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番外編:栗拾い

 秋の林は、鮮やかに塗り込められていた。燃えるような茜に、温かな黄色、色づいた木々は、雅やかな梢を競うように佇んでいる。

 サミュエルは、ちいさな弟の手を引いて、栗の木に向けてゆっくりと歩を進めた。

「サミュエル兄様、いっぱいひろえるといいね。」

「そうだね、エディ。たくさん採れたら、あとで母様と一緒にマロンケーキでも作ろうか。」

 サミュエルは、満杯になったところを想像しながら、空っぽの籠を持ち直した。

「じゃあ俺、いっぱいひろう。兄様と母様のケーキ、だいすきだから。」

 ケーキと聞いて、エドワードは太い眉を持ち上げた。大きすぎるおさがりの上着をぎゅっと握りしめ、金色の目を星のように輝かせている。

「うん。じゃあ一緒に頑張ろうか。ほら、エディ、あれが栗の木だよ。」

 黄色の絨毯を抜ければ、目的地はすぐそこだ。

 すこし開けた林の奥に、ひときわ大きな木が見える。

 この栗は、実が大ぶりで、マロンケーキにすると一等美味しい。

 サミュエルが初めてこの場所を訪れたときに、父がそう教えてくれた。あれは、エドワードが生まれる、すこし前だったろうか。

 あのときから、弟が大きくなったら、一緒に来たいと思っていたのだ。

「兄様。くり、あんまりない。」

 堪えきれずに木の下へ駆けていったエドワードが、悄然と振り返る。

「うーん、すこし早かったかなあ。」

 サミュエルは、凜々しい眉を八の字にして俯く弟の頭を、優しく撫でた。

 楽しみにしすぎて、気が急いてしまっただろうか。エドワードを喜ばせたくて、わざわざ遠出をしてきたのに、逆に悲しい顔をさせてしまった。

「だいじょうぶ、兄様。俺がおとす。」

 エドワードは、自信たっぷりに頷くと、栗の木にがっしりとしがみついた。

 年の割に力の強い子ではあるけれど、さすがにちいさな子供が揺さぶるのは無理がある。

 実を落とそうと躍起になっている弟を、サミュエルは、しばらく見守っていた。

 いくらなんでも、本当に落ちてはこないだろう。

「……しぶとい。」

「また今度来ようか、エディ。」

 サミュエルは、眉間に皺を寄せるエドワードの横顔に、諭すように言葉を掛けた。

「俺、ぜったいおとす……!」

 エドワードは、頑なに首を横に振ると、勢いよく木の幹を蹴りつけた。

 ざわざわと、木の葉ずれの音がする。

「エディ、危ない!」

 サミュエルは、咄嗟に手元にあった籠を弟の頭にかぶせた。ぐっと腕を引いて、後ろに飛びすさる。

「ね、おとせた。」

 地面を埋めるほどの栗を前に、エドワードは、頭に籠をかぶったまま、誇らしげに眉を上げている。

「うん、たくさん落とせたね。だけどエディ、もしも当たってしまったら、どうするつもりだったんだい? 栗は、いががあるからとても痛いんだよ。怪我をするかもしれないだろう。」

「ごめんなさい、兄様。こんどからは、かごをかぶってからにする。これ、父様のかぶとみたいでかっこいい。」

 ――本当は、二度とやらないで欲しい。

 それでも、籠をかぶって頬を上気させている弟を前に、そんな言葉は出てこなかった。

 珍しくはしゃいだエドワードは、今はもう、歩きながら夢の静寂に呑まれている。

 次に瞼が開く頃には、甘い香りがするだろう。

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