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2022年7月の読書

7月は8冊、といっても軽く読める本が多かったのでそんなに濃くない。

デューン 砂の惑星(新訳) 上・中・下

昨年ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督によって実写化された映画の原作小説。一大叙情詩という触れ込みであるが、2022年の倫理的水準でみるとスペクタクルよりも「優生学的神秘主義」(解題からの引用)に気持ち悪さを感じてあまり入り込めなかった。

優生学的神秘主義を批判的に描くよりはどことなく憧憬が入っているように思え、この辺りの描き込みは「古典」ということを割引かないと評価しにくい。エンタメとしては思弁的にすぎ、思弁としては思想が風化しており、『砂の惑星』単体でみるとオールタイムベストに挙げる意見には賛同しにくいなという感想。

ヴィルヌーヴ監督はこの辺りの気持ち悪さは2021年の映画として厳しいと判断したのかアクションやポールの貴種流離譚的性格を強くフォーカスしており、逆にヴィルヌーヴ監督の凄さを感じた。

屈辱の数学史

人間は数を扱うのが苦手である。教育を受けていないと、人間は本能的に数を対数的に捉えたがる。本能的に、1と10の間の数は3なのだ。ベルヌーイは「富の効用は対数関数である」と述べていたが、これは本能に根ざした感覚なのだろう。

本書は数にまつわるミスを軽やかな筆致で紹介しているが、事例は死亡事故をはじめとして重い。橋の設計でのミスのような例も出ているが、量としてはコンピュータのミスが多い。プログラマであれば、ゼロ除算やnull参照、アンダーフローといった例に頭が痛くなるだろう。逆に言えば、技術者だと「普段聞くエラーがここまで大事になるのか」という点以外で学びは少ない。

しかし、非プログラマにはぜひ勧めたい。

データの収集、操作、管理は、多くの人が考えるよりもはるかに複雑で難しく、費用のかかる仕事なのだ(106p)

という一文のある3章はすべてのビジネスマンに推奨したい。数字を正しく扱うことは思っている以上に難しいことをこれほど雄弁に語っている書籍はそう多くない。頼む。読んでくれ。

デジタル・ミニマリスト スマホに依存しない生き方

この手の本に慣れ親しんでいれば1章を読めば事足りる。インターネットは玉石混交だから「こそ」報酬系をよく刺激する、という部分はかなり手厳しい。ゆえに、依存を促すアプリから離れるには小手先のテクニックではなく大胆な戦略が必要である、というわけである。

ファシリテーションの教科書―組織を活性化させるコミュニケーションとリーダーシップ

「伝え、説得し、動かす」コミュニケーションはうまくいかない。組織でうまくいくコミュニケーションは「引き出し、決めさせ、自ら動く」ことを目的としなければならない。

そのためには、事前準備=仕込みと対話の具体的な技術=さばきが大事であると説く。事前準備の部分は一般的な会議の教科書の域を出ない。具体的な技術は骨格を説明しているが、正直なところ才能に依存する部分であるので難しい。定式化は良く、見取り図は頭に入るのだが、それ以上でもそれ以下でもないという感。

自意識とコメディの日々

私は佐久間宣行のANN0のリスナーである。著者のオークラ氏がゲストに来た回も聴いている。当時はあまり興味がなかったのだが、何かのセールで安くなっていたので購入した。

アルファルファ・プラスドライバー時代の東京03、インディーズ時代の星野源、コンビ時代のバカリズムなど、面白い人は最初から凄く、ネットワークも作られているという印象を受けた。人力舎芸人をうまく繋いだのがおぎやはぎという事実も面白い。

「ここでこのスタッフが繋がっているのか!」みたいな驚きとか、テレビをほとんど見ないけど『戦国鍋TV』でめちゃくちゃオークラ脚本に笑ってるじゃん!みたいな発見はあって、お笑いマニアなら最高に楽しめると思う。

一投に賭ける 溝口和洋、最後の無頼派アスリート

長きにわたる聞き取りにより、著者は伝説のやり投げ選手、溝口和洋の一人称で書くまでに至った。一人称ノンフィクション文学でいえば、『聖の青春』と同等かそれ以上に魂がこもった筆致になっている。

一人称をとることで浮き上がってくるのは溝口の狂気である。トレーニングの知識があれば、こなしているトレーニングの量が異常であることが分かる。本人は「自分には才能がない」と思っていたようだが、限界以上に追い込むトレーニングを長期間続けて潰れない身体の強さというのは努力で手に入らない、まさに才能であることは言うまでもない。

解題で明かされるが、溝口本人はいわゆる「天才語」を話す人だという。それを丁寧に解きほぐし、一人称で語るまでに溝口和洋を理解した著者の仕事は素晴らしい。

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