二人の兄弟(寓話)

『アナスタシアシリーズ』の中でアナスタシアは、著者のウラジーミル・メグレさん、そしてその向こう側にいる読者たちの理解を助けるために‟寓話”を駆使して語り掛けてくれている。今回は、その数多くの寓話の中から、僕が1番好きな寓話を紹介したい。

その寓話は『二人の兄弟』という話で、『アナスタシア4巻 共同の創造』の中で紹介されている。僕はこの寓話を読んで、頭をガツンと殴られたような衝撃を受けた。僕はその頃、‟叡智”や‟真理”と言われるようなものを必死に探し求めていたのだが、その行為自体が‟罠”であったということをはっきりと自覚させられたからだ。「これまで一体おれは何をしてきてたんだ…」と。

この寓話は、アナスタシアとウラジーミル・メグレ氏の‟真理”についての次のようなやり取りの中で語られ始める。

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「君がもし簡単に千年も昔の生活を描き映すことができるとしたら、それはつまり、君はすべての宗教の教えや教義や思想を知っていて、みんなに明示することができるっていうことだね?」

「人々の崇拝を呼び起した教えを知っている」

「全部?」

「ええ、全部」

「じゃあヴェーダ(インド最古の文献であり、バラモン教の根本聖典)を完全に訳すことはできるかい?」

「できる。でもなんのためにそんなことに時間を費やすの?」

「だって、君は人類に古代の教えを知らせたいと思わないのかい?君が話してくれたら、俺は本に書くよ」

「それでどうなるの?最終的に人類に何が起こるとあなたは考えるの?」

「どうって、人類が賢くなるだろう」

「ウラジーミル、まさにこれが闇の勢力の罠なの。彼らはありとあらゆる教えによって、人間が大事なことをみえないようにしようと欲しているのだから。真理の一部を、単に思考のための教義として描き出させて、大事なことを一生懸命に遠ざけているの」

「それじゃあ、いったいなぜ教えを説く人たちのことを人々は賢人と呼ぶんだ?」

「ウラジーミル、もしあなたが許してくれるならひとつ寓話を紹介させて。このたとえ話は、千年前に人目のつかないところで賢人たちがお互いにささやき声で伝え合ったもの。何世紀もの間、誰も聞いたことのない話なの」

「その話が何かを説明できると思うのなら、話してくれ」

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『二人の兄弟』

いつの時代であったかはまったく重要でないが、一組の夫婦が住んでいた。彼らには長い間子どもができなかった。高齢になってから妻は二人の息子を、双子の男の子、二人の兄弟を産んだ。難産のため、女は二人の子どもを産むと間もなくこの世を去ってしまった。

父は乳母を雇い、子どもたちを慈しみ育み、十四歳になるまで育て上げた。しかし息子たちが十五歳になる年の初めに、父親は死んでしまった。父を葬り、二人の兄弟は深い悲しみの中、部屋に座っていた。二人の双子の兄弟。この世に生まれ落ちたときの三分の時間差が二人を分け、一人が兄、もう一人が弟となった。深い悲しみの沈黙の後に、兄が口を開いた。

「我らの父は、死の床で、人生の叡智を我らに伝えられなかったことを嘆いていた。叡智なくしてどうやって我らは生きていけるだろうか、弟よ?我らの一族は、叡智のない不幸な一族として続いていくのだ。父親から叡智を受け取ることができた者たちが、我らのことを笑うかもしれない」

「悲しむな」弟が兄に言った。「兄さんはしばしば黙想にふけっていることがある、ともすれば時間が、兄さんに黙想の中で叡智を得ることを許すかもしれない。私は兄さんが言うことをなんでもしよう。私は黙想なくとも生きることができる、どうあっても私には生きることが愉しいのだ。私は、一日が始まるときも夕日が沈むときも嬉しいのだ。私はただ生きる、仕事に精を出す。兄さんは、叡智を得るのだ」

「そうしよう」兄は弟に答えた。「ただし、家にいては叡智を探し出すことはできない。誰もここにはそれを残さなかったし、それを我らのもとへ持ってくる者はいない。しかし私は決めた。私は兄である。我ら二人のために、一族が幾久しく続くように、世界にあるすべての叡智を探さなければならないのだ。探し出し、我らの家へと持ち込み、一族の子孫たちと我らにもたらそう。父母から受け継いだ高価な物を持ち出し、それで世界中を、あらゆる国の賢者たちを回ろう。彼らのすべての学問を知り、そして我らが生まれたこの家へ戻ろう」

「長い道のりになるだろう」弟は思いやるように言った。「我らには馬がある、馬と馬車を持って行け。役に立つものは何でも持って行くがいい、道中困ることがないように。私は家に残り、賢人となった兄さんを待っていよう」

兄弟は長い間離ればなれとなった。何年もの月日が流れ、賢者から賢者へ、寺院から寺院へと、東の教え、西、北、そして南の教えまで兄は得た。彼の記憶は大変優れており、鋭い知能ですべてを素早く容易く記憶していった。

