見出し画像

ガンドルフィ&サンズロンドンEstb1885🐭2/24🐭

オーストリアウィーンに7年と6ヶ月住んでいたわけだが4インチ× 5インチのカメラで撮影することも多かった。最初は金属製のバイエルンで作られたリンホフを使っていた。その後日本製の立原写真機を使うようになった。こちらの方が小型軽量で持ち歩きがしやすいから使い勝手ははるかに良い。それで日本の東京にある王子の先の立原の親父さんと知り合いになった。当時の立原さんは元気であってロンドンのガンドルフィーまで行って激励していきたいなどと行健康であった。実際にそういうことが起こり得たのである。というのも1983年にマンハッタンで1年間いる間に、写真評論家のアンダーグラウンドバーグと知り合いになった。

ここから先は

646字

¥ 200

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?