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韓国の監査院について

はじめに

 「かんさいん」と聞いても大半の人は何だかわからないだろう。韓国には監査院という組織があるが、日本ではあまり知られていない。検察や警察に近い組織なのか。いったいどんな業務を行っているのか。この記事では、韓国の監察院の制度と運用を紹介することで、隣国への理解を深める一助としたい。

監査院の制度と沿革

 監査院は、憲法に基づいて設けられた機関である。大韓民国憲法には次の規定が置かれている。

第四款 監査院
第97条 国家の歳入・歳出の決算、国家および法律の定めた団体の会計検査ならびに行政機関および公務員の職務に関する監察を行うため、大統領所属下に監査院を置く。
第98条 監査院は、院長を含む5人以上11人以下の監査委員で構成する。
 院長は、国会の同意を得て大統領が任命し、その任期は4年とし、一度に限り重任することができる。
 監査委員は、院長の提議により大統領が任命し、その任期は4年とし、一度に限り重任することができる。
第99条 監査院は、歳入・歳出の決算を毎年検査し、大統領および次年度国会に、その結果を報告しなければならない。
第100条 監査院の組織、職務範囲、監査委員の資格、監査対象公務員の範囲その他必要な事項は、法律で定める。

高橋和之編『新版 世界憲法集』第二版、岩波書店、2012

第97条には、決算の検査、会計検査および行政監察という監査院の職務が定められている。決算の検査を会計検査に含めるとすると、監査院は会計検査と行政監察を共に行う機関であるといえる。監査院は大統領に直属し高い独立性を有するが、これは憲法に担保されたものである。
 会計検査と行政監察は国により分離されているもの、統合されているものとさまざまである。日本では、会計検査は会計検査院が行う旨憲法に定められており、行政監察は総務省の一部局である行政評価局が行っている。両者は定期的に情報交換をしているものの、制度上は別の組織である。韓国では両者を同一組織が担っていることが特徴だ。これには歴史的背景がある。

 第三共和国憲法の下に、監査院が発足したのは1963年のことだ。その以前は、審計院と監察委員会という二つの組織があったのだが、職務内容が近接しており、統合すれば行政機関に対する監察の効率性を高めることができるため、両者は統合されたのだ。監査院をめぐる議論のなかでは、朝鮮王朝における独立した監査機関が範とされた。監査院は韓国の伝統に立脚したものである。この点で五権分立をとる台湾の監察院と比較してみるのもおもしろい。発足以来、財政と行政運営への監察を監査院は一貫して担っており、民主化以降は行政の透明化とアカウンタビリティの確保といった社会的要求にも応えている。

監査院の組織

 監査院の組織は、監査委員の合議体と事務局によって構成される。監査院の頂点にあるのが監査委員会議である。監査委員会議は監査の計画や監査結果の報告など重要な意思決定を行う。
 院長の監督の下に事務局が置かれている。事務局には事務総長がおり、その下に第一事務次官と第二事務次官、および企画管理室長が置かれている。第一事務次官は主に財務関係の分野を、第二事務次官はその他の分野を分担し、企画管理室長は監査の総合調整を担う。2人の事務次官の下には分野別に8個の局がある。そのほか、教育研究所と評価研究所が置かれている。

監査の現況

 限られた人員と時間を配分して国政全般をチェックしなければならないため、監査院では、包括的な計画を立て、これに基づいて監査を進めている。監査計画の原則となるのは3つのE―Economy(経済性), Efficiency(能率性), Effectiveness(有効性)だ。この原則を取り入れたことにより、形式的な監査から内容重視で行政運営へのフィードバックを重んじる監査への転換が図られた。この改革は1993年のINCOSAI(最高会計機関国際会議)の勧告を受けて行われた。文民政権発足とともに1993年に就任した李会昌(イ・フェチャン)院長は「聖域なき監査」を掲げ政治腐敗の一掃を目指したが、以後の院長にもアカウンタビリティ重視の姿勢は継承されていったといえる。

 監査院の行う監査には、大きく分けるとより効率的な行政運営に資するものと行政の不正ないし不手際を摘発する目的のものとがある。言い換えれば、政策の成果を測る監査と行政機関に対する職務監察と、監査には2つの性格ないし方向性がある。前者は純粋な3E監査だが、後者は行政統制の目的で行われ、時の政権の意向を反映することから政治責任を問う要素が強い。ここでは直近の事例をを紹介し、監査がどんな性格をもっているのか見てみよう。

1, 脱南者射殺事件

 2020年9月に黄海を漂流していた公務員の男性が、北朝鮮軍に射殺された事件である。当時の文政権は、男性は自発的に北朝鮮へ行こうとしていたと発表したが、監査院は男性の漂流を発見してからの初動対応のずさんさと、国防部や海上警察が事件の調査結果を歪曲したことを指摘した。監査院は検察に捜査を要請し、その結果、当時の国防部長官だった徐旭(ソ・ウク)氏と海洋警察庁長だった金洪熙(キム・ホンヒ)氏が職権濫用の容疑で逮捕されることとなった。

2, 統計不正問題

 文政権の青瓦台が住宅などの統計を改ざんさせたとする問題について、先日、監査院は不正があったとする監査報告を発表した。政策の効果が出ているように見せるために、統計指標の計算方法を意図的に変更したというのだ。この監査報告に尹政権が賛意を示した一方で、前政権側は政治目的の監査だとして抗議しており、この事例は政治問題化している。

3, 世界スカウトジャンボリー大会問題

 全羅北道・セマングムで開催された世界スカウトジャンボリー大会をめぐって、ずさんな運営体制と巨額の予算の行方が明らかになった。監査院は、大会の運営に関係した全羅北道や文化体育観光部などを対象とし、監査を行うものとみられている。

 以上の3事例をみると、脱南者射殺事件をめぐる監査では危機管理体制の欠陥が問われ、統計不正問題をめぐる監査では行政運営の合法性が問われている。また、どちらも問題の摘発にとどまらず、監査を通じて前政権の政治不正を暴くこともねらいとしている。3E原則は行政運営に対するフィードバックを目的としたものであるが、政治不正の摘発は行政へのフィードバックの面より統制ないし処罰の面が現れているといえる。これらの監査は3E原則から外れる要素を含んでいるのだ。このように現政権が前政権の不正を摘発する構図は、監査院が政治報復の道具となっているという懸念の声を生む理由となっている。
 他方で、世界スカウトジャンボリー大会は尹政権の下で開催されたものである。この問題をめぐる監査は、大会運営の体制は万全だったのか、資金はどう使われたのかといった点を調査するものと思われる。つまり、施策の評価・点検を通じて行政運営の適正化を図る性格が前面に出てくるだろう。

むすび

 駆け足ながら、韓国の監査院とはどのような組織なのか、直近の事例を交えて解説した。韓国は汚職ばかりという向きもある。だが、汚職が明るみになるのは政治の真っ当な姿だろう。
 日本では、森友学園・加計学園をめぐる癒着や不正、厚生労働省や国土交通省における統計改ざん問題といった政治問題が発生している。行政監視院を国会に置く構想は何度か浮上しているが、今こそこの構想を具体化して、政治問題を調査する独立の機関を設けるべきだ。そういう意味で、韓国の監査院は我々日本人にとって参考になるものだと思う。

参考文献

会計検査院ホームページ(https://www.jbaudit.go.jp/index.html
総務省行政評価局ホームページ(https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/hyouka/
宋成植「〈研究〉韓国における職務監察とアカウンタビリティ」『筑波法政』no.23, pp233-255
長谷川博「韓国の監査検査院(BAI)について」『税制研究』no.50, pp231-243

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