六十年近くの間、兄は世界を歩き回った。髪も髭も白くなった。探求心あふれる男はくまなく旅して回り、叡智を得た。そして白髪のさすらい人は、人々の間で最も賢明なものとみなされるようになった。弟子たちが彼の後ろに群をなして続いた。彼は求める者たちに惜しみなく叡智を授けた。若者も年寄りも、感嘆しつつ彼に耳を傾けた。そして彼の行く先々で偉大な評判が先を行き、道中の村落には偉大な賢者が到着することが通達された。

栄光の輪の中で、媚びへつらう弟子たちの一群に囲まれながら村へ近づいた。十五歳の若者の頃に離れた、六十年間帰ることのなかった生家のある村へ、白髪の賢者は少しずつ近づいていった。

村の人々はみな、彼を迎えるべく出てきた。そして彼の弟もよく似た白髪をはやし、歓喜して迎えに走り出て、兄弟である賢者の前に頭を垂れた。そして感極まってささやいた。

「賢者の兄よ、私に祝福を。我らの家に入れ、私が長旅の後の兄さんの足を洗ってやろう。我らの家に入るがいい、賢い兄よ、そして休むがいい」

賢者は堂々たる振る舞いで、弟子たちに丘の上に残って出迎えの村人たちからの貢物を受け、賢明なる対話に応じるよう命じた後、弟について家に入った。堂々たる白髪の賢人は、百姓家の広間の一面を占める机の前に腰かけた。弟は暖かい湯で彼の足を洗い始め、兄である賢人の言葉を聞いていた。

賢人は話した。

「私は自分の義務を果たした。偉大な賢人たちの教えを学び、自分の教えも説いた。私は家には長く留まらぬ。他の者たちを教えることが私の運命なのだ。しかし私はお前に、この家に叡智を持ち帰ると約束した。約束を果たすため、私はお前のところに一日いよう。その時間に最高の叡智の真理を、私の弟であるお前に伝えよう。まず第一に、すべての人々は美しい園に暮らさなければならない」

美しい刺繍が施してある清潔な布で足を拭き、すべてが兄に喜ばれるようにとせわしなく動きながら、弟は彼に言った。

「机の上にある果実の味をみるがいい。我が家の園でとれたものだ。兄さんのために私が一番良い実を選んでとったのだ」

果実は様々な種類の素晴らしいもので、賢人は思慮深く味わい、話を続けた。

「地上に生きる人間一人ひとりが、自分で先祖の木を育てなければならない。死ねば、その木が彼の子孫たちによい思い出として残るのだ。その木は子孫たちが呼吸するために空気を清めるだろう。我らみなが良い空気で呼吸をしなければならないのだ」

弟は慌てだし、せわしない様子で言った。

「許せ、賢い兄よ、私は窓を開けるのを忘れていた。兄さんに新鮮な空気を吸わせるために」彼はカーテンを開き、窓をいっぱいに開け放ち、言葉を続けた。「そら、二本の杉の木から空気を吸うがいい。兄さんが出発したあの年に私が植えた木だ。苗木のための一つ目の穴は私の鋤(すき)で掘り、二つ目の窪みは、我らが子どもの頃に兄さんが遊んでいた鋤で掘ったのだ」

賢人は思慮深げに二本の木を眺め、それから続けた。

「愛とは、偉大なる意識である。すべての人々が最愛の人と人生を送れるとは限らない。偉大なる叡智がある。誰もが日々、愛に向かって進むべし」

「おお、なんと賢明なのだ、我が兄よ!」弟は叫んだ。「偉大な叡智を兄さんは知った。そして私は兄さんの前にうろたえ、許せ、妻さえも紹介せぬままであった」そして扉の方へ向かって叫んだ。「ばあさんや、どこにおるのだ?私の飯炊きさんや」

「ここにおりますよ」戸口に朗らかな老婆が、湯気の立ったピローグ(ロシアの伝統的なパイ)をのせた皿を持って姿をみせた。「ピローグに手を取られていましたの」

机の上にピローグを置き、朗らかな老婆はおどけて、二人の兄弟の前で右ひざをかがめて滑稽なお辞儀をしてみせた。そして弟、自分の伴侶のそばへ近付き、半ばささやくように話した。しかし兄にもそのささやきは聞こえていた。

