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ウェストリストオークションのライカハンマープライスを分析する

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記事一覧

ウェストリストオークションのライカハンマープライスを分析する。その1ライカM3オリジナルブラックペイント

ウェストリストオークションのライカハンマープライスを分析する。その一ライカM3オリジナルブラックペイント ライカで出すカメラはデジタルライカが普通になってしまったので、アナログのフィルムカメラを使っているのは私を含め世界中で50人ぐらいのものであろう。だから私などはブラックペイントのオリジナルのライカM3を使った最後の世代と言うことになる。

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ウェストリストオークションのライカハンマープライスを分析する。その2. ライカM4ブラックペイント

ウェストリストオークションのライカハンマープライスを分析する。その2. ライカM4ブラックペイント

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ウェストリストオークションのライカハンマープライスを分析する。その3 Leica M3アウトフィット

この10年近くはウェストリフトオークションでベッドをしていないけどももし今回微動するとしたらこれが私のウィッシュリストである。なかなか程度の良いM3にレンズ4本のアウトフィットである。価格もハンマープライス220をかけてみるとかなり良心的である。しかもここにウェストリストの20%のコミッションが入っているのだから安いといってもよい。このアウトフィットが魅力的なのは50センチまで接近が可能な50ミリ標準レンズ近接頭ミクロンがついていることだ。

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ウェストリストオークションのライカハンマープライスを分析する。その4 ライカM3オリーブBundeseigentum

西ドイツの軍隊のために制作された300台は作られなかったオリーブ色のライカM3である。実際には市販のM3と変わるところは全くない。3つのロットで生産されたが最初の2つのロットは通常ライカM3では使われていないかなり荒い模様の革張りがなされている。最後のロットだけは通常のライカの革張りで色が単にオリーブ色なのである。だから専門家に言わせると最初の2つのロットの軍用ライカはその木目のあらいグッタペール缶が手に入らないのでフェイクの制作はかなり困難であると言う。

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ウェストリストオークションのライカハンマープライスを分析する。その5 ライカM2ブラックペイントボタン式巻き戻し

ブラックペイントのライカエム通は私が最初に手にしたライカである。1967年の11月末のことで新宿のラッキーカメラで買ったのだ。初任給が35,000円の頃であるからこのカメラが12万円したと言うのはかなり高価な買い物であった。ウェスト理人オークションのハンマープライスが3,000,000円と言うのはちょっと買いすぎではないかと思う。レアなライカと言うわけではないし単なる擦り切れたブラックライカである。

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ウェストリストオークションのライカハンマープライスを分析する。その6 。ライカ1型ゴールドモデルレプリカ

1925年に最初のライカが登場したときに世の中はこんな小さなカメラは誰も認めていなかった。オスカーバルナックがライカを作ったその背景にはいろいろな噂があるが1つには彼は写真愛好家で当時普通であった蛇腹のカメラにガラス甲板を持ち歩いてそれが辛いので小型で軽量なカメラを制作したと言う話もある。ちょっと伝説に近いところもあるがそれは事実であろう。オスカーバルナック自身がカールツアイスからヘッドハンティングされてきたつまりそれまでのカメラの長所と欠点をよく知っていた人であったからだ。

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ウェストリストオークションのライカハンマープライスを分析する。その7 。ライカB型ダイヤルセットコンパ

ライカが登場してちょうど50年と言うつまり半世紀と言う切れ目の年に私はオーストリアウィーンに住んでいてすでに3年目になっていた。当時はまだインターネットもないしオンラインのオークションと言うものはなかったので今とは事情がかなり違っている。その時にwinのある期間がクラシックカメラのオークションを開催してこのモデルつまりライカにコンパシャッターをつけたモデルがかなり高値になったのをよく覚えている。その価格は1,000,000円ほどであった。そして私はこのカメラがレアなことを認識

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ウェストリストオークションのライカハンマープライスを分析する。その8 ライカシングルショットハウジングプロトタイプ

1925年に登場したライカはそれまでの小型写真術に対する考え方を一掃させてしまった。というふうに現代のわれわれは考えているのであるが当時はなかなか世の中には受け入れられなかったのである。実際問題としてライカが世の中に受け入れられたのは1925年の最初のモデルが登場してそれから早くても7年後の話であった。その時ライカは初めて距離計連動式のカメラをリリースしたのである。これがライカD2であった。

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ウェストリストオークションのライカハンマープライスを分析する。その9 ライカ0シリーズレプリカ

公式にライカが1925年に最初の1型ライカを発売する前に会社内でプロトタイプ的に作られたのがライカ0モデルである。オスカーバルナックの生誕何年かあるいは会社ができてから何年か忘れたがそういう区切りの良い年代のためにライカ0モデルのレプリカが制作された。実は1975年にライカ1型が登場してちょうど半世紀になるのを企画してライカの会社はライカ1型のさらにその元になったURライカを制作した。その実物を私はドイツのライカの本社で期間をあけて2回見せてもらったことがあった。その2度目の

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ウェストリストオークションのライカハンマープライスを分析する。その10 ライカ1型Anastigmat取扱説明書

取り扱い説明書と言うものがある。クラシックカメラの場合これがついていないのとついているのでは価格設定がかなり異なるのである。だから頭の良いカメラセラーはついていない場合には極力ゼロックスコピーでも何でもつけるようにしている。クラシックカメラの操作と言うのは基本の基本だから別についてなくても困る事は無いのである。でも真面目なユーザと言うものはカメラの素振りをしながらオリジナルのインストラクションブックを脇に置いてあーだこうだとやるのが最大の楽しみなのである。

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ウェストリストオークションのライカハンマープライスを分析する。その11 ライカ3c特殊パノラマカメラ

戦前に生産されたドイツの軍用のグレー仕上げのライカはいつも人気である。カメラの製造番号の最後にKと言う文字が付いているのがコレクターにとってはたまらないのだ。これは別に男と言う事は無い今の機械式カメラだったら普通に内蔵されているボールベアリングのことなのである。でも当時のライカの軍用カメラは初めてボールベアリングを昨日に収納してその性能が寒冷地に対して一段と強くなったと言うことになっている。まぁ我々カメラ人類ライカ人類の思いつき思い込みなんですけれどもライカは神話の部類だから

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