wakatteTVはなぜ人気なのか~学歴煽りの社会的効用~
「あなたの通う、大学・学部を教えてください」小太りの眼鏡をかけた人にいきなりこう聞かれたら、多くの人は「不躾な人だ」と思うはずです。人の学歴を尋ねることをためらいもせず、社会に生きている人間を徹底的に偏差値で序列する「エンタメ型学歴煽り」を提供する、wakatteTVというYoutubeチャンネルは、いまやチャンネル登録者数15万人(2020年11月11日現在)という圧倒的な人気を博しています。一見不快に思えるこのチャンネルが、どうしてここまでの人気を勝ち取れたのでしょうか?そして人々はなぜ今、学歴至上主義を肯定するような「過激」なチャンネルに注目するのでしょうか?それを繙くと、今までタブー視されてきた「学歴煽り」の社会的効用が見えてくるのです。
「学歴」というのは、社会人になるうえで昔から重要な要素でした。人気のある会社には何万人という就職希望者が押し寄せるわけですから、学歴という画一的な基準によってその人の努力を判断するということは、ごく自然な流れだったのです。一方の受験生はというと、なるべく高い学歴を手に入れようと必死で努力し、時には浪人も経験しながら栄冠を勝ち取ろうとします。現在では子供の数も減少し、「学歴フィルター」なるものを採用する企業も少なくなってきましたが、「高学歴」という肩書は依然として大きなブランドとして機能しています。「学歴」は努力の証であり、学生時代までの通信簿のように扱われることも多いです。であるからこそ、「人に学歴を尋ねる」というのは何かその人の価値の真贋を聞いているような感じがして、あまり心地の良いものではありません。学歴を尋ねるというのは、合コンや面接など、「人を判断する」という特別な場面でしか起こらないことなのです。
ですから、このwakatteTVというチャンネルを初めて見たとき、私は驚愕しました。街中で大胆に学歴を尋ね、堂々と高学歴を称え低学歴を煽る。今まで多くの人が憚っていたことを、あれほどまでにエンタメ性をもって提供するコンテンツは斬新としか言いようがありません。人間というのは、なにか斬新なものを目にしたとき、まずは従来のものとのギャップに喘ぎます。喘ぎ方は人それぞれですが、そのギャップを「面白い」「革新的だ」と褒める人もいれば、「つまらない」「不快だ」と貶す人もいます。私は明確に後者の方でした。学歴を尋ねることは(相手の学歴の良し悪しによらず)失礼なことだと思っていたので、何か迷惑系Youtuberを見ているような感覚で、「こんなチャンネル炎上してすぐ潰れるだろう」と思っていました。ですが、なぜか動画を見てしまうのです。嫌だとわかっていても見てしまう、ある種の中毒性を纏っているようなチャンネルでもあり、気づいたころには「不快」という感情は全くなくなっていました。
なぜ、あれほどまで失礼・不快を極めた学歴煽りの動画に抵抗がなくなるのでしょうか。それは、「人に学歴を尋ねる」という行為が失礼だとか迷惑というのはあくまで価値観に過ぎないからです。俗にいう迷惑系Youtuberというのは、店の商品を勝手に開けたり、物を壊したり落書きしたりする行為をしますが、これらが「迷惑」なのは価値観ではなく、絶対的なものです。それに対し、「人に学歴を尋ねる」ということは絶対的な迷惑ではありません。何度もその光景を目にしてしまえば、「失礼」という価値観は簡単に揺らいでしまいます。ましてwakatteTVには学歴の高低をまるでエンタメ番組のように「笑い」に変えて提供するわけですから、「不快」という感情は時間が経てばなくなってしまうのです。つまり、動画を見始めたときの「不快」という感覚さえ乗り切ってしまえば、wakatteTVの今まで誰も見たことのない学歴煽りに熱中してしまうのです。おそらくこの動画を初見でチャンネル登録する人は少ないと思いますが、何度も視聴することでその面白さに気づき、チャンネル登録に手が伸びるのでしょう。その段階に達した人が15万人もいるというのだから、驚きです。そして、「学歴を煽る」といのはなかなかに刺激的なことでもあります。普段面と向かって言えないことを代弁してくれるという痛快さに、一部の人間はドはまりするのです。
では、そのドはまりする「一部の人間」とは、どういった層の人間でしょうか?wakatteTVを「面白い」と感じるためには、学歴に対する優越感と劣等感(いわゆる「学歴マウント」や「学歴コンプ」)が必要です。自分が保持している学歴と比較して、「あいつは天才そうだ」とか「あいつは頭よさそうに見せて実は馬鹿だ」(ここでいう「天才」「馬鹿」はもちろん学歴が自分より高いか低いかという意味です)といった一時の感情を楽しむのがあの動画の醍醐味なのです。「学歴コンプ」つまり劣等感というのは「妬み」「敗北感」といった感情から生み出されます。学歴についてそういった感情が芽生えるということは、それなりに勉強に対して情熱を注いだ人にしか現れません。