みどり荘の配信者たち

僕らはそれぞれに職業を持っていたが、同じ種類の人間だった。

あの日、アフロが持ってきた物件情報は明らかに家賃が低すぎたし、空き室が多すぎた。だが彼の仔犬のようなキラキラした上目遣いを無碍にはできなかった。

かくして僕ら5人はひとつ屋根の下、畳が湿気で浮き始めている築60年のみどり荘で配信者として活動を始めたのだった。

「こきたねぇアパートだなぁ」
黄緑色のスーツケースがガラガラを音を立てる。ケンジは長年の日光と雨で余計な風格を持ったみどり荘の壁を見てつぶやいた。

「早く出られるように頑張る、という意味ではいいスタートですぞ」
丸眼鏡をぐいと中指で押し上げ、サイモンはボロボロのナイロンでできたリュックサックを肩にかけ直した。

「アタシは女子なんだから気安く部屋に入ってこないでよ!」
性転換手術の費用を貯めるため、唯一の女性という肩書きで志願したレイナ。戸籍上は今田慎之介。れっきとした男である。

「皆さんこっちですよ!」
アフロが今にも外れてしまいそうな玄関の扉を勢いよく開き手を振って我々を招き入れた。

ここには僕らしかいない。夜中に叫んでも咎められることはない。配信者にとってこれ以上ありがたいことはないのだ。

玄関ホールは想像より片付いておりあっさりとしていた。床の間、漆喰の壁に部屋数分の集合ポスト、各部屋へと続く階段おそらく物置であろう縦長の木製ロッカー。あとは給湯室、共同トイレ、共同脱衣所に風呂、どれもドアを隔てている。軋む階段を上り僕は103号室へと入った。

荷物を乱暴に畳に下ろし、窓を開け寝転んでみる。春の陽気と小鳥のさえずりが全身に浴びせられる。ここが僕の城だ。ここから僕の第二の人生が始まる。そう思うと体が震えた。武者震いというやつに違いない。

「おい、買い出し行こうぜ」
102号室のケンジが飛び込んできた。僕はなけなしの腹筋を消費して体を持ち上げる。すると腹が鳴った。
「腹減ってるんだろ? 食いもんねぇから買いに行くぞ、あと全員ネット回線ないからまとめて契約するぞ」
ケンジは指をパチンと鳴らした。
「もちろん、割引でな」
彼は肩まで伸びたストレートの髪の毛をたなびかせ廊下へと出ていった。彼は少しかっこいいが、ほとんどが気持ち悪かった。

近所にスーパーがあるのは貧乏人でものぐさの僕らにとってとても助かった。スーパーよりもコンビニが近かったら食費が三倍には膨れ上がっていただろう。

レイナの発案で引越しパーティをやろうという話になり大量の酒と惣菜を買い込んだ。明日からの食事も考えて生肉や野菜、米やパン、目についたものをどんどんかごに放り投げていった。

そうして大袋6つを引っ提げて1キロ先の電気屋に向かい、5人分のインターネット回線を契約。工事費無料、1人あたり月額1500円という安さにねぎることができた。

帰る頃には両手に袋をぶら下げていたアフロの指がうっ血し、ほとんど壊死しかけていた。彼は全身に冷や汗をかきながらなんとか玄関ホールにたどり着いた。

「よし、今日の分は給湯室に持っていって残りは冷蔵庫に保管だ!」
ケンジの鶴の一声に全員無言で頷く。疲れきって言葉は出なかった。

「冷蔵庫ってどこ? ケンジの部屋?」
「いや、俺持ってない」

かくして僕らは大袋6つ分を今日中に消費せざるを得なくなった。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?