ハッピーエンド

春休み、二年半ぶりに実家に帰省した。自分の母親と、孫の話以外一生アイドルの話を語り尽くしてしまい、自分の母親から脈々と受け継がれ我が息子へと流れるこのオタクの血を嫌ほど、感じる帰郷となった。

話ついでに、小学生からの推しの25年目のファンクラブ更新をせずに、韓国アイドル一本にしようと思っていることを、同じくジャニオタの母に報告すると、

「わたしは更新するよ。まだ熱い気持ちが残っているからね。」と、謎の熱さマウントを取られた。

私の母が、今のジャニオタを始めたのは奇しくも、今の私と同じ年の頃だ。
アイドルの彼に先んじて落ちていたわたしが中学校に行っている間に、録画されていた私の推しのドラマを見て、同じ沼にそっと落ちてきた。

学校から帰宅したわたしに、「見て、この場面、めっちゃよくない?」と、リモコンを握りしめ、 振り向きもせずに、アイドルの彼が生米を口にぶち込まれている『良い場面』を繰り返し見る母の背中を見たあの日が、彼女がこの沼に落ちた日だと思う。
高校受験控えた年末にカウントダウンライブへ遠征し、大学受験の下見で推しの自宅近くの住宅街を歩き回り、大学進学後は東京を拠点として推しの舞台を観劇しまくった。
彼女はわたしを隠れ蓑にし、わたしは彼女をパトロンとし、あれからずっと共犯者として活動してきた。

その彼女との共犯関係も時と共に形を変える。わたしは結婚し現場へ行きにくくなり、彼女は歳をとり東京に出るのが面倒くさくなった。現場に一緒に行ったのが、もう5年以上前にもなるのがなんだか寂しい。なんでもずっと同じままではいられないのだ。

そういう彼女も、今は韓国アイドルを兼務している。60代で、初めてのケーポで、韓国からCD買って、供給を消化し必死に追いかけており、40代のジャニーズと10代の韓国アイドルを比べて、超辛辣な意見を真顔で言ったりもする。

その彼女でもまだ、ジャニオタとして熱い気持ちが残っているというのだ。

わたしはと言えば、熱さが無くなったのかと、自答すれば、心は揺らぎ、ファンクラブの更新日を超えるまでしばらく、情緒不安定な日々だった。

25年はそれほどに長い。ほぼほぼ我が人生だと思う。


ちゃんとさよならを言えたのか、その最後の日々をわたしはどう過ごしてたか、向き合えないまま時の過ぎゆく流れに任せてしまった。

完全に無くなった訳ではない自分の思いを口に出せば、今だって君を大事に思っていることは確かなのだ。

君は、幼いわたしが今のこのわたしになっていった過程で、最も私の心の近くにいた他人だと思う。

君への思いはひたひたに実った。それを持て余したままで、君がいなくてもわたしは大人になったし、今だってそれなりにやっている。

学生時代からの友人達に、離れようと思うと伝えた時の反応は驚きながらも、「ついに、とうとう来たか!」だった。

そのくらい最近のわたしたちは曖昧だったし、揺らいでいたし、それでも話が盛り上がるくらいには私にとって君の存在は大きくて、わたしたちは一つだった。

大好きな人が出来て、その人と結婚することになって、子供が産まれて、変わっていったのはわたしなんだけど、変わらなかった君の事を少し憎らしく思っているのはなんでなんだろう。

いつも変わらず存在して、全てを背負いながらもまっすぐ立ち続けてくれた、こんなに安心安定の君に感謝以外ないはずなのに、ずっともどかしい気持ちがあって、もっと凄い場所に行って欲しい!!と思い続けていた気がする。ただ、いつだって君が私に返してくれるものは、私の想像よりずっと最高で、大事にされているとちゃんと感じられるものだった。今も君の作ってきたどの作品も、心踊る素晴らしいものだって胸張って言える。

息子ができたとき、君みたいになって欲しいって思った。君みたいに聡明でまっすぐな美しい男になってほしかった。大好きな人の子を産んでもなお、いつも君は私にとってそういう存在だった。

君がいれば満たされていたわたしが、守るものが増えて、見えるものが変わっていって、君の存在はどんどん小さくなっていって、大事だったのに何処にしまったか分からないおもちゃみたいになった。

今だってふとした瞬間に君を見つければ、思わず見てしまうし、わたしはこれからも君の面影を探すと思う。


でも、おわりだね。終わりにしよう。


最後の日々、胸が苦しくて、なんで離れようとしてるんだろうって何度も考えた。
明日にしよう、終わりはまた今度にしようってずっと引き伸ばしてきて、でも結局、どうしても君が必要で離れたくないっては、思わなかったんだ。


