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チョートクのカメラノート📷🎥📹

カメラで本気出す。カメラに本気出す。ついでに写真芸術にも本気出す。2001年5月からスタートしたチョートクカメラ日記です。webマガジンは毎月定額1000円。単品で買うよりもかな… もっと読む
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#パリ

パリのメトロにファーストクラスとセカンドクラスがあった頃3/20(日)

カメラノートスペシャルでパリの思い出話をぼつぼつ描いているのである。パリの街は小さいから端から端まで歩いても嵐と言う事はないが、1970年代終わりごろにアサヒカメラの撮影で1週間と言うものを毎日メトロに乗っていたことがあった。これがまた不思議な体験だった。

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レニーリーフェンシュタールが使っていたと思われる35ミリ撮影機Parvo 2/11(金)

佃のカメラジャングルのレイアウトはこの2十数年来ほとんど変わっていない。窓際にはフランス製の35ミリ映画撮影機が置いてある。このショットはライカインコが昇天した直後だから2009年頃だと思う。ライカインコが使っていた鳥かごには黒い布がかかっていてその上にパナマ帽が載っている。鳥かごの脇にある枯れた花はライカインコが大好きで食べていた葉っぱなのである。

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5年前パリの5月のスナップ8/23(月)

25年ほど前にウィリアムクラインが彼の回顧展のためにプラハのミュージアムで写真展をやったときに数日間通訳の真似事とアシスタントみたいなことで一緒に行動したことがあった。その時を思い出してみるにプラハやウィーンの話にはなったのだが彼が長いこと住んでいるパリの話にはならなかったのにはそれがなぜであったのかいまだに不思議でならない。

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12ミリの広角レンズを手にするとパリの街角が勝手に動き出す12/4🐭

70年代のスナップショットでなかなかいい仕事をしているのは横木Araoである。日本デザインセンターでは横木は私の1年後輩であった。2人で日本デザインセンターの暗室に入って私は印画紙の水洗いの係であって、横木は現像液をでかいポリタンクで溶解する係であった。その後横木は篠山さんのアシスタントになってメキメキと腕を上げた。同時代の活躍した写真家では田村と十文字がいるけれど横木もその同じランクに入る有名写真家だと思う。

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ロバートフランク写真展。ギャラリーバウハウスで考えた。彼の80歳の頃のBBCのインタビューでパリは美しい、ニューヨークはダメだと実際のプリントを示してそれを区別しているなぜなのかな?🐭11/3🐭

ロバートフランクの仕事の中でパリのシリーズはロンドンのシリーズに比べるとかなり違った印象を私は受けるのである。ロンドンの撮影したショットの場合は彼の視線は自分と同じところにあって極めて冷静なように見える。一方でパリを撮影した写真はフランクにとってパリは憧れのパリなのである。

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パチンコ店にいきなり出会ったときの驚きと言うのを大切にしたいと思う🐭9/22🐭

新小岩である。私にはパチンコをやる趣味はないが幼児の頃は欲望がないから父親に連れて行かれたりするとその天才ぶりを発揮したものであったと言う。お絵かきなども天才であると言われていたものであるがこれは幼児に起こる共通の特殊現象と言わなければならない。

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5年前のパリ. フィルム交換のお作法というのがあった🐭5/26🐭

ちょうど5年前の1月にひどい帯状疱疹にやられて左手が全く使えなくなった。左手の感覚異常であるからこれは辛いものすごい痛みである。それで左手が普通の手のひらの幅の3倍位に膨れたのである。こうなるともはや何もしたくなくなるのであるが5月になったら少しは腫れがひいてきたので、パリに撮影に行ったのだった

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パリの市バスがバルコニー付だった頃を思い出した🐥7/30🐥

今度出版される1970年代にヨーロッパで撮影したパノラマ写真集のことだ。ザルツブルグカレッジで教えていた時にカレッジの中に宿泊していたので、夜はダークルームが自由に使えた。それでウィーンから持っていったパノラマ写真をたくさんプリントしたのである。印画紙は18センチ× 24センチのヨーロピアンサイズでハンガリー製のフォルテであった。当時は東ヨーロッパのペーパーであると言うので馬鹿にされていたが、どうしてどうしてなかなかすばらしい印画紙である。

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ロバートフランクの撮影した花はアマチュアの撮影した花と何が違うのかな?🐥7/19🐥

清里の写真美術館のロバートフランク写真展の話。ニューヨーク近代美術館でロバートフランクの作品を年代別に集中的に見た。それも1年かけてた。オリジナルプリントの正しい見方と言うのは実はオーバーマットしたフレームで写真展で見ることでは無い。実際のプリントを手に取ってみるというのが大切なのである。これは研究者としての重要なメソッドである。アーティストのサインを見たり印画紙のテクスチャを見たりプリントの裏側に書き込まれたノートを見たりするのが重要である。しかしそれではルールとしてバラバ

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念のため申し上げておきますがカメックスと亀フレックスとは全く別のカメラです。工場も違います。生産地は同じパリですけどね🐥6/28🐥

フランスのパリはかっては映画撮影機の中心地であった。19世紀終わりにルミエール兄弟がいて世界最初の映画撮影機を生産しさらに映画外車を発展させて大成功したのである。シャルルパテもそうである。 館の時を告げる雄鶏のイラストは全世界的に有名であってヨーロッパを中心にこの音鳥のマークをエントランスに掲げた映画館が20世紀初めの頃の典型的な都会風景と言うものであった。

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パリで1番最初のライカAを使ってわかったこと🐥6/2🐥

だいたい毎年、あるいは1年おきパリに行っているのである。それで最後に行ったのは一昨年であるが使っているカメラはライカなのである。ただしこの時はデジタルカメラを持参した。フィルムカメラのライカでは1枚も写真が撮れなかった。

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ノートルダムドパリ。漂えども沈まず。沈まないけど火事になる。🐥 4/17🐥🐦😎

午前2時前に目が覚めて何気なくニュースを見たらノートルダムドパリの火災である。 AFPが画像を送るのが1番早かった。BBCはそれから30分ぐらい経ってから画像が入ってきた。大変なショックである。ノートルダムそのものは今では退屈極まる観光地であるから行ったことがない。でも初めてパリに行った70年代初めはやはりびっくりした。今回の火災で1番びっくりしているのはパリの守護聖人であろう。あの交通機関にセーヌ川のプロフィールを描いているきれいな女性の顔である。

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世間でいろいろ取りざたされているパリの大問題。あの北ホテルはまだあるのか?

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