって国事を取り扱い、独自の努力によってそれを実現する職。イマームとともに、国事の執行に参画できる。(『統治の諸規則』、p46)。
2.執行のワズィール職
 イマームと臣民や役人たちの仲介をする立場の職。イマームの命じたことを代わりに追求し、イマームの言うことを代わりに実行し、イマームの決定したことを代わりに遂行する。また、イマームによる役人たちの任免や、軍事の準備を伝達する。重要事項や新たに生じた出来事は、イマームに伝える(『統治の諸規則』、p55)。

・地方のアミール
 地方のアミールには、包括的なアミール職と、限定的なアミール職がある。
1.包括的なアミール職
 包括的なアミール職は以下A, Bの二つに分かれる。
A.資格のアミール職
 限定された地域において定められた任務をもつ。任務は委任のワズィール職とほぼ同じであるが、委任のワズィール職が全体に権限が及ぶのに対し、資格のアミール職の場合、限定された地域のみに権限が及ぶ(『統治の諸規則』、pp66, 67)。また、補佐役として執行のワズィールの任命ができる(『統治の諸規則』、p69)。
B.征服のアミール職
 状況の必要性に応じて設置される職。ある人物が武力によってある地方を征服し、カリフがその人にアミール位を授け、その地方を統合し行政を行うことを委任することによって生ずる。ある地方を征服することによってその地方の統治・行政権を独占的に握る。イスラーム法の執行権も握る。(『統治の諸規則』、p74)
2.限定的なアミール職
 軍隊の整備管理、住民の統治、イスラームの領域の防衛、聖なるものを守る職。司法やイスラームについての判断や、サダカやハラージュの徴収には関与できない(『統治の諸規則』、pp70,71)。
・聖戦の司令官(アミール)職
 多神教徒と戦うことを特にその目的とした職。以下の2種類に分かれる。
1.限定的司令官職
 軍隊行政と戦争指揮のみ行う職。限定的アミール職と同じ条件でなれる。
2.包括的司令官職
 軍隊行政と戦争指揮に加えて、戦利品の分配と和平の締結に関しても全権を委任されている職。包括的アミール職と同じ条件でなれる。

・カーディー職(裁判官)
紛争解決や遺言執行など、現代で一般的に扱われている裁判のほかに、心身喪失や年齢の低い者の財産管理、未亡人や離婚した女性の結婚相手探しなども行う職(『統治の諸規則』、pp167-170)。4法源に精通している場合、独自の法解釈(イジュティハード)を行う資格を持つことができる。それによって、ムフティーとしてファトワー(法判断)を下すこともできる(『統治の諸規則』、p158)。なお、徴税権は持たない(『統治の諸規則』、p172)。包括的にも限定的にも任務を受けることができる。

・ナキーブの職
 高貴な血統の人々を大切に扱い、その命令が彼らに影響力を維持できるようにするための職(『統治の諸規則』、p230)

・ディーワーン(官庁)
 支配者が取り扱う業務の記録や、財物を保管するために設けられたもの。軍人や役人がその任務を遂行する(『統治の諸規則』、p484)。4つの任務があり、第一に軍隊に関して、ディーワーンの台帳に兵士たちを確定・登録すること、アターを扱うこと。第二に地方によって異なる税とか賦課を扱うこと。第三にアーミル(役人)の任免を取り扱うこと。第四に国庫の収支を取り扱うことである。

・ムフタスィブ
 ヒスバ(良いことをないがしろにされているときに、それを行うよう命じ、非難すべきことが行われるときにそれを禁ずること)の遵守を公的な任務として行う。(『統治の諸規則』、p576)

・不正(マザーリム)の監督官
 権威によって、不正をなすものを公正に振舞うように導く職。役人の不正監視を行う。(『統治の諸規則』、p184)

以上に加えて、細かい職務としては、以下のものも挙げられています。
・礼拝のイマーム(導師)(『統治の諸規則』、p242)
・巡礼の指揮者(『統治の諸規則』、p262)
・サダカ(ザカート)の管理官(『統治の諸規則』、p276)

以上が『統治の諸規則』にて言及されている各職務です。

かなり大雑把にざっくりまとめると、

・カリフ:リーダー、全体統括
・委任のワズィール:カリフの右腕、全体統括
・資格のアミール:地方統括
・カーディー:裁判官
・ムフタスィブ:警察
・マザーリム:役人の不正監督
・ディーワーン:記録、管理の職。日本で言う一般公務員(?)

