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研究者の書いた恋愛心理学本が面白かった話【s2:8話】

s2:7話連載トップs2:9話

Kindleの月替わりセールを見ていたら『恋愛の科学 出会いと別れをめぐる心理学』といういかにも怪しそうな本があった。

普段ならスルーするのだが、実務教育出版はマトモな出版社だし、著者は専門家向けの書籍も出している。もしかしたらマジでマトモな本なのかもしれないと思って読んでみたら、果たして大当たりであった。実際に効く恋愛テクニック的なことはほとんど書いていないが、人はどういう感情を恋と定義しているのかという概念形成に役立つ一冊である。

多少の読書家なら当たり前にやっていることだが、本を選ぶ際に出版社やレーベルを見ることは非常に大事である。読み手としての理解ではあるが、編集者や校閲者の強みが出版社によって異なるからである。実際に出版社にいる人は違う見解を持っているかもしれないので、違っていたら教えてほしい。

出版社で選ぶ大事さを感じたのは『世界の軍用犬の物語』を読んだときだ。翻訳権を得たのは建築関係と動物関係に強みを持つエクスナレッジだったのだが、犬関係の訳は完璧なのに軍事関係はかなりの誤訳が存在していた。校閲者にミリタリー知識があれば訳文を見ただけでも修正できたレベルの間違いだったことを思うと、チェックプロセスの強みを意識して出版社を選ぶことはむしろ当然なのだと思うようになった。

その点、実務教育出版は心理学検定の本なども出しているし、著者が多少変なことを書いてもチェックプロセスが働くだろうと判断したわけだ。

初手から尺度の話があるのが最高

本書の第1章は「愛を測定し診断する心理学」と銘打って、最初に尺度の話をしている。これがもう「心理学者の書いた本」という感じで最高である。

被験者が先進国の大学生に偏っているとか再現性とか様々な問題はあるとはいえ、現代の心理学は科学として振る舞うことを旨としている。科学として振る舞うためにはものごとを測定可能にする必要がある。そのために訓練を受けた心理学者は調査したいトピックについて、偏りのない集団を対象にすれば正規分布になるような尺度を作成する。検証できるからこそ心理学の変な実験は否定されうるわけで、変な実験(マシュマロテストとか)が否定されると巷では「だから心理学は……」みたいなことを言われるが反証可能性という意味では科学のプロセスは機能しているのだ。

こういった仕事の大事さを概念的定義と操作的定義という概念を交えてきちんと紹介しているのが『日本人の9割が知らない遺伝の真実』である。明らかに「やってる」タイトルなのだが敢えてこういったタイトルをつけていて、実はきちんとした研究者の書いている本なのでこちらもオススメ。

第一章では①愛情尺度、尊敬尺度、友情尺度 ②スタンバーグの愛の三角理論 ③リーのラブスタイル理論を紹介し、心理学は恋愛をどう定義しているかを解説している。経験が少ない人間にとっては逆に「こういう心理状態を恋愛と定義すればいいのか」という気持ちになって有難い。私は地球人の心理を勉強する宇宙人の気分だが、普通の人は過去の恋愛傾向から自分のスタイルを知ることになるだろう。

研究が示すところによれば

  • 男性のほうが女性よりも恋愛に「うつつを抜かす」傾向が高い

  • 一緒にいて楽しい、一緒に遊びに行きたいという気持ちが恋愛に転化する現象はある可能性が大きい

    • 愛情と友情、愛情と尊敬を混同するのは男性も女性も同じ程度と言えそうである

  • アメリカの大学生カップルも交際相手のことを恋人とよりはよい友達と考えることを好むらしく、本邦でもその傾向が見られる

  • 遊び的な愛は高い満足を引き起こさない

とのことだが、後述するように友達の枠に入ると交際相手になることは難しく、交際後に友人のように仲を深めるのがどうやら正解っぽいように見える。

外見はモテを支持するか

第二章では外見によるモテを取り扱っているのだが、マースタインのSVR理論が参考になった。SVR理論とはStimulus(刺激) Value(価値観) Role(役割)の頭文字をとったもので、恋愛におけるフェーズを3プロセスに分けたものである。Sフェーズは表面的な魅力で誘引し、Vフェーズでは内面的な魅力で誘因し、Rフェーズは結婚するかどうかの意志決定に関与するらしい。外見が有利に働くのはSフェーズまでで、Vフェーズ以降は内面が大事らしい。こういう理解ができるのがありがたい。

