有利だったあの時、こうしておけばよかった〈前〉 中盤の形勢判断

筆者は序盤の話をしていることが多い。この戦型のこの形がうんぬんというこまごまとした話だ。つまんないという人も多かろう。

前々からそのことには気づいていて、機会があればどうにかしたいと思っていた。中盤の記事も書かなきゃ! と。(終盤の記事も)

(こまごまとしていてつまらんという問題はおそらく解決しないが、それはもうどうしようもないと筆者は諦めている)

最近中盤の大優勢の局面から悪手の連続で逆転されたので、ちょうどいいと思いその局をテーマにひと記事書くことにした。

その対局の相手はあすたさんという人。筆者が毎週練習将棋を指している、いわば将棋のパートナー的存在だ。彼はnoteも書いており、そこでは素晴らしい序盤研究の一端がこっそりと公開されている。

こっそりとしたままではもったいないので、三間飛車や相振り飛車というキーワードにピンときた人は、よかったら読んでみてほしい。

相手の紹介はこのへんで。

結局中盤の何のことを書くのかと言うと、形勢判断についてである。

形勢判断は難しい。そして、形勢判断とセットになるのが、こういう形勢なのでこういう方針でいく、という指し手の方針決めだ。

正しく形勢を判断したうえで、正しく方針を決めるというのが難しい。二段階の難所があるのだ、そりゃあ難しい。

例の逆転負けをした将棋もこのツーステップで躓いた。その一局を振り返りつつ、形勢判断と方針について書こうと思う。

形勢判断の基本

中盤戦を扱った佐藤天彦先生の著書『天彦流 中盤戦術』には、

形勢判断の要素は4つあります。①駒の損得。②駒の働き。③玉の堅さ。④手番。

と書かれている。

天彦先生の本から引いたけれど、別にこの考え方自体は天彦流ではない。いろいろなところに書かれている一般的なものだと思う。記事を読んでいる中にも知っていたという人がいるかもしれない。

主に前の3つの要素の比較だ。それぞれの良し悪しをチェックし、それらを総合して有利不利(あるいは互角かもしれない)を判断する。

手番は特殊で、どちらの手番かによって形勢が変わる局面を判断するためにあると思う。極端な例を出すなら、お互いの玉に必至がかかっている終盤のワンシーンだ。次の一手を指せるほうが勝つ。

序盤のシーンでも、先後同型の定跡や先手振り飛車と後手振り飛車の一手の違いなど、手番を意識させられることはあるだろう。

実戦での形勢判断

前置きが長くなったが、そろそろ局面図を出す。ちなみに棋譜はこちら。

画像1

先手が筆者。戦型は居飛車対振り飛車で、現局は筆者が対振り急戦で攻めているところだ。

先手は4五にいた桂を5三に不成で進めてふんどしの桂をキメている。銀が利いているところだが、△5三同銀には▲4一飛成で飛車を素抜く手があるので先手の駒得は確定だ。

画像2

数手進んで局面が一段落した。金を取れたのでわかりやすく先手が良さそうに見えると思う。実際に先手が良い。

感覚的な判断だけでなく、4つの要素を調べて理屈でも形勢を判断しよう。手番以外の3つの要素をチェックする。

歩の枚数は考えないとして、金桂交換で先手の駒得だ。この局面なら駒台がすっきりしていて数えやすい。

右辺の桂は後手のものだけ遊んでいる。また、金を比較すると、先手の二枚の金は玉のそばにいるのに対して、後手の金は玉から離れている。玉のそばの金は守備に働いているという考え方ができるから、先手の金のほうが働いていると言える。

よって、先手のほうが駒の働きが良い

囲いの金銀の合計枚数を数えると、先手の舟囲いは三枚、後手の元・美濃囲いは一枚だ。後手玉には銀のひもがついておらず、銀自体も離れ駒のため、玉とカナ駒の連結も先手のほうが良い。先手玉のほうが堅いと言える。

というわけで、どこを取っても先手が良い。手番も先手なので、パーフェクトな先手良しだと、理屈の面からも説明することができた。

実戦進行

方針の話をする前に、実戦の進行を紹介する。

画像3

形勢判断をした局面から数手進んで、今は先手が5五の歩を銀で取ったところだ。△5五同銀と取られると、飛車交換になるが部分的には銀損になる。先に金桂交換をしているものの、先手のほぼ桂損になる。駒損の攻めだ。

画像4

すこし進んで先手が▲5三歩成としたところ。5一の飛車が取られるが、そこで▲4二とと金を取り返すつもりだ。ただ、これも飛車金交換の駒損の攻めである。駒の損得は飛車桂と金の交換になっており、単純な駒の枚数で言えば大駒一枚の損にまで駒損が拡大している。

画像5

さらに進んで、この△6六桂が鋭い一手だった。▲同歩△同銀と先手の玉頭に迫る。後手の角は取られる寸前だがしっかり働いている。後手は桂をただで捨てたものの、実はまだ先手は駒損している。本当か? と思った人は駒の損得をチェックだ。

画像6

数手進んで△7七銀打が入ったところはすでに逆転模様だ。感覚的にも先手の形勢が悪そうに見えるのではないだろうか。実際に先手が悪い。

ネタバラシをすると、形勢判断をして先手良しだった局面からこの局面のあいだに先手はソフトの評価値にして4000点近く失っている、怖い話だ(深く読ませたらもっと多くなるかもしれない)。

結果図の形勢判断

実戦はまだ続くが進行を追うのはここまでにする。ここで再度4つの要素で形勢判断をしよう。

そのままの局面だと王手がかかっていてのっぴきならないので、駒交換が一段落した局面で考える。

画像7

この局面だ。

大駒一枚とカナ駒二枚を大体イコールで考えることができるので、この局面は金桂交換(飛≒金銀)だと言える。奇しくも最初の形勢判断の時と同じ駒割になっていて、先手の駒得だ。

駒の働きは判断が分かれるところかもしれない。正しいやり方かは怪しいが、一つの考え方として駒台の駒はその瞬間はなにも働いていないというものがあり、今回はそれに従って盤上の駒だけにフォーカスする。

現状は働いている駒が非常に少ない局面だと思う。5三の飛車が攻めに働いているくらいだと思う。細かいところだと、左辺の桂を比較して、後手の桂は守備にわずかに働いているが先手の桂は存在しないとは言えるだろうか。よって、筆者は後手の駒のほうが働きが良いと思う。

お互いの玉はほぼ囲えていない。このように、終盤に入ると囲いは崩れていくもので、玉の堅さという表現がしっくりこなくなる。終盤では、形勢判断の3つ目の要素は玉の安全度、もしくは、玉の危険度と言い換えることができると思う。

囲えていない玉同士だが、決定的に違うのは王手のかかる形かどうかである。特に先手玉は桂の王手がかかる形で、これは合駒の利かない王手なので玉が追われることになる。王手が続きやすく危険な格好だと言える。

また、有名な格言に終盤は駒の損得より速度がある。この局面に当てはめると、先手の駒得より先手玉の危険度の高さを重要視することができる。

手番が後手ということも考えると、駒損でも後手が良いと判断できる。理屈でも後手が形勢を逆転したことが説明できた。


ここで一区切りとする。

後編は方針の話。逆転の理由を方針を間違ったことに求めた後、正しい方針だと思われる検討手順を書くつもりだ。逆転に至るまでに何手も悪手があったが、個々のミスにはあえて触れず、方針を大きく間違えたポイントの一手に絞る。


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