このように言えるのではないでしょうか。この構造が見えていないと、「イスラーム政治システム」の講義を聞いたときに全く分からなくなってしまうと思います。

そして大事なのは、「統治における各職務は、イマーム自身に発する権限によって、イマームの代理人として別の者が行うことができる。」ということです。

あくまでこのような職はカリフあってこそのシステムです。まずはカリフを立てないことにはイスラーム政治システムは機能しませんし、カリフ立てずしてイスラーム政治を名乗るのはおかしいです。

だからこそ、イスラーム国のアブーバクル・アル=バグダーディーも、自身がカリフであることの正当性を説いたと言えます。


+αコラム【イスラーム国の政治システム】

せっかくなので、アブドルバーリ・アトワーン『イスラーム国』にある、イスラーム国の政治システムも見てみましょう。

・カリフ
 政府の最高意思決定者。各地方を統治するワーリー(知事)はカリフにより任命される。

・副官
 イスラーム国のイラク領内の統括責任者を務める。

・軍事評議会
イスラーム国の戦略立案の統括や、司令官の任命、戦闘員の管理を行っている。

・シューラー評議会
 カリフの諮問機関。国政に対し、アドバイスを行う。

・シャリーア評議会
 イスラーム国の司法機関。裁判所を統括し、裁判官を任命するほか、クルアーンに明記された刑罰の施行に係る問題にかんして見解を示す(ファトワー)。加えて、宗教警察も管轄下に置いているほか、社会福祉・厚生に関するサービスも管轄している。具体的には孤児院や貧しい人々への給食事業、予防接種などを行っている。また、「意見箱」を設置し、住民の不満や意見を集めている。

・防衛・セキュリティー・諜報評議会
 「カリフ国」領内の安全保障を統括している。警察もこの評議会の管轄である。また、機密情報の収集管理を行うほか、カリフの身辺保護、境界線にある検問所も管理する。

・経済評議会
 イスラーム国の歳入を管理する。道路の修繕などのインフラ整備やエネルギー供給、ゴミの収集から郵便サービスに至るまでを管轄している。

・教育評議会
 イスラーム国領内の教育活動を管轄する。純粋なサラフィー主義に基づいた教育カリキュラムが実行に移されているかどうかを監視している。

『統治の諸規則』の職をあてはめて見ていきましょう。

・カリフ(イマーム):最高意思決定者であり、カリフの持つ権利を他者に分配し、代理者として職務を任せる

・副官:資格のアミール職(包括的なアミール職)
・シューラー評議会:委任のワズィール職(国政に対しアドバイスを行っていることから)
・軍事評議会:軍事面に関して限定的なアミール職に相当し、多神教との戦闘に際しては包括的司令官職(聖戦の司令官職)も担う。
・シャリーア評議会:カーディー職とムフタスィブの役目。
・防衛・セキュリティー・諜報評議会:限定的なアミール職
・経済評議会:ディーワーンの業務を含んでいるが、インフラ整備やエネルギー供給などの行政はディーワーンの業務外。
・教育評議会:ムフタスィブの役目を教育という形で反映

このように見ると、イスラーム政治システムにおおむね当てはまるとは思いますが、不正(マザーリム)の監督官に当たる職は見当たらず、不正監督が機能しているのかどうかは不明と言えます。

何はともあれ、イスラーム法上、正しい統治がされていたのかは非常に気になるところではありますね。

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