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チョートクのカメラノート📷🎥📹

カメラで本気出す。カメラに本気出す。ついでに写真芸術にも本気出す。2001年5月からスタートしたチョートクカメラ日記です。webマガジンは毎月定額1000円。単品で買うよりもかな…
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2019年2月の記事一覧

御所の前の広場に馬の蹄が石に刻まれている。何かオーストリアウィーンにいるような感じだな。🐥3/1🐥

もうちょうど1週間前のことであるが初めて新宮殿を見学していろいろ面白いことがあった。私はガイドさんが指摘するまで気がつかなかったのであるが宮殿の前の広場の石畳に細かい傷が付いているのである。小さな傷であるからこれはそのまま見過ごして私のような老眼の人間には見えない。それをガイドさんが指摘してくれたのでようやくそちらのほうに注意がいったのである。皇居には馬車があるから東京駅から信任状を外交辞令で持参する外国のお使いなどは普通に自動車で来ることもあるであろうが宮内庁の方からリクエ

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カメラ市の隣にワイン売り場。買わせる作戦であろうか🐥NEW2/28🐥

銀座で開催していた中古カメラ市には今年もいかなかった。最後に行ったのは10年以上前で坂崎幸之助さんと売り場歩いて買ったのがハッセルブラッド用のプラナ120ミリとニコンエスの35ミリレンズだった。それ以来中古カメラ市には行っていない。この写真は私が撮影したものではなくて中古カメラ市に行った通行人さんが送ってくれた。そのコメントによればカメラ売り場の隣がワイン売り場であったそうでさらにコメントで写っている人の顔が分からないようにわざとブラしたと書いてある。そんな余計なことをする必

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インペリアルパレス参観記念スタンプ🐥2/27🐥

日本の観光地に行くと記念スタンプが置いてあるのは日本独特ではないか?いや私はあまりよく見てないのでヨーロッパも取材で行くことが多い記念スタンプコーナーに気がついていないのかもしれない。

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宮内庁の前に設定された記帳所前を通過した🐥2/26🐥

天皇陛下在位30年と言うので皆さんお祝いの記帳に行っているのである。私は金曜日に宮内庁のテントの前を通過した。単に記帳して意思を表すならオンラインでやっても全然問題ないと思うがそこら辺が大内山の思いやりと言うものか。大体が外苑にテントを張ってそこで記帳すれば余計な警備の手間も省けるであろう。

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平成時代のあらかわ遊園のフィルムを発見した🐥2/25🐥

3月10日はブラパチワークショップのあらかわ遊園方面大撮影会である。私にしてもそんなに頻繁に行くところではないのでその記憶をたどってみるに1番最初に行ったのは1981年だったと思う。ここに写っているのはそれから20年位いや間違えた30年以上経過した頃の今取り壊されている前の荒川遊園地の写真である。現在は完全な更地になってしまって真ん中の大観覧車も存在しない。

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皇居外苑の楠さんの銅像のそばにあるレストハウスがなかなか良い。ランチタイムはドリンクバーが無料でついている🐥2/24🐥

小学校低学年の時に遠足だから何かで出かけたのが公共外苑の楠正成の銅像である。当時はそれが何であるのかもよくわからなかったが大人になって世界中の銅像を見て歩いたので少しはそのクオリティーがわかるようになった。銅像の中で騎馬像と言うのは今でははやらない。大昔の戦争のやり方なのであるからこういうのを見ても別にその人が偉いとかそういう感じもしないだから純粋に美術品として鑑賞できるのである。

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金太楼鮨以前はよく通ったけど最近あまり行ってないなぁ🐥2/23🐥

すしすし以前はよく通ったけど最近あまり行ってないなぁ。山谷のクラシックな飲み屋大林から南にちょっと歩くと通の右手に喫茶店バッハががある。ここはすごい喫茶店でコーヒーはおいしいのだが入店するときにお酒飲んでないですよねと質問されるのである。その質問の感じがまさに職務質問なので懐かしい。40歳代が私はこういう様子なのでよく職務質問にあったがあれから30年経過して警察官は誰も私に職務質問をしてくれなくなった。そのかわりおじいちゃん今日は年金の支給日だから気をつけてくださいねと言って

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さくらトラムと言う陳腐な名前はよくぞつけたり 🐥NEW2/21🐥