君がいなくても大丈夫だから、おわり。

ありがとう。たくさんの気持ちと経験と喜びを。

わたしには、新しい彼(韓国アイドルの推し)ができたよ。

踏ん切りがつかなくて、この気持ちを決めるのに一年かかってしまった。

新しい彼とはどうだろ、もしかしたら君とみたいには長く続かないかも。

新しい彼も、君のようにすごく綺麗な子。君と似た感じの長髪で、中性的な色気のあるとても魅力的な子だと思う。
この子に会って、わたしは自分が男性の毛にとてつもなく拘りがあるって気づいたんだ(以下、センシティブな表現が増えます。お気を付けください)

コロナ禍で、韓国アイドルのサバイバル番組にはまって、そこから人気な韓国アイドルを見始めて、韓国は男性アイドルも脇毛を剃るという事を知った。男性の毛に対するわたしの凝り固まっていた既成概念が、根底から、思ってもみなかったタイミングで、それも最高に新しい方へ転がったんだよ。わかるかな、疑問を感じていなかったところに突然拓ける視野のその眩しいこと。すごい経験だった。これがセンシティブなテーマってことはわかる。絶対そうなんだけど、たしかにある自分の気持ちは、もう無視できるレベルを超えていてだね(オタク早口)

このこだわりを持つわたしを作ったのは確かに君なんだよ。
髪の長い、美しくて儚い君が好きだった。綺麗だった。女性的な雰囲気の綺麗な男、髪の長い君が表現していた、筋肉質でタイトな男性だけどその長い前髪のかかる横顔の儚くて美しくあることの特異性を、わたしは心から愛していた。涼し気で男性ホルモン弱めな男性が好みなんだと、思っていたんだけど、それ以上に、わたしは毛に拘っていたんだよね。自分でも気付かぬうちに、大昔からわたしは毛への思いを持ってたんだよ。今ならはっきりわかるんだけど、気づくのに25年もかかっちゃったよ。(かなりオタク早口)

3年前、役のために君が何十年ぶりに長髪になった時、わたしは本当に浮き足だったよ。30代の長髪はまじで最高だったし、それはそれは色っぽいし、美しいし綺麗だった。その一年後に他の子に目移りしてるなんて想像できなかった。

それほど、無毛の脇の引力やばかったんだよ。

長髪の魅力を上回る、男性性と女性性のミクスチャーで、初めてみたそれは、初めての興奮だった。性を超えるんだよ。これまでの男は毛があってもいい、女は無い方がいいって言う日常のなんとなく決まってた行為の延長線上に、こんなに心が動くことがあるなんて、想像もしてなくて、思い込んでた事が変わるって衝撃なんだよ。そこに価値があるなんて、人生観が変わるよ。
また、それを体現する人によっては、無毛の脇は、男でも女でもなく美が宿る物体を作り出すんだよ。長髪が似合う新しい推しが無毛の脇で私に対して与えるイメージは、男性だから女性だからの美を超える。それは生命の美。生き物の生命力だけを感じる彫刻の裸体像とかにも私が感じている、あの美を自我のある人間が歌い踊りながら見せてくれる世界の素晴らしさよ!!!!!!!(世界最速オタク早口)

君の出てる舞台を観に行った時、君の事より共演の大澄賢也さんの無毛の脇(賢也さん意識高いから)ばっかり目で追っている自分に気づいて、これは自分の気持ちを無視できないし、もう向き合うしかないなって、思った。

だからね、ごめん。さよならなんだ。


もし、あの時、大澄賢也さんじゃなくて君が、無毛だったなら、わたしたちの未来もきっと違ってた。そんな事言ったってどうしようもないことだけどね。

わたしの一方的な思いに、25年間応えてくれてありがとう。君を推してる間、私は自分が一人だと一度も感じなかった。君を超える程の推しに会うことは今後も一生ないと思う。君は完璧に完全な最高の推しだった。


私がいなくても美しいまま、大丈夫な君にほっとする呑気な私をずっと支えてくれてありがとう。


実った君への思いを青いまま枯らそうとしているのに、また新しい光(推し)を探して新しい実をつけようとしている。


勝手に好きになって、好き勝手に応援して、こうして離れて行く。人はこんなに現金なものかね。私だけかな。

ごめんね

ありがとう

バイバイ

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