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親を亡くす事

マリーはまだベットにいた。ゲオルグが訪問して来たらしい。「パパはパン買いに行ってて、ママはまだベット。」と答える子供の声で目が覚めた。朝の9時。

マリーはバスルームから出て、階下のリビングルームに降りた。ゲオルグとグスタフはコーヒーを飲んでいた。話をしていた。「Hi! ゲオルグ。よく眠れた?難しいと思うけど、ちょっとは眠れてたらいいけど。」静かに、ゆっくりと、何かを包むように話す。目の周りを張らせた、 充血した後のような、意思のない瞳をゲオルグは向ける。「ja...doch schon....」

ゲオルグの子どもたちは、昨日の午後うちに来て、泊まった。

水曜日だったかな。小さな村のスーパーで、ゲオルグの妻のジョルジュを見かけた。「心からお悔やみ申し上げます。」マリーが言うと、ジョルジュは、苦笑いする。「ごめん、なんて言葉かけていいのか分からないから、なんか突然だったから、ビックリしたけど、ゲオルグは大丈夫?」とマリーは普段どうりに話する。

ゲオルグの母、ジョルジュの義理母は、喉からの出血で病院に運ばれた。救急処置の後、緩和治療が始められた。彼女のLiving-willに沿って治療を始めることを、医師は家族に告げた。それだけでなく、彼女は、「治療はしないで。点滴もしないで。」とハッキリと声に出して家族に伝えたという。ジョルジュはすぐに子どもたちを連れ、義理母を訪れた。義理母は意識がハッキリしており、孫としっかり話をした。 

ゲオルグの母は、いつもニコニコしていた。そして、いつも周りを明るくしていた。悪い天気が続き、家族みんなが愚痴を言っていた。「天気はどんよりしてるけど、私はどんよりしてないわ。逆じゃなくてよかった!」彼女が突然声にした時、ドッ!と大きな笑いが起きた。

深く落ち込んでいる時、彼女と話をすると、何でもないかのように思えてくる。親身であるが、真面目すぎない。彼女は一切苦労話はしなかった。本当に苦労しなかったのだろうか?5人の子どもたちを育てあげたのだ。

60歳の時、彼女はイスラエルに旅行したいと言った。ずっと家にいて、働いたことはなく、ヨーロッパから出た事がないのだ。ゲオルグに一緒に行かないかと聞いた。ゲオルグは、断った。そして、行かないように彼女を説得した。現地の言葉がわからない事。一人で海外旅行をしたことがない事。彼女は頷いた。2週間後、実家に帰ると、彼女の姿がない。ゲオルグが父に聞くと、「あー、ママは今、イスラエルだよ。。」彼女は、一人でイスラエルに飛んだ。初めてパスポートを作ったと、喜んでいたらしい。

自分がやりたい事は、やる。自分がしたい事は、分かっている。

95歳で、ベットの上で、彼女はしっかりと自分の意思を告げた。


Patientenverfügung ;  事前医療指示書 Living-will (尊厳死)

Palliative Behandlung ; 緩和治療 Palliative care

e Trauer ;「お別れ」人を失った時 bereavement 

r Kummer ;「悲嘆 」人も含めて何かを失った時の悲しみ grief


愛児を失うと親は人生の希望を奪われる。
配偶者が亡くなると,共に生きていくべき現在を失う。
友人が亡くなると,人は自分の一部を失う。
親が亡くなると,人は過去を失う

リンカーンの手記が収録されている『愛する人を 亡くしたとき』を著した E.A. グロルマン(アメリ カ,1925年)は,ユダヤ教のラビでもありますが,「愛児を失うと親は人生の希望を奪われる。配偶者 が亡くなると,共に生きていくべき現在を失う。友人が亡くなると,人は自分の一部を失う。親が亡くなると,人は過去を失う」と記しています。 子どもは成長していく存在ですから,成長する子どもを見ると将来を思い描く夢をもつことがで きます。ところが,未来に成長するはずの子どもを亡くすと,親は自分の未来もともになくしてし まうというのです。配偶者の場合には,共に生きている現在を,友人を亡くすと人は自分の一部を, 親が亡くなると,これまで育ってきた自分の過去 までが消えてしまう。どれも深い意味を持っています。(教育医療2 vol.37  Health and Death Education, Feb. 2011)

財団法人ライフ・プランニング・センター 2011年財団設立記念講演会 想いをつなぐ生きかた 財団法人ライフ・プランニング・センター 理事長 日野原 重明