専門学校だったり高卒だったりする人は、そもそも大学受験に対して意識を向けていないので、(大学受験に失敗してそうなった人は別ですが)学歴コンプが生まれることはありません。したがって、「学歴煽り」の動画を視聴しても、特に面白いとも感じることはないでしょう。受験に頑張って挑戦したが失敗してしまった、という人は「学歴コンプ」を抱え、動画内で自分より頭のいい人のあらを探したり羨んだり、そもそも受験に参戦していない高卒・専門生から心の平穏を得たりして、知らず知らずのうちにハマっていくのです。反対に、「学歴マウント」つまり優越感というのは、苛烈な受験戦争を乗り越えて得た学歴の満足感から来るものです。たまに受験を楽勝に乗り越えてしまう本物の天才がいますが、そういった人たちにはもはや「学歴」なんていう肩書は通過点に過ぎず、どんなに優秀な学歴でも優越感を抱くことはありませんから、「学歴煽り」の動画にも何ら面白みを感じないでしょう。ギリギリの戦いで受験に勝ち抜いた「頭のいい人」こそが動画に出てくる自分より低学歴な人々に優越感を抱き、知らず知らずのうちにハマっていくのです。また、まだ受験を経験していない中高生というのは、自分を比較対象にすることはできませんが、ある意味客観的な視点で学歴煽りを楽しめます。自分と比較しなければ優越感や劣等感は抱けませんから「この人は頭いいんだ」とか、「頭の悪い人はこういう特徴があるんだ」といった印象を、いわば「神の視点」で眺めることができるのです。とはいえ、「自分はレベルの高い学校に行くんだ」という意識がある人は、「レベルの高い学校を目指している」ことが価値となり、まだ受験を経験していないにもかかわらず低学歴の人に優越感を抱きやすいのも事実です。ある程度レベルの高い学校を目指している中高生であれば、だれでもハマる可能性があるでしょう。つまり、視聴者にとって、wakatteTVはこうした心の奥底に眠る「学歴に対する優越感・劣等感」を表層にえぐりだして射幸心を煽る、非常に中毒性の強いチャンネルなのです。
ここまで、「優越感」「劣等感」といった少し大袈裟な表現を使いましたが、実際ある程度の学歴を持っている人には誰でもそういった感情は存在するはずです。そうでなければ、受験に対する熱情は生まれません。「学歴マウント」「学歴コンプ」というと聞こえの悪い言葉に思えますが、「学歴マウント」「学歴コンプ」を持っているということはそれだけ受験に真剣に取り組んだ証であり、むしろ誇っていいことなのです。もちろん、これらを拗らせてしまうと人格が歪んでしまい、他人を必要以上に貶めたり僻んだりしてしまいます。しかし、そこまで重症化するような人は受験戦争に勝利敗北したから拗らせたのではなく、そもそも人間性に問題がある人です。学歴以前に、精神面とか、人間性といった他のもっと大事な面で既に敗北していることを自覚しなければなりませんね。
さて、「学歴マウント」「学歴コンプ」を得た人々は、日常生活ではそういった感情を表に出しません、というか出すことができません。当たり前ですね。恥ずかしいですもん。面と向かって「あなたの方が低学歴ですね、私の勝ちです」なんて言える世の中ではありません。ですが、wakatteTVというコンテンツでは、許されます。むしろ高学歴での煽り倒しは歓迎されることでしょう。深層心理で抱いていた感情を、一気に爆発させることができる場所なのです。wakatteTVというのは、そうした人々に感情を曝け出す場所を与えたとともに、「学歴煽り」という文化の有用性を世界に知らしめたのです。「学歴煽り」というのは、受験を経験したあらゆる人が満足感を得られるオアシスであり、また、これからの受験生に対して「高学歴になりたい」という強力なインセンティブを与えることにもなるのです。
ここで一つ突っ込まれることがあるでしょう。「学歴煽り」は「低学歴」を食い物にしているのではないか?という疑問です。しかし、この批判は失当です。確かに「低学歴を見て優越感を抱く」という学歴煽りの構造はまるで低学歴の人を貶めているように思えます。ですが、彼らは決して低学歴の人の人間性を貶めているわけではありません。もしそういう人がいたら、それは完全に「学歴コンプ」を「拗らせ」ている部類に入るのであり、先述したように完全にその人の人間性に問題があると言わざるを得ません。社会的効用のある「学歴煽り」とは、あくまでその人の「学歴」という部分だけを抜き取って、偏差値の大小で優越感を抱くということに過ぎません。wakatteTVも「低学歴の人間性を貶める」と「低学歴の学歴を貶める」という部分は峻別しています。言うまでもありませんが、学歴で人の価値は決まりません。受験という一つの側面で測った指標に過ぎません。その指標の大小を比べ、「低学歴を見て優越感を抱く」というのは、何らその人の価値を貶めるものではないのです。ですから、私は「学歴煽り」という文化をもっと広めるべきなのではないかと、wakatteTVを見て感じた次第です。