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2023年     詩

400
2023年製作した詩 400を目指す
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#72候

鶏始乳

鶏がようやく卵を産めるようになった
寒さのせいで何匹か死んでしまったが
それでも今年の冬はまだましな方だった

始めて養鶏を始めたときには
何匹も鶏が死んでいき
その度に涙を流していた

乳す姿が美しくて
私はそこでもまた涙を流していた
どうせならきれいな涙がいい

水沢腹堅

水が氷となって
いよいよ寒く厳しい時期になった

沢の水も触ると切り裂くように
冷たく感じる

腹のなかの暖かい気も
外に出ると凍る

堅くなった体と心も
春が来れば自動的に溶けるのだろう

款冬華

款が雪の合間から顔をのぞかせた
雪の中にいたときも
じっと伸びようとしていたからだろう

冬を冬と過ごすのではなく
冬でも伸び行くようになろうと
自分に言い聞かせた

華が咲く咲かないではく
じっと咲けるように耐えて行こう

雉始雊

雉は鳴くことでその身を亡ぼす
美しい声であるのに

始めて声を聴いたとき
聞き惚れていた

雊と今日もどこかで鳴いている
その声を聴きたいが聞きたくない

水泉動

水は冷たくても暖かくても
その姿に違いを見出すことは難しい

泉から湧き出る水が
冷たく清い水と
沼に停滞した
腐った温い水の違いも分からない

動いた分だけ違いは人にも出るはずだが
それを理解するのも難しい

芹乃栄

芹は寒い中でも
健気にまっすぐ伸びている

乃公はその姿に
嫉妬と憧れを抱く

栄えているだけでなく
どんなとこれでも伸び行くひとになりたい

雪下出麦

雪が降ってきて
私は不安そうに外を眺める
それを見て母は心配ないと言うが
いまいちその言葉を信じられない

下には先月蒔いた
種たちが眠っている
私でさえ凍えているのに
服も来ていない種たちはさぞかし寒いだろう

出てきては死んでしまうのは
ヒトでも植物でも同じだ
等しく悲しい
無事なことを祈ろう

麋角解

麋が村の周辺を徘徊しなくなった
もうそんな時期なのだと
友人と話していたら
目の前に現れた

角を落としたオスの麋だ
私たちの姿を見ると
さっと逃げて行った

解らないと思っていたその行動も
オスとして成熟し始めた私達には
なんとなくわかるようになってきた

乃東生

乃東が生えていると気がついて
そういえば幾分か暑くなってきたと
気がついたら

東から登ってくる太陽が
北寄りから登ってくることにも
気がつくことが出来た

生まれて死ぬだけの人生でも
小さな発見をするだけで
少しはマシな人生と思えるようになった

鱖魚群

鱖は自分の生まれた河に戻る
それが運命なのだろう
どんなに困難な道でも
無理をして戻っていく

魚でも生まれ故郷に戻らずに
自由闊達に泳ぎ回る魚もいる

群れて泳ぐ魚もいる
私は広い海を泳ぐ魚になりたいが
どう頑張っても鱖である事は帰れないのだろう

熊蟄穴

熊が時期外れにあらわて
村では一時騒然となった
様々な案が出ては消えて
何も有効な手は見つからない

蟄居していれば何もなかっただろうに
熊を駆除する計画が現れた
神様のはずだったのに 

穴に篭ってた熊を引っ張り出したその姿は
弱々しく痩せ細っていた
その姿は神の風格も災厄の畏れもなかった

閉塞成冬

閉じた襖が開かなくなり
数ヶ月経った
襖の奥で何が行われているか
私には検討もつかない

塞ぎ込んだような表情で
家に帰ってきたと思ったら
一言言葉を残して
閉じこもったきりだった

成人したもの同士だと
思っていたのはほんの数日で
今は後悔しかない

冬になってきた異臭としなくなるだろう
私はいつまでこの襖を開けれないのだろうか

橘始黄

橘は変わらないがこそ
橘周りの景色が変わるのを
悲しく感じて仕方がない

始めてそこにきた時は
橘の青々とした風景も
建てたばかりの家と
なんともマッチをしていた

黄ばみ始めた服のように
建物にも劣化が出てきた今では
どちらも損をしているようにしか見えない

朔風払葉

朔風が吹くのでコートをぐっと掴み
その身を丸めてやり過ごした
最近はめっきり冷えてきて
昼でも風が冷たい

風が吹くたびに
涼しくなるとありがたがっていた
あの頃が懐かしく感じる

払っても払っても拭いきれない
身にこびり付くような寒さに
気持ちは益々沈んでいく

葉も寒いのか
私の周りで舞っている
早くこの風が皆を喜ばす
季節となればいいのだが