「それはそうと、ごめんなさいね、あなた。私はすぐ部屋を失礼するわね。ちょっと横にならなければ」

「何を言っているのだ、だらしないではないか、急に休むなどと言い出して。大事なお客なのだぞ、私の実の兄弟なのだ。それなにお前は…」

「私のせいではありませんよ。目がまわるの、そしてちょっと吐き気もするんですよ」

「おや、いったいどこからそんなものがお前に、働き者の女に訪れるのか」

「もしかしたら、あなたのせいかもしれませんよ、たぶんまた子どもが生まれるんですよ」老婆は立ち去りながら笑って言った。

「我が兄よ、許せ」弟はきまり悪そうに兄に謝った。「叡智の価値を知らぬのだ。彼女はいつも陽気でおった。年をとってなお陽気な女のままでおる」

賢人はより長く思慮にふけっていた。彼の黙想を、子どもたちの声が破った。子どもたちの声を聞き、賢人は言った。

「偉大なる叡智を知ることを、一人ひとりが目指さねばならない。子どもたちを幸せで正直に育てるにはどのようにすべきか」

「話してくれ、賢明なる兄よ、私は子どもや孫たちを幸せにすることを熱望しているのだ。そら、入ってきたぞ、私の騒々しい孫たちが」

六歳に満たない二人の男の子と四歳くらいの女の子が戸口の前に立ち、言い合いをしている。早く子どもらをなだめようと、弟は急ぎ口調で言った。

「お前たち、何があったのか素早く話してみなさい、騒々しいではないか。そして私たちが話をするのを邪魔しないでおくれ」

「あれ」小さい方の男の子が叫んだ、「一人のじいちゃんから、二人のじいちゃんになった。どっちが僕たちのでどっちが違うか、どうやったらわかるの?」

「ほら、こっちが私たちのおじいちゃまよ、わからないの?」

兄弟の弟の方へ、小さな孫娘が駆け寄り、脚へ頬を押し当て髭を引っ張りながら、おしゃべりを始めた。

「おじいちゃま、おじいちゃま、私ひとりでおじいちゃまのところに急いで来たのよ、踊りを覚えたから、みせに来たの。お兄ちゃんたちは私の後について来たんだから。一人はね、おじいちゃまとお絵かきしたいんだって。みて、板とチョークを持って来たわ。もう一人はね、木笛とね、あし笛を持って来たの。おじいちゃまにあし笛を吹いてほしいって、それに木笛も吹いてほしいんだって。おじいちゃま、おじいちゃま、私が一番におじいちゃまのところに行くって決めたの。お兄ちゃんたちにそう言って。お家に帰れって言って」

「ちがう、僕が初めにお絵かきしようと思って歩いていたんだ。後で兄ちゃんが一緒に行くって決めたんだ、笛を吹きに行くって」薄い板きれを持った男の子が意見した。

「おじいちゃまたち二人で決めてね」孫娘がさえずる。「私たちの中で誰が一番に歩き出したか。私が一番だったって決めてね、じゃないと悔しくてしくしく泣いちゃうわ」

賢人は微笑みと寂しさを込めた目で孫たちをみつめていた。答えを思案しながら、賢人は額のしわを伸ばすようにさすっていたが、何も言わなかった。

弟は気疲れし、間が長引くのを止めた。思案することもなく素早く子どもの手から木笛を取り、言った。

「お前たちに喧嘩するようなことは何もないぞ。さあ踊りなさい、美人さん、私の踊り子さんや。私は踊りに合わせて木笛を吹こう。あし笛で私の小さな音楽家が演奏を助けてくれるのだ。画家よ、お前は音楽の音が奏でるものを描きなさい。それにバレリーナが踊る姿を描くのだよ。いいかい、じゃあ今みんなで一斉に始めるぞ」

弟は木笛で陽気な美しいメロディーを奏でた、そして孫たちはみんな夢中で一斉に彼に続いた、自分の得意なものを繰り出しながら。あし笛で、後の有名な音楽家は偉大なるメロディーに遅れないようについていった。バレリーナのように女の子は飛び跳ね、顔を満面に赤らめ、嬉々として踊りを紡いだ。未来の画家は嬉しそうに絵を描いていた。

賢人は黙っていた。賢人は知ったのだ…。陽気なひとときが終わったとき、彼は立ち上がり語った。

「覚えているか、我が弟よ、父の鑿(のみ)と金槌を。それを私にくれぬか、私は自分の重要な教えを岩に刻みたいのだ。私は出ていく。おそらくもう戻らないだろう。私を引き止めるな、そして待つな」

兄は去った。白髪の賢人は弟子たちを伴って岩へ近づいた。細道がその岩を迂回し、さすらい人らを彼らの生家から遠い果てへと呼び招いていた。昼が過ぎ、夜が訪れた。白髪の賢人は岩を叩き続け、詩を刻んだ。白髪の老人が刻み終え、弟子たちは岩に書いてある詩を読んだ。

『何を探すか さすらう者よ すべてを手にし 新しきを知ることなく 一足ごとに失う者よ』

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アナスタシアは話し終えて黙り、問いかけるように私の目をみた。”このたとえ話から何かわかったか?”とおそらく思っているのだ。

「アナスタシア、俺がこの寓話から理解したことは、兄が話していた叡智は全部、弟が人生の中で具体的に実現していたということだ。でもわからないのは、誰が弟にこういったすべての叡智を授けたんだ?」

「誰も。すべての大宇宙の叡智は、一人ひとりの人間の魂に、永遠に宿っている。魂が創造されたその瞬間から。賢人たちはしばしば勿体ぶっているだけで、自分の都合のいいように、大切なことから魂を遠ざけているの」

「大切なことから?じゃあ大切なことって、どこにあるんだ?」


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