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先生になるまで③

無事に大学を卒業し、赴任する中学校のある街に引越しをすることになった。赴任先の中学校の教頭先生から電話があり、教員住宅が当たること、近くにコンビニエンスストアもあること、電器屋さんも家具屋さんもあるので生活には困らないことなどを聞いた。だから、引越は某ネコのぼくの引越2㎡にお願いした。小型の2ドア冷蔵庫、SONY製の小型ブラウン管テレビ、洗濯機、布団、小さなテーブル、洗面・風呂道具、新調した紺のスーツをコンビテナーに積んでもらい、引越作業は10分で終わった。生活に必要な他のものは、現地で調達しようと考えていた。

いよいよ4年間お世話になった街ともお別れだ。あたたかい春風が顔をなでた。赴任先はJRで空港まで3時間、飛行機で1時間、さらにJRで5時間かかるところだ。一日で移動するのは難しかったので、途中宿泊した。翌日、教頭先生に公衆電話で赴任先最寄りのJR駅に到着する時刻を入力すると、引越荷物は送ったか問われた。

私「昨日、時刻指定で送りました!」

教頭「そうですか…。間に合わないかも…」

私「はあ?どういうことですか?」

教頭「ここは、時刻指定の意味がないんですよ~。とにかく、お気をつけてお越し下さい。みんな先生の赴任を心待ちにしていますよ!」

私「はあ…よ、よろしくお願いします!」

初めて「先生」と呼ばれ、嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちが混じった、背中にワラジムシが這うようなくすぐったい感覚になったまま電話を置き、列車に乗り込んだ。他の乗客はニヤニヤした若い兄さんが乗り込んできたから、さぞかし気持ち悪かったであろう。しばらくして走り出した列車の中で冷静に考えた。「時刻指定ができないって…」赴任先は想像を絶するかなりの田舎なのかもしれないという予感がした。

大学を卒業した後も、仲間達と別れを惜しむ飲み会などが続いて疲れていたからか、ウツラウツラして眠ってしまった。3時間くらい列車に揺られただろうか。ふと顔を上げると車窓から見える風景に驚いた。一面、笹藪なのだ。しかも、所々、ザラメ状の雪が残っている。先ほどより、列車の揺れが大きい。ガタンゴトン、ガタンゴトンという音も大きくなっている。私の鼓動も合わせるようにドクン、ドクンと大きくなっていた。

やがて赴任先の最寄りの駅につき、列車を降りた。改札をでると体格の良いおじさんが近づいてきて、「ようこそ、○○先生!」と声をかけられた。教頭先生だった。名札もつけているわけでもないのに、私だとわかるとはと驚いて周りを見渡すと、降車して改札を出たのは私だけであった。

教頭「疲れたでしょう、○○先生」

教頭「まだ、荷物は届いてないようです。昼から来ると思います。まずは、住宅を案内しますね。」

私「お願いいたします!」

教頭が運転する車に乗り、少し走った所で平屋の二軒長屋に着いた。住宅の回りはまだ雪が残っていた。玄関はドアではなく引戸で、玄関のすぐ横にベンチレーターがついており、カラカラと音をたてて回っているではないか。祖母の家を思い出す。ボットン便所だ。「うわ~やべえ」と立ち止まっていると、教頭は部屋から手招きしている。

教頭「一人て住むには広すぎるかな。」

私「…。」

部屋に入ると、古くさい臭いがした。床をみると、ワラジムシがノコノコ歩いている。背中をワラジムシが這う感覚に襲われ凍りついた。トイレはやっぱりボットンだ。和式で蓋がついていた。前の先生が汲み取りお願いしてたから大丈夫と言いながら、教頭が蓋を開けると、ブ~ンとハエが飛び出し便所の窓でジッジーッと羽音をたてている。「とんでもないところに来てしまった…。」

教頭は台所、風呂に案内してくれた。くすみのあるステンレス製のシンクには、蛇口がひとつ。

教頭「先生、湯沸し器はもってきた?」

私「い、いいえ、ないです。」

教頭「それは大変ですね、前に住んでいた先生が物置に置いていったからつければいい。ああ、大丈夫。近くに電器屋さんあるから大丈夫ですよ。そうだ、先生、ストーブは?」

私「ないです。」

教頭「そりゃまずい。ストーブは7月でも焚くことあるから。」

私「えっ、エアコンが必要な…」

教頭「わっはっは!ここは夏でも25℃くらいで涼しいからなあ。」

私「そうですか…」

教頭「そうそう、こっちがお風呂。」

コンクリートの上に、朽ちかけたようなスノコ。端の方には謎のキノコが生えていた。水色の浴槽は、いつも湯がはられていたであろう高さのところが帯状に黄ばんでいた。さらに、横には2つ穴が開いていた。そういえば某社の風呂釜洗浄剤には、2つ穴用ってのがあったな。

教頭「先生、ストーブ買いに行こう!」

私「お金、持ち合わせが…」

教頭「大丈夫、初任給で支払えばいいから。」

ニコニコしながら爽やかに言う教頭とは裏腹に、スノコに生えた毒キノコがウッシッシと笑っているようだった。

「あ~、色々と試される毎日になりそうだなあ。」




いつもありがとうございます。私は高校の先生、妻は専業主婦です。妻は保育士資格をいかして保育所を開設したいようです。安心して子どもを預け、子どもの成長をあたたかく見守る保育所を開設するために、支援をお願いいたします。