見出し画像

くるまの娘 あの人たちは私の、親であり子どもなのだ

もし外部の力が働いたとしても、自分はこの家から保護されたいわけではないということだった。かんこもまた、この地獄を巻き起こす一員だ。だからかんこが、一人で抜け出し、被害者のようにふるまうのは違った。みんな傷ついているのだ、とかんこは言いたかった。みんな傷ついて、どうしようもないのだ。助けるなら全員を救ってくれ、丸ごと、救ってくれ。誰かを加害者に決めつけるなら、誰かがその役割を押し付けられるのなら、そんなものは助けでもなんでもない。

p82

Wenn äußere Kräfte am Werk waren, dann wollte er nicht vor diesem Haus geschützt werden. Kanko ist auch ein Teil dieser Hölle. Es war also nicht richtig, dass Kanko sich allein aus dem Staub machte und sich wie ein Opfer verhielt. Jeder ist verletzt, wollte sie sagen. Alle sind verletzt, und du kannst nichts dagegen tun. Wenn du sie retten willst, dann rette sie alle, rette sie alle, rette sie alle. Wenn man jemandem die Rolle des Täters zuweist, wenn jemand in diese Rolle gezwungen wird, dann ist das keine Hilfe.

家族と苦しむこと選ぶ心理】

作品では、傷つけ合うのを避けるために家を出るよりも、家族とともに苦しむことを選ぶ主人公の心理もつづっていきます。

『愛情は一方的に注がれるばかりではなかった。助けてくれ愛してくれと手を伸ばされながら、育ってきた』

『愛されなかった人間、傷ついた人間の、そばにいたかった。背負って、ともに地獄を抜け出したかった。そうしたいからもがいている。そうできないから、泣いているのに』

沼津出身芥川賞作家 宇佐見りん「くるまの娘」に込めた祈り(2022年5月16日)

Die Psychologie der Entscheidung, mit der Familie zu leiden]
Das Werk beschreibt auch die Psychologie des Protagonisten, der sich dafür entscheidet, mit seiner Familie zu leiden, anstatt das Haus zu verlassen, um sich nicht gegenseitig zu verletzen. Die Liebe war nicht nur einseitig. Ich wollte für diejenigen da sein, die ungeliebt und verletzt waren. Ich wollte sie auf meinem Rücken tragen und mit ihnen aus der Hölle gehen. Ich kämpfe, weil ich es will. Ich weine, weil ich nicht kann.

シェルターとしての車

兄も弟も出てしまい、家にいるのは両親とかんこのみ。このままでは、父の暴力はかんこに集中し、心身が破綻しかねない。アルコール依存の母のケアも本当は心の負担になっている。両親に寄り添いつつ、身を守る場所として選ばれたのが、車である。

かんこは、祖母の葬儀の後から半年もの間、家に駐めた車の中で寝起きしていた。学校へは母の運転で行く。トイレはコンビニや公園、風呂は銭湯を使った。なにより車にいる限り、父の暴力から逃れることができた。そのおかげか、心身に変化が起こり、学校に通うことが負担でなくなった。以前のように泣いたり、叫んだりすることも減った。

車上生活者となることで、かんこは父の暴力を避けつつ、母を励ますこともできる場所を手に入れた。それは親を遠ざけて、関係を断つのではなく、親との関係を維持しつつアダルトチルドレンが回復する一風変わった道筋でもある。

あしかレビュー


もつれ合いながら脱しようともがくさまを「依存」の一語で切り捨ててしまえる大人たちが、数多あまた自立しているこの世をこそ、かんこは捨てたかった。ずっと、この世に自分が迷惑ばかりかけるから、社会の屑だから、消えなければならない気がしていた。だが、と思う。むしろ自立を最善の在り方とするようになったこの現代社会が、そうでなければ大人になれないなどと暖昧な言葉でもって迫る人里の掟じたいが、かんこにとってはすでに用済みなのかもしれない。かんこはこの車に乗っていたかった。この車に乗って、どこまでも駆け抜けていきたかった。


宇佐見りん「くるまの娘」