昔は王子電車といったのである。私が記憶しているのは昭和20年代後半の王子電車であってその色が何色であるのかわからいないようなくすんだ巨大なボギー車であった。それを見て私が子供心に何を感じたかと言うと当時はまだ東京にたくさんあったお茶屋さんのほうじ茶をローストする巨大な回転するコンクリートミキサーみたいなマシンである。あれこそお茶屋さんのシンボルマークであった。王子電車とほうじ茶と言うのはその発音が似ているからの連想である。だから今の私でも都電荒川線に乗車したときになんとなくほ

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写真や?なんやねん🐥2/19🐥

この間のブラパチワークショップのロケハンで通り掛かった看板。お店が閉まっていたので何屋かわからず。それで分析するに写真や文房具を置いていますと言うふうに理解することもできるが、私の記憶をたぐってみると1970年に日本デザインセンターに就職した1年目であるが当時の自宅の丸ノ内線の茗荷谷駅から乗って銀座駅で降りて地下道を潜っていくときにかなり大きなポスターで私と同じ世代の日本人の青年がハッセルブラッドを構えている写真があった。それでそこに加えられたコピーが飛び抜けているのでびっく

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田舎に行くと必ずある定番の看板でしたが今では文化財🐥NEW2/19🐥

オロナミンCに生卵を混ぜるテレビの宣伝というのがあったと人から聞いたが私はそれは知らない。オロナミンの場合はおいしいですよと言うキャプションだけ覚えている。宣伝のキャッチフレーズにおいしいですよは無いであろうと反感を感じた青年時代の私であった。オロナミンシーのイメージはヘビースモーカーのおばさんがタバコを一服した後飲みかけのオロナミンの中にタバコを突っ込んでジェットと音がして消えるとかろくな記憶がないのである。オロナミンのキャラクターは大相撲で升席で時々見かけるので反射的に私

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このおいなりさんにはたたりがあります🐥NEW2/18🐥

このおいなりさんにはたたりがあります。伊勢谷稲荷と犬の糞と落語などにはよく出てくる。昔の御店であれば庭の隅っこのほうにお稲荷さんの社が必ず安置されていた。三ノ輪橋の終点の近くに極楽湯と言う素敵なアパートがある。ずいぶん前からある。極楽アパートはなかなか快適そうなのでいちど体験してみたいがJTBの仕事でパリの五つ星ホテルに泊まった事はあるがなかなか大手もここら辺までは手が回らないようだ。三輪に行くとそのお稲荷さんにお参りするのが何十年来のしきたりである。ついでに写真も撮ってくる

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浅草地下商店街のこのスタンドは私が行っていた頃はマグロ丼の店だったな🐥2/17🐥

帝都高速度交通営団といったのである。それが東京メトロに代わって変だなと思ってもう何年が経ったのだろうか?やはり浅草に行くのには帝都高速度交通営団の銀座線に乗って浅草駅から迷路のような地下通路を通って松屋デパートの前に抜けると言うのが正しい浅草へのアプローチだったことに今気がついた。

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レコード屋さんで売っているカセットテープがリバイバルで大ブレイク🐥2/16🐥

レコードと言うのは非常に高価なものであった。1970年頃に3000円はしたと思う。私の初任給が35,000円の時の3000円であるから大変な値段である。周りの音楽評論家のところにサンプルのレコードがじゃんじゃん送られてくると言うのですごい豪華なことだと思った。しかも音楽評論家はそれをどんどん集積してしまうから日本家屋の床が抜けるとか抜けそうだとかそーゆーゴシップが浮上してきた。

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過去にさかのぼって25年の簡易宿泊所の値段を考えてみたら昔はカラーテレビ付きで2800円だった。今では一泊2200円🐥1/15🐥

涙橋の交差点から南に歩いて最初の左側に大きなパチンコ屋があってそれがパチンコ太陽と言うのであった。今はビジネスホテルになっている。で入りしているのは日本人もいるが主に外国のバックパッカーである。このパチンコ太陽のすぐ南側に伝説の立ち食い寿司屋があった。すなわち電気系統全くひいてない立ち食い寿司屋と言うのでその話をする人間はみんな怖がっていた。何の怖いことがあるであろうか?江戸時代の立ち食い寿司は全部電気なんか使っていない。

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