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さらば、感情カメレオン~note1日目~


アメリカの大統領選挙が白熱する中で、思ったこと

もう4年も経ってしまった。ふと、アメリカの大統領候補の討論会を見ながらそんなことを考えていた。4年前、私はアメリカに1年間高校交換留学をしていた。あの1年間は1年という人生であったかのような非常に濃い時間で、私は留学なしに今の自分はいないと思っている。それだけ自分の価値観が変わった1年間であった。しかし今4年が経ち、あの留学から進化できていない自分の弱さをじわじわと実感するようになった。だから今日ここでそんな自分との決別を決意する。

4年前の留学時代の思い出

私は4年前のアメリカ大統領選挙をアメリカ・インディアナ州から見守っていた。当時の衝撃は今でも覚えている。選挙日の何週間も前からドナルド・トランプ氏の応援ステッカーをつけた車が駐車場に止まっていたり、選挙日当日には学校で生徒同士がキスでもするのではないかと思うくらい顔を近づけて、投票先の候補者について討論に熱を込めており、挙句の果てに教師から叱られていたりした。自分の政治観をそこまで強く主張する光景は日本では想像すらできなかったが、それは何も政治に限った話ではなかった。

アメリカ人の友人は何に対しても必ず自分の考えを持っていた。将来の夢や宗教など一般的な話題についてはもちろん、思い付きで質問したような些細なことまで。私はそんな彼らが羨ましかった。

当の私は、人の意見を丸呑みしてその人の意見色に染まろうとする『感情カメレオン』だった。他人に否定されることを恐れて、他人軸で生きていた。だから他人から悪口を言われれば、そのままに受け入れて、自分を責めていた。自分の考えを持って主張するより、人の考えに染まるほうが楽だったのかもしれない。しかし、そんなことをわざわざ考えなくなるほど、私は『感情カメレオン』を習慣としていた。

自分の意見を持たなければと思ったきっかけは、留学先で出会った1人の女性の言葉であった。人間関係で上手くいかなかったときに、相手から自分の人格について言われた言葉に落ち込んで、彼女に相談した。すると彼女は一言こう言ったのだ。

『You know who you are.』

『自分は黒人で今まで周りの人から、容姿や性格について様々なことを言われて差別を受けてきたこともあるが、それでも私は自分がどれだけ素晴らしいかを知っている。だから何を言われても関係ない。』と彼女は続けた。

初めて宇宙から地球を見たらこんな気持ちになるのではないかと思うくらい、想像すらできなかった角度からの意見に、体中に衝撃が走ったことを今でも覚えている。

"私は『私』という人生を18年生きてきて、私が誰よりも自分を知っていなきゃいけないはずなのに、自分の人格についての意見すらも他人任せでいいはずがない。"

その時初めて、『他人の物差しでなく、自分の物差しで生きたい。自分だけの価値判断の物差しを探そう。』そう強く思った。

留学先では、自分の意識を変えれば、元々意見が求められる環境がそろっていたため、自分なりの意見のアウトプットの練習も思いのほかスムーズだった。本当に大変なのは、帰国してからだった。

"再適応"

帰国して半年間ほど大学受験の勉強をした後、私は日本の四年制の大学に進学した。一番大変だったことは、日本への”再適応”だった。当たり前になっていたはずの生活様式に抵抗を覚えた。やたらに着飾っていること、電車で皆そろって携帯を見ていること、授業中に寝ていること。その中でも感情表現がストレートでないことが一番困惑した。アメリカでは”良し”とされていた感情表現は、日本では相手への思いやりを欠く行為として取られることもあった。私は1年程かけて日本に再適応した。今となっては、留学していた事自体が夢だったのではないかと感じることもある。

『感情カメレオン』をやめるという選択

今、私は大学3年生で就活をしている。自己分析で自分の感情のアウトプットに戸惑う度に、OB訪問で様々な社会人の方々から同じことについて異なる意見をもらって、どちらが正しいと世間は正しいと思うのかを考えてしまう度、私は未だに他人軸で生きていることを思い知らされる。

すぐに見つかるものではないのかもしれない。しかし探し続けなければ見つからない。そしてもっと言うならば、インプットばかりしていても見つからない。なぜなら私は大学時代、自分の視野を広げるために12個の活動に参加し、500名以上の方々の価値観に触れてきた。それでも尚、自分の軸が見つからないのは、インプットだけしても、自分の頭で考えなおしてアウトプットまで出来なかったせいなのではないかと反省している。

他人軸で生きることは一概に悪いことではないのかもしれないし、自分の軸を見つけることは楽なことでもないと思う。しかし、自分の軸で生きることは、楽しいことなのではないかと思う。なぜかは明確にはわからないけれど、iphoneでアメリカの友人たちの笑顔の写真を見返していると、そう直感する。

長くなったが、私はこのような理由で、今までとこれからの学びや気付きを、今日からここに記していこうと思う。その過程で自分の軸を探すことはもちろん、この記事を読んでくださった方に少しでも刺激的な内容となっていたら幸いである。





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