私はどちらかというと演繹的に思考するタイプなので、全く分からない分野についてはモデルへのあてはめ→個別具体の事象への応用という風に考える。なので類型化・抽象化を旨とする学問との相性が良いのだろう。

2章のコラムでは魅力的な男性の類型という研究が述べられている。53名からの回答を最少二乗法で分析したというボリューム的に心許ない研究だが、けっこう面白い6類型が出てきたので紹介したい。

  1. 誰もが認める美しい男: 足が長い、顔が女性的、オシャレ、ミステリアスな雰囲気を持っている

  2. マッチョな身体の明るい男: 肩幅が広い、胸板が厚い、手が大きい、よく笑う

  3. 仕事のできる渋い男: 考え方のスケールが大きい、物静か、リーダーシップがある、既婚者(!!)

  4. 生活力のある家庭的な男: 無駄遣いしない、最低限の家事ができる、家族仲が良い、子供が好き

  5. 社交的で交友が広いモテ男: 好奇心旺盛、異性の友人が多い、話題が豊富、甘え上手

  6. 品があるリッチ男: 正しい日本語が話せる、食べ方がきれい、実家が裕福、医療関係の仕事をしている

私はどうやっても 1, 5 を目指せない。3も無理そうだ。竹野内豊とか西島秀俊みたいにならないと厳しいだろう。4は無難ゆえに競争相手が多すぎるので不利。そう考えると身体を鍛え(2)、仕事を頑張り(3)、食べ方と話し方に気をつける(6)の要素を出していくのが良さそうだ。6偽装4。

帯にある愛の吊り橋効果がエグい

第3章は恋に落ちる過程を述べているが、帯にもある「愛の吊り橋効果は使ってはいけない!?」についても書かれている。どうやら吊り橋効果は「美しい」相手の場合は良い効果がありそうだが、美しくないと逆効果である実験結果が多く出ているらしい。つまり美男美女だけが使えるテクニックというわけだ。詳細は買って確かめて欲しい。

3章ではアルコールの効果についても述べられている。アルコールは男女ともに異性を良く見せる効果があるらしいのだが、理由については未だ明らかになっていないという。面白い仮説はアルコール摂取による非対称性検出精度低下仮説である。一般に、人間の顔は左右対称であるほうが魅力的であると見られるが、アルコール摂取は非対称性検出の精度を低下させるため、相手がより魅力的に見えるというわけである。こういう身も蓋もない結論は大好きなのでこれであってほしい。

4章では告白について述べているが、①なるべく知り合ってから間をおかず、②プライベートな時間を共有した状態で、③ストレートにいくのが望ましいらしい。面白いのは「今日こそ告白するぞ」と意気込んでデートに臨むことは逆に成功率を低めるらしく、事前計画なしにするほうが成功率は上がるらしい。ほんまか?

後半の内容は別れやデートDVといったネガティブなところになるのだが、著者はもともと犯罪心理学の面からストーカーなどを調べていたらしく、その過程で「心理学は恋愛をどう評価しているのか」が気になり今ではそちらをメインのフィールドにしているらしい。心理学は恋愛研究を深く取り扱ってこなかったこともあり、海外で実施された有名な実験の追試を日本でやるだけでも面白い結果が得られているな、と素人目には感じる。

全体としてSVR理論や愛情尺度といった、外形的に恋愛を定義する仕組みが無モテが概念を獲得するのに丁度良い内容だと思った。そういう特殊な読み方でなくても、現象を適切に数値化することで俗説を否定する(あるいは確かめる)という心理学(あるいは科学)の面白さが伝えられている本であり、風邪で寝込んでいる間に読むにはぴったりの一冊だったと思う。

有料部分にて日報を記す。引っ越しの関係で次の更新は1月末~2月になる予定。

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